第19話 コミックマーケット開催だ!
狭く適度に散らかった慣れ親しんだ部屋。真ん中のテーブルには天継さんが用意した鍋が美味しそうな匂いをさせながらぐつぐつと音を立てている。赤色さんは胡坐をかきながらシャツに半ズボンという薄着でビールを景気よく飲んでいる。上にも下にも目のやり場が少々困る格好だが、いい加減僕も慣れてきた。
「晩御飯できたかしら~ 食べるかしら~」
台所から制服の上にエプロンを着用した天継さんがやってきた。何だかにこにこしていて機嫌がいい。
「今からでも返上できないでしょうか、お酒を飲める免許」
「え~! 何言ってんの~! もったいない! せっかく一緒にお酒が飲めるようになったのに!」
「いや、今日、わりと死ぬと本気で思いましたので」
テーブルの周りで手を合わせて、全員そろって「頂きます」。野菜や肉などが入った鍋を僕たちはつつき始めた。野菜や肉がこの時代どうやって作られているか僕は知ったが、元から好き嫌いがなかったらしい僕は気にすることなく食べている。雑談しながら僕は今日起った出来事を話す。
「え~! 何それ! ランドちゃんも京介もずるい! お酒の免許の日なんて知らなかった~! 東雲君も教えてくれたらよかったのに~!」
身を乗り出しながら赤色さんは不満げな表情をする。
「私は知ってたかしら~」
「ちょっと! 教えなさいよ!」
多分、教えていたら更にとんでもないことになっていただろう。あの二人だけでこうなのだから赤色さんが混じるとなると……なんとなく薬物を使った化学兵器があの状況に更に追加される様子を想像して、少し寒気がした。
それより僕はちょっと気になっていたことを聞いた。ランドちゃんに指一本触れられなかったこと。それは傭兵だと当たり前と言っていたこと。
「あはは~ 何言ってんの東雲君ったら~ あのランドちゃんが普通の傭兵な訳ないでしょ! 化け物よ化け物! 敵陣に放置すると勝手に相手は死滅すると言われている生物兵器なのよ~?」
何その究極の対人ゴキブリほいほい。
行儀よく正座で鍋を上品につつく天継さんも口を開く。鍋なのに汗一つかいてない様子はTシャツがぬれてその舌の肌がやんわりと透けて見える赤色さんとは対称的だ。
「赤色の言うことは酷いけど、こればっかりは否定できないかしら~ 私なんかとは比べものにならない位の壮絶な人生を歩んでいるの。傭兵歴十年足らず。でも、彼女のとある才能と取り巻いていた環境が化学反応のような物を起こして……」
天継さんは橋を置いて、あごを指で挟みひととき考える仕草を見せる。
「そうね。二年前の【第四次世界大戦の残り火】と言われていた多国籍軍を日本からたたき出したのもランドちゃんの功績が大きいかしら?」
「何ですかその物騒な事件は……」
天継さんは一口冷酒を飲み唇を湿らせる。
「戦争が終わって行き所を失った軍や傭兵達の最後のたまり場みたいな物だったかしら~
普通の人間なら戦争が終わると国に帰ってまっとうな職を探したりするかしら~? そうできない人が集まっただけに一癖も二癖もある輩が集まっていたので、日本の国防軍も手を焼いていたかしら。代表者がまた」
「人類戦争不可欠論!」
赤色さんが隣から威勢よく口を挟む。
「いや~ 物騒なことをもっとーにしていたわね~ 人間は常日頃、殺し合っていないと人間でいられない~ それが人間のあかし~ みたいな」
「そうね~ 人間なんて日本酒さえ飲んでいればそれなりに幸せに生きられるかしら~」
「ちょっとそこはビールでしょ!」
定番の言い争いが始まりそうだった。何時もならそのやりとりはもう僕にとって鳥たちのさえずりのように聞こえてしまっているので放っているのだが、気になる話なので慌てて口を挟む。
「あの、それでどうしたんですか?」
日本酒とビールを掲げて鍋を挟んで対峙し合う二人はぴたりと動きを止める。
「その中でも特にやっかいな上層部の連中をランドちゃんがやっつけちゃったのよね~ ありえる? 当時、十四歳だったかな~」
いや、ありえない。国の軍隊が手こずっていた相手をランドちゃんが?
「だから、ランドちゃんは普通じゃないかしら~ まあ、経歴を知っていればそれほど不思議じゃ無いかしら? だから、東雲君が敵わないのも当たり前かしら~ 特に自信をなくす必要は無いかしら?」
僕は鍋をつつく動作を再開させた。だめだ、考えても余計解らない。見た目だけで言えばランドちゃんは可愛い、いやとても可愛い女の子なのだ。だが毅然としてどことなく人を寄せ付けない雰囲気を持っている彼女が戦場に立っている姿はなんとなく想像できた。
「ふっふっふ~」
え?
僕の真横から生暖かい風。吐息と知ったのはその後だ。赤色さんの声に思わず振り向いた。
「むぐ!?」
何が起ったのかしばらく解らなかった。眼前には赤色さんの顔が超接近! 鼻腔をくすぐる赤色さんの甘い匂い。唇には初めての感覚……
…………!?
僕は赤色さんにキスをされていた!
何で!?
と思う暇も無く口移しで何かが喉に流れ込む!
頭がもうなにがなんだかパニックだ。完全に僕は固まってしまった。何秒か何分かなんて解らない。赤色さんはゆっくりと唇を話す。
「え、え、なんですか?」
「へっへ~ん! やった~! 東雲君の初めてのお酒はビールよビール!」
…………ええええええええええ!?
ようやく理解した。口移しでビールを飲まされたのだ!
「って、あれ? 天継怒らないの?」
僕にとってはあまりに衝撃的な出来事だ。完全に身体の動かし方を忘れてしまい固まってしまった。それでもなんとか目線だけでも天継さんの方を向ける。
……天継さんは落ち着きを払って先ほどと変わらない姿勢で日本酒を嗜んでいる。
「赤色? 甘いかしら」
「え? 何? どういうこと?」
天継さんは珍しくどや顔を見せる。
「鍋の隠し味に日本酒は定番の一つかしら」
「それはそれとして、しばいとくかしら」
「ぐぎゃ!」
天継さんが赤色さんにチョップした。
九月上旬。太陽が晴天を突き抜け陽光を僕達に浴びせてくるが、つい先日のような僕達を蒸し焼きにする気満々の勢いは無くなり、からりとしてそれなりに心地よさも与えてくれる。
隣にはランドちゃん。何時もと同じくゴスロリなのだが今日は白を基調として帽子までかぶってる。なんとなく彼女なりのおしゃれをしているように見えた。僕と言えば、相も変わらず天継さんと赤色さんのコーディネート。蝶ネクタイに上半身だけタキシードに赤い半ズボンに……お洒落って人間が人間であるための人権の一つだと思う。何時もの校舎の入り口に立つ。だが、入り口は何時もの校舎では無かった。
でかい垂れ幕。豪快に【コミックマーケット! C二千二百三十開催!】と書かれていて、隣には何かよく解らないアニメキャラのような物が書かれてあった。
そう、あれから一ヶ月。衣良羅義さんは本当にコミックマーケットを開催してしまったのだ。学園を巻き込……いや取り込み、現代の色んな分野で活躍している個人や法人に働きかけ、全てのスケジュールを管理し、物の一ヶ月で開催してしまったのだ……。
入り口には待機列という物が存在し、学園を取り囲むように並んでいる。
「ランドちゃん? これ全員はいるの?」
「あのロリコンが学園周りの土地を買収と借地によって、開催スペースを確保しましたのです。校舎もこの三日間の使用許可を得たようなのです」
学園は開催三日前は休校になっていたので、僕も中身がどうなっているのかは知らない。他のメンバーは売り子として参加してしまったので先に校内に入っている。
僕たちは学園の生徒と言うこともあり、優先されて最前列に並んでいる。ただ、最前列も最前列。何故か他の学園のみんなは僕たちより後方にいる。
「あれ、僕達も下がった方がいいのかな?」
僕が一歩下がると、後ろの列も一歩下がる。合わせてその後ろの列も、「うお!」「なんだ!?」とどよめきながら後退した。
……え?
「じっとしてるのです。落ち着き無いのですよ?」
振り返らずにランドちゃんはそう告げる。
【ははははは! ランド君に東雲君が先頭にいるとあっては、ほかの者も並びにくいだろう! 相変わらず東雲君は自己評価が低い!】
いきなりSIMシステム経由で衣良羅義さんの音声が届く。声の出元を探そうと周囲を確認するがみあたらない、ふと上を見上げると、なんと衣良羅義さんは正門の上空にいる。
あ、これはSIMシステム経由の仮想空間の技術を利用して僕達に見せた映像か。
これならコミケに集まっている周囲の人間は衣良羅義さんを一望できるだろう。
「みんな! よく集まってくれた! この衣良羅義京介、感涙を禁じ得ない! 二百年前に存在した日本が世界に誇る文明の遺産コミックマーケット! 第三次世界大戦の最中で失われた文化は我々の与り知らぬところでそのまま消失しようとしていた! この場に集まった者なら知っていよう! それが人類史にとって多大なる喪失であることを! 失われた二百年、それを取り戻すことは我々には出来ない! だが、今から積み重ねることは出来る! 先人達があらゆる苦難を乗り越えて雨の日も風の日も震災の時も戦争の時も開催し続け、世界中の人間の聖火として常に人類の歩む先を導き続けたように! 戦争に明け暮れたこの時代をまたコミケというトーチで照らし出そうでは無いか!」
……その時代に生きていた僕は、この時代に生きている人にものすごく申し訳なくなってきた。すいません、そんな凄い物じゃ無かったと思います。
「すまなかった! こんな演説を聴きに来たわけでは無いだろう? それではコミックマーケット開催だ!」
大歓声が巻き起こる。僕はランドちゃんと並んで校舎……いや、コミックマーケットの開場に入場する。
ん……
何か美味しい出店でもやってないかな……
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