ACT68 新たな仕事

「「お誕生日おめでとー!!」」

「ありがとうございます!!」

 突然の祝福の言葉に戸惑いながらも、笑顔で応える。

 運ばれてくる特大の誕生日ケーキ。目いっぱい背伸びしてギリギリ、頂上に灯った蝋燭ろうそくの火を吹き消せそうだ。

 少し距離があるので、思い切り肺に空気を取り込み、一気に吹いた。

 一寸先も見えない闇に包まれる――暗転。

 私の顔面はパイ塗れになっていた。


 タオルで顔を拭くものの、真っ白に汚された私の穴と言う穴からパイが飛び出してくる。きりがない。

 顔面パイ塗れになることは、私の仕事ではない。

 その道にはプロがいるのだ。少なくとも私は、パイをぶつけられるプロではない。


「高野さん。コレって私じゃなきゃダメなの? 芸人さんとかに任せておけばいいじゃん」

 確認を取っている間にも鼻の穴からパイが……耳の穴には未だにパイが詰まったままだ。

 だって、と何処か諦め顔の高野さんが言う。

「結衣は、レギュラーでしょ? やっぱり毎回ゲスト扱いって訳にはいかないでしょう?」

 そんなことを聞いているのではない。

「そもそも、高野さんがこんな仕事取ってこなかったら何も問題なかったのに!」


 全ては、ふた月ほど前に遡る――


 王子監督の最新作の撮影を終えたキャストは、それぞれ次の仕事へと始動した。

 そんな中、私こと新田結衣は束の間に休暇を堪能していた。

 競技に復帰したから毎日って訳にはいかないけど、彼氏――綾人とデートも出来てる。

 新しい仕事が入っちゃったら、逢うの難しくなっちゃうもんね。

 だから遊べるときに目いっぱい遊ぶんだ。

 毎日デートは出来ないけど、必ず連絡を取り合ってる。

 練習終わりでクタクタでも、綾人は必ず連絡を入れてくれる。

「寝る」「あああああああああああああああ……」とか簡素って言うか寝落ちしてる感じの、最早連絡とは呼べない代物もあるけど。

 だから私も簡素に返信する。

「おやすみなさい」とか「明日は日本語で連絡お願いします(笑)」みたいな感じ。

 私って結構できた彼女じゃない? 相手に干渉しすぎず、束縛もしない。二人とも住んでいる世界は違うけど、「有名人」に違いはない。

 やっぱり普通のお付き合いっていうのに憧れる。でも、普通は普通で大変なことはすでに学んだ。

 同じく大変なのであれば、私は迷わず芸能界こっちを選ぶ。だって私は女優だから。


 そんな私に高野さんが新たな仕事を持ってきた。

「この仕事で貴女は成長できる」

 よほどすごい仕事を取ってきたのだろう。しっかりと役作りをしなくては、女優として。


「撮影はいつから?」

 3週間後からと、高野さんが言う。

「3週間? 随分と急なのね。誰かの代役?」

 3週間はあまりにも準備期間が短すぎる。

 でもこの業界ではよくある事。急遽役者が降板するなんて珍しくもない。

 私はそんないい加減な役者は認めないけどね。

 一度受けた仕事は何が有ろうと完遂する。それがプロってもんでしょ。


「これ

 高野さんがカバンから取り出したそれを受け取る。

(企画書? 台本じゃなくて??)

 受け取ったの表紙には、でかでかと『お笑い革命~至高の笑い発信基地局~(仮)』と書かれてあった。


 前言撤回。

「コレ、降りちゃダメ?」

 高野さんからも、松崎さんからも、降板の許可が下りることは無かった。

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