ACT50 ハリウッドの実力
あの一件の後、お母さんにはこっぴどく叱られた。
軽率な行動は慎むようにと。
でも人間本能に従うべき時ってあるよね? きっと私にとってあの瞬間こそがその時だったのだと思う。
結果として仲直りもできたから私的には大満足! お母さんはすごく不服みたいだけど。あと、なんでか知らないけど高野さんと松崎さんがハイタッチしているのを目にした。松崎さんなんかは怒ると思っていたのに。
ちょっと拍子抜けしちゃった。
身内ですらあの一件に対する意見は二分しているのだ。世間も当然のように意見は二分されていた。
そんな中で私は撮影を迎えていた。
異様なほどスタッフの皆さんが優しい。
変に気を使ってくれなくてもいいのだけど……。ちょっとしたお嬢様気分が味わえるからこれはこれでいいか。
なんて思っていたのだけど、今日も王子監督は絶好調。
台本は直前で直すし、演技指導も細かい。この鬼監督め。きっと監督の本性は超が付くドSに違いない。
この日、真希や慶とのシーンはなかったが代わりにシェリルとの演技が続いた。
比べられてるみたいで嫌なんだよな。二人きりのシーン。
勿論そんな我儘言ったりしないけど。何となく雰囲気で伝わっているとは思う。
そんな私の心情を知ってか知らずか、シェリルは新人女優、堀川汐莉として話しかけてくる。
「どうでした? さっきの私の演技」
「どうって?」
「ん? 良かったとか悪かったとか。あとアドバイスとかあればと思って」
本気で言っているのか? 演者――表現者としてのレベルが違うだろうに。でも多分真剣。だって身を乗り出して聞いてくるんだもの。
むしろ私の方が訊ねたいくらいだけど、現場で彼女の正体を知っているのは私と王子監督と桐谷さんの三人だけ。
それ以外のキャスト、スタッフは誰一人として彼女の素性を知らない。
知られたら大騒ぎになること請け合いである。
そして外に情報が洩れでもしたら王子監督の機嫌がさらに悪くなる。
スターはそんな心配一切してないみたい。お気楽なものよね。
「汐莉さん。先輩を困らせてはいけないな」
お咎めの言葉が全く意味を成さない物腰の柔らかな口調で注意する桐谷さん。
「桐谷くんでもいいです。私の演技どうでしたか?」
「正直に?」
「ええ、正直に」
息を呑む。ハリウッド女優とハリウッド俳優の意見交換など生で見れるものじゃない。
「まぁまぁ、かな」
一瞬、シェリルの醸し出す雰囲気が変わった気がした。きっと気のせいではない。
「具体的にどのあたりが?」
シェリル完全に怒っちゃってるし、後輩設定忘れて素で喋っちゃってるじゃん!!
自分の事で手一杯なのに目の前で新たな火種を作らないでよ!!
桐谷さんは私の心配を他所に、
「なんかさ、心ここに有らずっていうか……役に入りきれてないよね? 私的感情が演技に出て来てるよね? 女優なら私生活の問題を現場に持ち込んできちゃダメでしょ」
うっ――。胸が痛い。シェリルに向け放たれた言葉のはずなのに、その流れ弾が見事なまでに私に命中している。
うぅぅ……。お願いだからこれ以上私を苛めないでよぉ~……。
「私の演技のどこに問題があるの? 監督もOK出してるじゃない」
「ジョン・ガーナー(シェリルが演じた役名)を演じていた君は輝いていた。今回はあの時の輝きが無い。ただ上手な演技。それ以上でもそれ以下でもない。優秀なだけだ。いや、優秀なんだから本来は褒めなくちゃいけないのかな? でも、褒めたくないよね。もっとできるって知ってる身としては」
痛烈なシェリル批判。
正直、私としては現状ついて行くのがやっとなので、これ以上上手くなられても困るのだけど――って聞いてくれないよね。
今回の撮影で実力の違いををまざまざと見せつけられた気分だ。
演技の質――次元そのものが違う。あと何度打ちのめされればいいのだろう。
今日は真希も慶もいないと言うのに気が全く晴れない。むしろ濃い霧に覆われたように自分を見失いそうになる。
そんな私の肩に手を置き桐谷さんは続ける。
「君の中途半端に上手な演技のせいで彼女が困ってる。人様に迷惑をかける女優は二流どころか三流だよ」
優しい口調とは裏腹に妙な迫力があった。
「わかったわよ」
何かを決断した強い意志がその瞳から感じ取れた。
休憩に行くと言い残し現場を離れるシェリルの背中を眺めながら、
「よかったね。これで君も120%の実力が出せるよ」
笑顔の桐谷さんとは対照的に私の心には一抹の不安が残っていた。
この雰囲気で撮影続けても大丈夫なのかしら?
この直後の撮影での王子監督の評価は「マーベラス!!」とのこと。
私は今まで通り普通に演技しただけなのに何が違ったのだろう。
モニターで映像を確認してみるとその理由はすぐにわかった。
私ではなく、シェリルの演技が変わったのだ。
大きな変化ではない。声色や二人の間(距離感など)だったりが絶妙なのである。
台詞も私は言っているのではなく引き出されているのが判った。
いつもよりスラスラと言葉が出て来たのは、彼女の力によるところが大きいはずだ。
この後も撮影は続いたが、ドSで鬼な王子監督から一度のダメ出しを喰らうことなく、巻きで(早く)撮影は終わった。
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