ACT47 本気で喧嘩しました

 海外ロケ=日本では取れない映像。この方程式が当てはまる、はずなのだが……。

 なんで私たち、こんな欝蒼うっそうとしたジャングルを歩いてるの?

 前を歩く真希なんかは文句たらたら。


「あーもう! また刺された。足も痛い。キャッ!? 虫ぃ!?――」

「さっさと歩きなさいよ! 後ろがつっかえてるじゃない!」

「うるさいわね! 黙って歩きなさいの!」

「それはこっちの台詞よ!」

 結局、この口論は撮影現場まで続いた。


 現場に到着したのはいいものの、すでに1時間以上待機させられている。

 何待ちかって? それは……。


「ちょっといい加減にしてくれない! こんな山奥で待機とかありえない!」

 ヒステリックに騒ぐ真希を尻目にスタッフは忙しなく働いていた。


「そろそろじゃないか」

「バカ、声押さえろ。こっちに飛んできたらどうすんだよ!」

「ちょっと声大きいっすよ」

 スタッフの目線の先にはゴリラがいる。

 私たちはゴリラ待ちなのである。


 最近は動物タレントが増え、ドラマやCMなんかでも大活躍。何なら動物が主役の話もあるくらい。その結果、人間が脇役という摩訶不思議な構成も存在する。

 今回は目の前、とはいっても十数メートル離れてはいるけど――ゴリラが動物タレント、でもないらしいから動物エキストラ? みたいな感じ。

 彼(♂)と一定の距離を保ち、彼が動き出すのを待つ。

 ちなみに何を待っているのかというと、う◯この投擲とうてきを待っている。


 日本で撮り終えたシーンと、ゴリラのう◯この投擲とがどのように結びつくのか全くの謎だ。

 そもそもこの映画ってジャンルは何になるんだろう? 

 アクションは多いけどシリアスな演技も求められるし、あとゴリラのう◯こも……。

 あれ? 王子晴信って名前の監督さん、他にも居たっけ? 同姓同名の別人なんじゃ――

 あまりの過酷さに現実逃避の質が下がってる。


「ごめんね。王子くん昔から好きなのよ、う○こ」

 う◯こが好き……変態じゃん!? って言うか草薙さんの口からう◯こなんて言葉を聞くことになるとは!?――

 ……何か、さっきからう◯こしか言ってないな私。


「「おおー」」

 少し離れた一団から歓声が上がる。

「どうやら撮れたみたいね。王子くん外見は成長しても内面が子どものままなのよね」

 口に手を当て失笑する草薙さん。

「次の撮影シーンはアクションかしら?」

「あ、はい。そうです」

「そう、頑張ってね」

 先輩からの激励に応えるべく気合いを入れ直す。

 相手は真希だもの。本気マジってやるわ(ぐふふふ)。


「二人とも準備して」

 王子監督の声に促されるように私たちはカメラの前に出た。

 対峙した真希からは忌々しいという様な視線を投げつけられ、ため息まで吐かれた。

「なに?」

「別に」


「――本番!」

 ――直後。強い衝撃が私を襲う。

 真希が台本にないタックルを決めてきたのだ。

 そっちがその気なら――私は真希の髪を鷲摑みにして身体を引き剥がす。

「痛っ――何すのよ!」

「先に仕掛けてきたのはアンタの方でしょ!」


 殺陣たての動きには決まりごとがある。ルールと言った方が判り易いかも。

 対角線でしか殴りあわないとか、剣なんかの武器は上段からの袈裟斬り、下段からの逆袈裟斬り、突きなんかのパターンがある。

 でも、今の私たちはガチの喧嘩だからそんな決まりごとは無視。ルール無用のバトルに発展していた。


「アンタ来るの遅いのよ準備にどれだけ時間かかってんのよ!」

「たかが数分でしょ! 心が狭いわね」

「私はね、アンタ待ちなのが嫌なの。もう30分ゴリラ待ちしてた方がマシだわ!」

「私とあのゴリラを一緒にしないでくれる!」

「それはゴリラに失礼よ! 動物愛護の精神が全くないのね」

「アンタに言われたくないわよこのクソあま!!」

「う◯こ以下女優が!!」

「誰がう◯こ以下よ!」

「う◯こ以下女優は言われていることが理解できないようね」

 罵るにも程があるぞ――頭に来た。

 決着つけてやる。


「う◯こはアンタよ!」

「私はう◯こじゃないわよ!」


 結果として、このう◯こ論争は互いの体力切れで幕を閉じた。

 なんでか知らないけれど王子監督は大満足のご様子で撤収した。


 私たちの収穫は体中にできたあざと擦り傷だけだった。

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