ACT34 Scene99
ブォンと風を切る音がして、暗がりから鈍く光る薙刀が突き出された。
腰を落とし薙刀を振るうのは、切れ長の目、腰のあたりまである黒髪をなびかせる少女である。
セーラー服を着た少女は、幼さの残る顔に似合わぬ、冷たい瞳をしていた。
瞳に宿るのは殺気のみ――。
鋭い視線に貫かれる。
一筋の汗が輪郭をなぞるように流れ――落ちた。
最短距離で突き出される薙刀を半身を取ることで回避する。
少女はさらに踏み込み薙刀を横へと払う。
「くっ」
そのまま立て続けに強打を受ける。
いとも簡単に膝をつかされ、苦痛に顔を歪める。
相手を呪うように腹の底から凍てつくほど狂気に満ちた声を上げる
「……必ず……お前も……ころしt……」
セーラー服の少女は微かに顔を
「――カーット!!」
拡声器越しの王子監督の声。
その声を合図にスタッフが一斉に動き出す。
「結衣ちゃん氷」
「ありがとうございます」
「監督も鬼だよね。殴られて演技よりも実際に殴られた方が手っ取り早いって、ほんとに当てさせるんだもんな」
「いえ、気にしてませんよ。私、女優ですから、ダメな演技を見せるよりマシです」
「流石プロだね。言う事が違う」
(まあ、撮り直しを要求されたら流石にキレるかもだけど)
「そんなに褒めても何もありませんよ」
まともに打撃を受けた身体は悲鳴を上げていた。
手の感覚が鈍い。痺れている。
スタッフのひとりがペットボトルの水を持ってきてくれた。しかし私は、キャップを開けるだけの握力がなかった。
「はい、結衣」
少し遅れて高野さんがストロー付きのペットボトルを持ってきてくれた。
「ありがと」
高野さんが来るのを見届けると、スタッフは頭を下げて仕事に戻っていった。
出演者に対する気配りは流石である。
チーム王子は役者に気持ち良く仕事をしてもらう事をモットーとしているらしく、厳しいながらも、良い緊張感で仕事のできる雰囲気を作ってくれると、役者内での評判はかなり良かった。
少し離れたところでは薙刀の演技指導を受けている真希の姿がある。
流石の真希も王子監督の映画ではいつもの傍若無人ぶりが影を潜めている。まあ、いつも通りだったら間違いなくクビだもんね。
それにしても……真希って演技上手いのね。
顔だけ女優かと思っていたのだけれどそうでもないらしい。
「あの子、演技上手よ」
また私の心を見透かしたように話しかけてくる高野さん。
「ふーん」
と全く関心のないフリをしてストロー付きペットボトルの水を吸い上げる。
「あの子、才能はあるのよ。性格がアレなだけで」
べた褒めではないか。何か癪に障る。
「何と言ってもあの子は――「ズズズズー」なんだから」
話を遮るように勢いよく水を啜る。
「貴女、わざとでしょ」
「何が?」
「まあ、いいけど。あまりあの子の事嘗めてたら痛い目見るわよ……わかっ――
「ズズズズー」た?」
あっ、青筋が――。
この後、めちゃくちゃ怒られた。
…………
……
…
真希の所為で高野さんに怒られた。
何で高野さんがあんなに真希の肩を持つのかわからない。
私の見方じゃないの?
何かモヤモヤする。真希より私の方が演技は上手い。これは周知の事実。なのに……。
「Scene80行くよー」
助監督の声がする。
ドラマや映画の撮影で順番通りシーンを撮影できることなんてほとんどない。
だからさっきScene99を撮ったのに今、Scene80を撮るなんて事が起きてる。
Scene80は真希とシェリルの掛け合いからのアクションシーンだ。何故かこの二人の掛け合いはアドリブでいいと台本が書かれていない。正確には「いい感じに」とか「~みたいに」などと言う丸投げ状態の事しか書かれていないのだ。
しかも通しで何分もカメラを回す(カット割りが少ない)。
真希にこなせるとはとても思えない。
まあ、高野さんに言わせれば、才能があるらしい真希の実力とやらを見せてもらいましょうか。
「――本番」王子監督の声が飛ぶ。
カメラが回ると、私は二人の世界に引き込まれ、目が離せなくなった。
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