第327話 飯をたかりに1万km(3)
「安心して下さい。これは研究用で市販予定はありません」
「これより強力なのを作ると修先輩は言っているのですよ。それもいずれ私のものにするのです」
おいおい詩織、口外無用だろうが。
「本気か、って修に聞くのは野暮だよな。修が言ったからには目処はたっているんだよな」
奈津季さんの口調は軽いが微妙に目が笑っていない。
「ええ。その杖はあくまで技術対照用ですから」
奈津季さんが言いたい事は俺にもきっとわかっている。
だからこの場に相応しくない一言を、つい俺は付け加えてしまう。
「鉄砲も飛行機も原子力技術もいずれは開発されただろう、そういう事です」
「そこまでわかっているなら、僕も何も言わないけどさ」
「奈津季先輩、だーい丈夫なのですよ」
とお気楽っぽく言う詩織ちゃん。
「開発するのは修先輩ですし、香緒里先輩も私もついているのですから」
この時の俺は気付けなかった。
奈津希さんはきっと気づいていた。
詩織ちゃんが軽くそう言った言葉の裏に潜ませた真意に。
そして理奈ちゃんは関係なくサンドイッチをぱくついていた。
さて、楽しい間食も終わりに近づいたようだ。
既にバゲットは2本とも全て切り終えどちらも4切れずつ。
ハムは白いのが3分の2、生ハムと言っていたのが3分の2、そして俺が一番美味しいと思った白っぽいピンクのが残り3分の1と悲しい残量になっている。
チーズも似たような状況だ。
どっちもこんなに一気に消費するものじゃないだろうに。
日本で買ったらハムもチーズもどれも1個3千円以上はするぞ、きっと。
その残りのパンも見てる間に消えていき……
「はい終了~!」
俺は宣言した。
「うう、まだハムもチーズも塊で食べたいのです」
「今回に関しては詩織さんと同意です!」
おいおい理奈ちゃんまで。
「明日の昼はホテルバイキングだからそれまで我慢しろ」
「参考までに聞くが、明日の朝食は何だい?」
奈津希さんの質問に対し、俺はきっぱりと答える。
「由緒正しいお寺の朝御飯です!」
「ぶー!ぶー!」
詩織ちゃんがブーイングをしている。
「黙らっしゃい。それにどうせ新幹線でまた駅弁2個食べるんだろ」
「旅行で駅弁は旅のルールなのです。例え直後にバイキングがあっても逃げられない戦いなのです」
奈津季さんが笑いだした。
「やっぱり変わらないな。まあ日本たってまだ2日目だから変わる筈も無いけどさ」
「真理は常に不変なのですよ」
うーん、何が真理なのか小1時間問い詰めたい。
「それよりいいのか。そろそろ日本側が心配しているぞ」
「一応由香里姉、月見野先輩、ジェニー、香緒里ちゃん、ルイスにはSNSで連絡は入れましたけれど」
「でもジェニーすら感知不能な距離だろ。おまけにSNSじゃ顔が見えない。そろそろ戻った方がいいと僕は思うな」
そうかもしれない。
腕にはめた日本国内のみ対応電波時計が夜11時を回った。
確かに頃合いかな。
「それではそろそろ帰ります。おい詩織、帰るぞ」
詩織ちゃんはちょっとだけ悩む素振りをする。
「うーん、ではこのハムの残りで我慢するのです」
おいおい。
「それが気に入ったかい。日本でもジャンボン・ド・パリと言えばこのタイプを買えると思う。まあ残り3分の1だし持って帰っていいよ。こっちなら高くはないしさ」
絶対高いと思う。
「なら私もお土産欲しいです。このチーズいいですか」
それも絶対高いと思う。半分残っているし。
「ま、いいよ。また買えるしさ」
「すみません、本当に」
「大丈夫だって。やばけりゃ仕送り頼むしさ。それより詩織に無理させるなよ」
この言葉の意味も、この時の俺には真意が伝わっていなかった。
詩織ちゃんには通じていたようだけど。
食卓を片付け、3人で奈津希さんにもう一度礼を言った後、詩織ちゃんは魔法を起動する……
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