第230話 温泉旅館は極上ですが

 バスで1時間以上坂道を登った。

 胃のもたれが原因のバス酔いが限界に達する直前、バスは本日の目的地である最奥地の旅館に到着した。

 フラフラの足でなんとかバスを降りる。


 ゆるやかなアスファルトの坂道を降りると、右手に土壁風の壁の色の、いかにも和風のホテルですよという感じの建物が目に入った。

 橋のようになっている玄関口には旅館名の看板と『日本秘湯を守る会』の提灯が下がっている。

 入ってチェックインして、部屋に案内してもらった。


「いかにも日本という感じれすね」

「私もこんな感じのところは始めてです」


 始めてなのはジェニーや風遊美さんだけでない。

 俺もこんないい旅館は始めてだ。

 おのぼりさん宜しくあちこち見ながら歩いて行く。


 ちなみにここは詳しそうな金持ちの大人に相談して、予約も取ってもらった。

 卒業旅行が計画された昨年冬の時点で相談の電話をして、宿の選定だけでなく予約までしてもらったのだ。

 金持ちの目に狂いはなく、和風で上品でいかにもという感じのいい宿だ。


「お部屋はこちらと、お隣の8畳の和室になります」


 通されたのは別館にある12畳の広い部屋。

 ここが女性陣の部屋で、隣の8畳が俺とルイス君の部屋。

 その予定だったのだが。


「基本的に全員この部屋でいいよな。夜は布団を隣から運んでくれば」

 といきなり奈津季さんが宣言する。


「一応2部屋取っているし勿体無いでしょう」

 まあ2部屋取ったのは他にも理由が色々あるのだが。


「2部屋でも1部屋でも料金は同じですって、修兄言っていましたよね」

 香緒里ちゃん、細かいことをよく憶えているなあ。


「それより早速温泉ゴーしたいです」

「ソフィー、その前に浴衣に着替えようぜ」


 奈津希さんはそう言って浴衣をソフィーに渡す。

 だがソフィーは浴衣を広げてちょっと考えている様子だ。


「これが浴衣ですか。どうやって着るのですか。」


 尋ねる風遊美さん。

 そうか、浴衣なんて着る機会は普通無いものな。

 奈津季さんがにやりと笑う。


「なら1から説明するよ。まずは浴衣と羽織と帯を各自取ろう。」


 なにやら危険な雰囲気になりつつあるような……

 だから俺はルイス君に目で合図して隣に逃げようとする。


「修先輩、どこに行くですか」

 詩織ちゃんに見つかった。


「いや、俺達の部屋は隣だし、浴衣も隣だろ」

「数もサイズも充分足りるですよ」


 詩織ちゃんはそう言って、俺とルイス君にLサイズのセットを渡してくれる。

 余分な真似を……


「じゃあ隣で着替えてきます」

「しょっちゅう風呂に一緒に入っているのに、今更その必要もないだろ」


 はい、論破されました。


「はい、それでは浴衣の着方。まずブラはいらない。パンツは本来は穿かないのが正式だがこれは各自の好みだ。で、この状態でまずこの浴衣を……」


 奈津季さんが正しい浴衣の着方を実技込みでレクチャーしている。

 ちょっと正視できない光景が展開されつつある。


 俺とルイス君はそっと背を向け、こそこそと着替える事にした。

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