第195話 学園祭前の一仕事

 次の日の夕方便の書類を見て。

 俺は筑紫野先生が相当に頭に来ていたことを思い知った。

 ただの日本刀比較会だったイベントが思い切り直されている。

 単なる比較と試し切りだけではなく、工学的分析や日本刀の歴史的解説まで含んだ大イベントになっていた。


 試し切りには居合道の達人として有名な某氏を招聘。

 解説者に別の流派の一流の刀鍛冶。

 更に一般の有名大学の歴史学教授に工学部教授まで招いている。

 しかもテレビ中継付。

 自称日本刀の第一人者にして一流刀工氏を社会的に抹殺する気満々だ。


 しかもスタッフに心理操作系魔法使い青山魔技大准教授まで入っている。

 彼女は筑紫野先生の悪友というか同居人パートナーだ。

 もし誰かがでっち上げ等しようものなら。

 彼女のとんでもなく恐ろしい魔法が炸裂する事だろう。

 徹底して隙のない追い詰めようだ。


「筑紫野先生も大人気ないな。普通ここまでやるかい」

 今日の留守番は奈津希さんだ。

 にやにやしながら俺の渡した出展変更届を読んでいる。


「老害は人の邪魔をしないで、年金で静かに生きていればいいんですよ」

「修にもそこまで言わせるとは、よっぽどの奴なんだな」

「俺は馬鹿は嫌いですから」


 奈津季さんは笑いだした。

 何が受けているのか俺にはわからない。


「いや悪い。修が毒を吐くのって始めて見たからつい可笑しくてな」

「魔法特区は色んな意味で選ばれた人間ばかりですからね。どうしようもない馬鹿はほとんどいません」

「まあそうだな。敵であろうと馬鹿ではない」


 何かまだ受けている。


「確かに修はこの島向きだな。20年後には学生会担当の教官をやって同じ事をするんだぜ、きっと」

「そしてマンションの屋上を露天風呂と機械のコレクションで一杯にするんですか」

「挙句の果てに養子とったりな」


 何処ぞのむさいオヤジの顔が思い浮かぶ。

 とりあえずこの件は置いておこう。

 どうせ教授会提出案件の却下なんて出来ないし。


「他にはもういい加減、変な案件は無いですね。あとはジェニーかソフィーが戻ってきたらメール関係のチェックかな」

「こっちもそろそろ初期の騒動は終わりだな。あとは開催寸前からの仕事ってところだ。あ、そう言えば江田先輩が祭り期間、島に戻ってくるって聞いているか」


 それは初耳だ。


「江田先輩って今、何をしているんですか」


 創造制作研究会前部長で無類の甘いもの好き。

 進学せず島を出たのだが、彼の情報が奈津希さんから入るとは意外だった。


「あの人も両親が魔法研究者でこの島育ちの1人でさ、昔からの知り合いなんだ。

 今は東京の有名洋菓子店で修行中らしいけれど、学園祭の期間だけこの島に戻ってくるって。

 後輩に甘味の極意を叩き込むつもりらしいぞ」

「あの人の味覚と技は誰も真似できませんよ」


 魔技高専を出て菓子職人とは何だかなとは感じるけれど。

 でも確かに天職かもしれないと知る人皆が思うだろうし俺も思う。


「僕も同感だな。実は前に和菓子の工程一通り、小豆を煮るのから求肥の整形まで3日間かけて教えてもらったんだ。似たような物は作れるようになったけれど、あの域までは到底無理だ」


 何か奈津季さんって本当に色々やっているな。

 でも料理が上手い奈津季さんでも完全に真似は出来ないレベルなのか。

 市ケ尾新部長以下の面々が倒れなければいいけれど。

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