第16話

朝、玄関からアオのアニキが出て来ました。

カイン隊長もアオのアニキも、今日は日勤。しかし今日はアオのアニキはショウタ様のお世話の仕事ではなく、執務の方なので、ちょっとゆっくりのはずです。

「行ってくる」と挨拶したカイン隊長が、身を屈めてアニキに口づけました。もうでこちゅーではありません。唇にしています。アオのアニキはちょっと照れて俯いていますが、気を取り直したように手を振りました。


「あー!アツアツですねー!」

アオのアニキとカイン隊長がご結婚されてから一か月。お二人は順調に新婚生活をスタートしていました。『仲を取り持つ隊』の隊長職に預かるぼく、セツは、度々二人の様子を双眼鏡でチェックするのです。

お二人はこの一か月、とても順調に愛を育んでいるように見えます。


「あまり大きな声を出すと気付かれますよ」

アベルさんは『仲を取り持つ隊』副隊長です。御自分こそ大きな喜びを感じていらっしゃるでしょうに、やっぱり大人ですね。決して取り乱したりしません。

ガサゴソと植木から出たぼくを、ちょっと呆れた顔が出迎えてくれました。

「でも、この様子だともう見張りは要らなそうですね!我々は円満解散できそうです!」

なかなか隊の活動に参加できなかったショウタ様も、きっとお喜びになるでしょう。ここ最近は大分落ち着いて来られたようで、この様子だと来月には無事安定期が迎えられそうです。


「そうですか、それは私としてはちょっと残念ですね」

「どうしてですか?」

「楽しい時間が減ってしまいますから」

アベルさんは隊の活動を何だかんだ楽しんで下さったみたいでした。

確かにそういわれると、もう二人でこうして毎朝会うこともなくなってしまうから、ちょっと寂しいような気もします。

「何してんだ、お前ら」

うーんと考えていたら、また突然話しかけられて、思わず「ひゃい」っと悲鳴をあげてしまいました。


「あの、決して、怪しいことはしてないですよ!?」

そう言って首をブンブン振ると、髪から茂みの葉っぱがひらひら落ちました。火のないところに煙は立たぬとは、よく言ったものですね。

「おい、まだこいつと一緒になってないのか?」

「??」

一緒になってないとは変なことをおっしゃるものです。現にぼくとアベルさんはこうして一緒にいるのに。何だかカインさんは不機嫌そうです。

「チャンスをうかがっているだけ。わたしはあなたと違って、狙った獲物に躊躇することはないから、安心なさい」


ぼくにはよく分からなかったのですが、やはり御兄弟。なんだか話が通じているようです。

うーん、こんなやり取りが前にもあったような?

「さ、セツ、行きますよ」

また手を引っ張られて、出勤のために城に向かいます。ぼくはカイン隊長に挨拶しようと思って、後ろを振り返りました。


そしたら今度は、何だか心配そうな顔をしていました。




「そっかー、アオは何だかんだ上手くやってんだな」

出勤してセツが今朝の様子を伝えると、ショウタは嬉しそうに笑った。やはりアルルから連れて来た身として、心配していたのだろう。心配はしているものの、今はまだ安定期前で、自室を離れることもままならない。

薬草を調合したり、蝶国の勉強をしたりして、なんとか飽きずにやってきたみたいだったが、最近は専ら編み物をやっていた。

何でもショウタが安定期に入ったらお披露目をするそうで、それに間に合うようにアオのお披露目衣装を作っているそうだ。


蝶国では、嫁たちがそれぞれの出身国の民族衣装を着るのが慣例である。アオはアルルの民族衣装を着ることになるから、それをショウタが手ずから編んでいるのだ。ショウタのお披露目のときはアオが用意したそうで、その恩返しなのだそうだ。

そう思ったら、ふと自分はどうなるだろうか、とセツはぼんやり思う。蝶国に一緒に来た兄は嫁入りして、自分は家を追い出されてしまった。蝶国に来たのも10歳の時で、自分の民族衣装と言ってもよく分からない。祖国に対する愛着も特にない。


そもそも何の後ろ盾も持たない、みなしごのような自分が、ショウタやアオのように家庭を持てるとはとても思えなかった。

「……?どうした、セツ?」

「い、いえ……」

ちょっと二人が羨ましいなんて、出過ぎたことを思ってしまった。二人は本当にいい人である。幸せになるべき人である。それを、こんなドジで人の役に立てないような自分が、うらやましいと思う資格すらないような気がした。


「……セツ、お腹空いた」

ショウタが、苦しそうに胸に手を当てて、セツははっとする。

「急いで、呼んでまいります!」

お腹の子がお腹を空かせたのだ。こうなるとファロ以外の誰も役には立てないので、セツは急いで部屋を出て行く。

主君がこんなにも大変なときに、何をぼんやりとしていたのだろう。

一介のメイドに過ぎず、下働きをしていたのを、ショウタが拾ってくれ、有り余る良い環境で働くことができている。それだけでも自分は、十分幸せに思うべきではないか。


それなのに、誰かのぬくもりに触れたいだなんて、どうして思ってしまったのだろう。何だか泣きたい気持ちを、セツはぐっとこらえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます