比翼の鳥が羽ばたくとき⑤ 言葉は決まっている


◆ 伊理戸水斗 ◆


 僕は、綾井結女にラブレターをもらったときのことを思い出していた。

 思い出せる限り、あんなにも読むのが緊張した文章はない。だけどたぶん、読まれる綾井のほうはもっと緊張していたんだろう。全身ガチガチで、今にも死にそうな顔色をしていたのが、いつまで経っても精細に思い出せる。


 今の僕を襲う緊張は、たぶん、それとは少しだけ違った。

 あのとき、綾井に充ち満ちていた緊張は、きっと不安によるもの。だけど今、僕の双肩に圧し掛かる緊張は、責任感によるものだった。


 これから僕は、一生を決定づける選択をする。


 僕だけではない。結女の、父さんの、由仁さんの――三人もの人間の人生を変えてしまうかもしれない、決断をする。

 その重みが、時計が針を刻むごとに、大きく大きく、育っていた……。



 除夜の鐘が、遠くからかすかに鳴り響く。

 108回目が終わったとき、僕は煩悩から解き放たれるのだろうか。

 迷いを去り、道理をさとること。

 馬鹿げた想像だった。108個が消えたなら、109個目が現れるだけだ。



 ――覚悟はあるか?

 自問する。

 それは愚問だと一蹴する。


 答えが明白だからじゃない。

 これから、僕が口にする言葉が、その答えだからだ。

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