異国情緒のパラレルデート④ 恋愛は人生のすべてじゃない


◆ 星辺遠導 ◆


 後輩どもの旅行に付き合うのは何も初めてじゃない。一応は最年長ってことになってるが、紅がいると楽なもんだ。仕切りは全部あいつがやってくれる。あいつを生徒会に引き込んだ過去のおれの慧眼には、さすがのおれも恐れ入るってもんだ。

 楽するために獲得した推薦受験ではあったが、いざこうなってみると宙ぶらりんな感覚が否めねえ。受験ムード一色となった教室には馴染めず、同じ学年の連中はどいつも必死に勉強してて、何に誘うにも遠慮しちまう。いくら気分転換っつったって、受験からいち抜けしてるおれが言ったら、嫌味にしかなんねぇからな。

 結果、つるめるのはとっくに引退した生徒会の後輩だけ、と。あーあー、我ながら寂しい奴だ。


 ……まったく久しぶりだよ。取り残されたような、この感覚は。

 肩がぶっ壊れたときとは、比べ物になんねぇけどな――


「じゃあ、班を作って分かれるよ」


 三ノ宮駅から山側に向かって坂道を登ること、大体15分。洋館が建ち並ぶ様子が遠目に見えてきたところで、紅がチケットを一同に配りながら言った。


「道がそんなに広くないからね。10人では動きにくい。二つか三つくらいに分かれて行動しよう」


 下調べも万全ってわけだ。

 まあ、班分けは自然と決まるだろう。おれら生徒会組と、伊理戸が集めてきた一年生組。ちょうど五対五になるしな。

 あるいは、まあ――一人で回るってのも悪くねぇか。

 そう算段しながら欠伸をしたおれの腕を、不意に掴む手があった。


「――センパイ!」

「お?」


 ぐいっとおれの腕を下に引っ張ったのは、亜霜だった。

 もはや見慣れた、よく言えばガーリー、悪く言えば痛々しい、ひらひらした人形みたいな服を着たそいつは、どこか据わった――覚悟の決まった目で、おれの顔を見上げていた。

 そして言う。


「愛沙と――二人で行きませんか?」

「は?」


 ぎゅうっと、離すまいとするかのように強く、亜霜はおれの腕を握り締めた。






◆ 伊理戸水斗 ◆


 強引に星辺先輩を連れ去っていく亜霜先輩を見送ると、結女が隣でぽつりと呟いた。


「……先輩も、今回は本気なのかな……」

「本気?」

「あっ、いやー……こっちの話」


 愛想笑いで誤魔化されるものの、まあ、あんな様子を見せられたら誰だって想像はつく。

 生徒会も意外と浮ついてるんだな。紅鈴理も会計の人とイチャついてたし。本当に堅物そうなのは、あの小柄な女子――明日葉院さんくらいだ。他人事ながら、肩身が狭くないのだろうかと心配になってしまう。


「ま、あの二人は放っておいたほうが良さそうだね」


 紅先輩が言って、結女のほうを見た。


「結女くんは彼らと一緒に行くんだろう?」

「あ……はい」

「じゃあこっちはジョーと……蘭くん、どうする?」


 明日葉院さんは紅先輩と結女の顔を見比べて、「えっと……」と少し迷った後、


「では、会長と一緒に……」

「そうかい。じゃあ行こうか」


 会計の人と二人っきりじゃなくても良かったのか?

 なんて邪推を挟む暇もなく、紅先輩は手際よく僕たちに言う。


「それじゃあみんな、昼くらいに、少し坂を降りたところにあるスタバで集合にしよう。二階にたくさん人が入れるリビングルームがあるから」


 そう言って、紅先輩、明日葉院さん、会計の人は去っていった。

 川波が、それを見送りながら謎に口の端を上げる。


「結局、見慣れた面子になったな」


 残ったのは、僕、結女、いさな、南さん、川波の五人。まあ順当な組み分けだろう。


「いーじゃんいーじゃんっ! 今日顔を合わせたばっかりで、いきなり集団行動っていうのも気を遣っただろうしさ! ね、東頭さん?」

「んー……わたしは水斗君さえいれば、大して変わりませんけど」

「そういえば君、電車の中でも意外と口数が多かったな。初対面の人間がいたのに」

「いやあー、人見知りもぶっ飛ぶボディをしてますよあの子はー」


 うん。初対面にセクハラするくらいだったら人見知りしてたほうがよかったな。

 南さんが微妙な苦笑いになり、


「同じくらいのボディをしてる人が言ってもねえ……」

「初対面でいきなり胸を鷲掴みにした人が言っても同じことよ、暁月さん」

「てへっ☆」


 南さんはわざとらしく舌を出した。僕の周りの女子はなんでみんな中身がセクハラ親父なんだ?


「んで? どこから回るんだ?」


 川波がスマホで、おそらく異人館街のマップを見つつ、


「伊理戸さん、行きたいとこあるんだっけか?」

「あ、うん。そうなの。その、英国館ってところなんだけど……」

「んじゃそこから行こうぜ。ここから近いみたいだしよ」

「おっけー! れっつごー!」


 弾むように南さんが歩き出し、僕たちもそれに続いていく。

 と、くいくいといさなが僕の服の裾を引っ張り、こしょこしょと小声で話しかけてきた。


「(水斗君、水斗君)」

「(どうした?)」

「(大丈夫ですか? 水斗君も……結女さんと二人きりにしなくても)」


 何を言うかと思えば……何言ってるんだ、こいつは。


「(あのな、東頭。今回の旅行、僕が誰のために来てると思ってるんだ)」

「(えっ? ゆ、結女さんのためでは……?)」

「(そこまで恋愛脳じゃない。言っただろ、君の取材になるからだって)」

「(うえっ……?)」

「(君を誘ったのは僕だ。君を放り出したりはしないよ。それが責任だろ)」


 当たり前のことだろうに。

 いさなはぱちくりと目を瞬いて、「ふへ」と気の抜けた笑みをこぼしながら、ちりちりと前髪をいじくった。


「(あ、ありがとうございます……。そ、それでは、遠慮なくまとわりつきますね?)」

「(常識的な範囲でな)」


 言うなり、ぴとっと肩をくっつけてくるいさな。それは非常識な範囲の可能性があるが……まあいいか。どうせこの面子には今更なことだ。

 確かに僕は結女のことが好きだが、だからってすべての行動基準がそれになるわけじゃない。

 バランスを取っていきたいものだ――かつての失敗を繰り返さないためにも。

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