図書室窓際の雑談ライブラリー 透け覗ける布地
「おっぱいが透けるんですよね」
放課後、図書室の隅。
窓際空調に体育座りをして、東頭いさなはそう言った。
「……藪から棒という形容がこれほど似合う状況もないが、一応訊いてやろうか、東頭。一体何の話だ?」
「だから、わたしの透けブラの話ですよ。ほら、梅雨じゃないですか」
「梅雨だな」
「雨が降るじゃないですか」
「降るな」
「透けるんですよね」
「傘どこ行った?」
「ちっちっちっ。わたしのおっぱいを舐めないでください、水斗君――はみ出すんですよ、傘の防御範囲から!」
「ああそう」
「リアクションうすっ!」
「君の巨乳自慢は聞き飽きたよ。はいはい、大変だったな」
「わたしの巨乳の何に飽きたと言うんですか。触りもせずに飽きないでください」
「一を聞いて十を知ると言うからな。君の胸については概算で三十は聞いている。そこから試算するに、僕の中では実に三十回は君の胸を触っている計算になるな」
「わたし、いつの間にかビッチになってます!?」
「男の前で胸の話をする女がそうじゃないわけがないだろ」
「やぁですねぇ。水斗君以外の男の人におっぱいの話なんてするわけないじゃないですか。どれだけ常識がないと思ってるんですか」
「突然異性に対して透けブラの話をし始める程度には」
「そうそう。透けブラの話でしたね」
「違う! 今は君の常識のなさの話だ!」
「実際のところ、困っているんですよ――具体的には去年から困っているんですよ。おっぱいが膨らみ始めたのが中二くらいからだったので」
「訊いてもいないのに情報を付け足すな。困るも何も、そのためにスクールセーターを着ているんじゃないのか?」
「そうなんですけど、正直暑いし脱ぎたいんですよね」
「じゃあ脱げばいいだろう」
「いいんですか?」
「少なくともここには雨は降ってない」
「後悔しないでくださいね」
むやみに不穏なことを言って、東頭はもぞもぞとスクールセーターを脱ぎ始めた。
胸で1回、顔で1回、合計2回も引っかかりつつ、すぽんっとセーターを脱ぎ捨てる。
「ふー……」
乱れた髪を手で梳いて、東頭は身体をこっちに向けた。
「どうですか?」
「どう……って」
人間には、危険を察知する能力がある。
そして人間は知覚能力のほとんどを視覚に頼っている。
よって僕の視線は、自然と最も危険と思える場所に注がれていた。
東頭のカッターシャツの、ボタンとボタンの間だった。
大きく張り出した胸部によってシャツが左右に引っ張られた結果、本来閉じているべきボタンとボタンの間が、わずかながら開いてしまっている。
その隙間から、垣間見えているのだった。
空色の、本来見えてはいけないはずの布地が――
「ぬふふ」
東頭はシャツの袖で口元を隠す。
「なんだか視線を感じますよ? どうやら聞き飽きてはいても見飽きてはいなかったようですね――ふふふ、どうですか? 布が1枚なくなるだけでも違うもんでしょう。女子に免疫のないオタク君には刺激が強すぎましたかねー?」
自分を棚に上げて調子に乗る東頭の言葉に、ん? と違和感を覚える。
もしかして……気付いてないのか?
「……いや、東頭」
「なんですか? もっと見たいんですか? えっちですねぇ、水斗君は!」
「いや、東頭。……見えてる」
「え?」
僕が指差したところに目を下ろし――恐る恐る、シャツに開いた隙間に自分の指を入れる東頭。
どうやら、ようやく気付いたらしい。
東頭は脱いだセーターをさっと胸元に抱き寄せ、自ら晒した隙を隠した。
「……こ……これが、透けブラならぬ、覗けブラ……なんちゃって」
えへへ、と誤魔化し笑いをする東頭。
まあ、それくらいしかできることはないだろうし、僕としても視線を逸らすくらいしかできることがなかった。
「……とりあえず、セーターは着てたほうが良さそうだな」
「そうします……。夏になって汗臭くなっても許してくださいね……」
「どうしても暑かったら、僕が前を歩いて隠してやるよ」
「おおー」
「どうした?」
「いえいえ。カッコいいなあと思いまして。うぇへへ」
「……急に異性っぽさ出してくるのやめてくれないか?」
「それはこっちの台詞なんですけどねえ」
東頭はもぞもぞとセーターを着直して、
「それじゃあ、まあ、もしそのときになったら、よろしくお願いします」
「ああ」
「もう一生、水斗君以外にブラジャーは見せません」
「僕にも見せなくていいんだよ」
「中身が見たいんですね、わかります」
「……うざ」
「ごめんなさいいい~~~っ!! 調子に乗りましたあ~~~~っ!!」
そうして、僕たちは読書を始めた。
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