元カップルのゴールデン・メモリーズ 4月29日(日)


 南さんに買い物に誘われた。

 だいぶ気温も上がってきたし、服を見に行こうというのだ。すごい、女子っぽい、と思った。っぽいも何も私は生まれたときから女子なのだけど、私にとって買い物というのは、密室殺人やら見立て殺人やら交換殺人やら、とにかく殺人事件を品定めするものだったので新鮮なのだ。


 かつての私はお母さんが買ってきた服を適当に着ていた。

 自分で服なんか選んだこともなかった――そんなお金があるなら1冊でも多く本を買いたい人間だった。

 その気持ちは正直今もあんまり変わっていないのだけど、環境の変化に従って、そうも言っていられなくなったのだ。

 言うまでもなく、彼氏ができたからである。


 休みの日にデートするとなったら、さすがの私でも、お母さんが買ってきたわけのわかんない英文が印字された服を着ていくわけにはいかない。

 典型的な服を買いに行く服がない状態だった私は、中学の制服を使用することでそれをクリアし、名状しがたいファッション雑誌の筆舌に尽くし難い記事を読み込んで勉強し、そして彼――あの男の反応を見ながら、徐々に自分のファッションセンスを磨いていったのだ。


 そういった努力の甲斐もあって、それなりに見れる服を選べるようになったとは思うけれど、付け焼き刃で継ぎ接ぎだらけであることに違いはない。南さんの意見を聞けることは、読書の予定を後回しにして余りあるメリットだった。


 そういうわけで、私は南さんと一緒に、駅前のショッピングモールへやってきたのだった。


「あ! これとか可愛い~っ! 絶対似合うよ結女ちゃんっ!」


 そう言って南さんがハンガーごと手に取った服は、私には『可愛い』というより『カッコいい』に見えた。

 ぴったりと身体のラインが出る白いカットソー。サングラスかけた都会の人がヒールをカツカツ言わせながらモデルっぽい姿勢で歩くときに着るものみたいなイメージの服だった。


「こういうのって、痩せてたり背が高かったりする人じゃないと似合わないんじゃ?」

「結女ちゃん、ちょー痩せてるから大丈夫だよ~! あたし、ちんちくりんだからこういうの似合わないんだよねー。羨ましいなぁ……」


 確かに、南さんは中学時代の私くらいの背丈だ。だけど、常に猫背で鈍臭かった昔の私とは違って、ぴょこぴょことよく動くので小動物っぽくて可愛い。


「結女ちゃんは大人っぽいのが似合うと思うんだよねっ!」

「私が大人っぽい……うーん」


 さっぱりピンと来ない。


「あ。これとかは?」


 たまたま目に入った一着にピンと着て、南さんに見せてみた。

 ひらひらのレースが付いたトップスで、ガーリーというのか、女の子っぽさがあって可愛いと思った。清涼感もあって適度に大人しく、押しつけがましい感じがしない。

 結構アリだと思ったのだけど、南さんは微妙な顔になった。


「あー……うん。可愛いね。男子ウケはすごくいいと思う……けど」

「けど?」

「結女ちゃん……モテたいの?」

「べつに?」


 私は首を傾げた。もう彼氏なんてこりごりである。


「ふ、ふう~ん……あっそう……」


 南さんはどこか硬さのある顔で笑って、


「(……なんか、彼氏から元カノのプレゼントをそのままもらったような気分……)」

「?」


 何か呟いたような気がしたけど、私には聞き取れなかった。






 結局服選びはウインドウショッピングに留まり、また今度、もっと暑くなってから夏服を見に来よう、ということになった。

 ショッピングモールを出て、図書館の前を通り過ぎる。


「――あ」


 不意に、南さんが図書館のほうを振り返った。


「どうしたの、南さん?」

「あっ、ううん! 知り合いがいたような気がしたけど見間違いだった! それより、次はどこ行くっ?」


 せっかく一緒に出掛けたのだから、このまま帰るのはもったいないという気持ちがあった。

 私、遊ぶところあんまり知らないし、そういう場所を南さんに教えてもらうのも悪くないかもしれない。とすると、どういうところがいいんだろう。

 うーん、と考えていると、尿意を催してきた。


「……ごめんなさい。その前に、ちょっとトイレに行っていい?」


 あっ、じゃああたしもー、という返事を、私は勝手に想像した。

 根暗女だった頃は知りもしなかったけれど、普通の女子は、あるいは男子も、集団でトイレに行くものらしい。

 最初こそ、『何でこの人たちトイレに行くのにいちいち友達を誘うの?』と思ったものだけれど、今となっては自然なものと受け入れている自分がいた。

 のだが、


「あっ、じゃあちょっとだけ別行動しよっか?」


 と、南さんは光り輝くような笑顔で言ったのだった。

 あれ?


「お遣い頼まれてたの思い出してさっ。20分だけ! いい?」

「いいけど……」

「ありがとっ! それじゃそこの広場で待ち合わせね!」


 南さんはくるりと踵を返すと、ぱたぱたと来た道を駆け戻っていった。

 なんで別行動……私、何かおかしなことしたのかな……?


 近くのトイレで用を足しても約束の時間には早かったので、待ち合わせの広場でベンチに座った。

 ひとり、春の青い空を仰ぐ。


「やっぱりおかしいのかな、私のセンス……」


 バッグからスマホを取り出して、写真のフォルダを開いた。

 その中のいくつかは、間違っても他人に見られないようパスワードで厳重にロックしてある。そのうちのひとつを表示させた。


 それは、中学時代の写真だった。

 頬を寄り添わせた男女をアップで映した、いかにもカップル的な自撮り。

 だけど、二人ともこんなの慣れてないから、笑顔がぎこちなくて見られたものじゃなかった。


 思えば、この頃は楽だった――この男の好みに合うことだけ考えていればよかったんだから。

 女子社会のお作法は、中学生の恋愛関係などよりよっぽど複雑で面倒だ。


「まだまだ勉強しないと……」


 普通の女子って、難しい……。

 漏れかけた溜め息を、かろうじて呑み込んだ。


「ゆーめちゃんっ! おっまたせーっ!」


 ほどなくして、南さんが弾むような足取りで戻ってきた。

 ……あれ?

 なんだろ、この妙に晴れやかな表情は。


「お遣い、もういいの?」

「うんっ、だいじょーぶ! スッキリしたーっ!」


 そんなに気掛かりなお遣いだったのだろうか、と私は首を傾げた。

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