第4話〔ひけんみらい〕④

 薄闇が晴れ、徐々に明けたのは本当の闇となった。背の窓から、宇宙人でも降りてくるみたいな月の光が教室にいくつも射し込んでいる。


「っは! やっと覚めたかよ。疲れてたのか?」


 そこら中にある鉄の足を眺めていた視が、二つ、左右に一つずつある入り口の右側に持たれ掛け微笑んでいる男を見て揺れ動く。


「なんで……」


 覚めた世界に夢が映る。


 笑う膝を押さえ付け、机を支えに必死に立ち上がる。


「さっきの続きできっのか?」


 依然と変わらぬ姿で立ち尽くす存在に、思わず唾を飲んだ。


「生きてるはずない」


「ああ死んだ、さっきのは反則だぜ。だからよ――めちゃくちゃ腹が立ってんだ!」


 放たれた殺意が全身を奔り回る。


「黙ってんなよ。な、もういいんだろ? 我慢し切れないぜ」


 剥き出しの闘志にやっと頭が現状把握を急く。時刻は分からないがどうやら夜の学校、一階以上の教室。


「もう一度、死ぬといい」


 駆ける場所に在る全ての机が弾け飛ぶ。


「始まりだ――!」


 静寂を、狂い止まぬ突進が木片を撒き散らし一息で視界に全身を曝け出して跳びあがる。そこから蹴り出された刃物のように鋭い横一線が――、未だ覚束ない足取りに崩れ落ちた頭上を通り過ぎて代わりの木片を弾き飛ばした。


我は脅を拒むI menacing a rejection.――!」


 弾き飛んだ木片が原形を崩す前に放たれた二転目の蹴り。くるりと軸回転に乗せて放たれた蹴りは刃物と成り得る速度で少女の首を切断する。


 が――寸前。指一本として入らぬ肉迫に迫り切った刃は、地から円に膨れ上がった拒絶と触れ、教室にある全てを破壊する弾丸となり少女から弾け飛ぶ。


「がぁ――!」


 自ら回転を入れたことで無残な襤褸雑巾と回り散り。窓を突き破り廊下へと身を転がした男が停止する。


 教室に残るのは木片と鉄棒の残骸。その中で立ち上がる、雪のように白く透き通った白髪の少女。


「アイツどこにいる? 言え、命は助ける」


 硝子は散乱し、二つあった扉のど真ん中に新しく大きな丸口を広げて廊下に続いている。そこにぴくりとも動かずに臥す青年の体は人間として原形を留めていない。全身は所々が捩じ切れ、頭は仰向けに臥しているのに拘わらず地面と口を付けていた。


 だから質問の答えなど返らない。既に息のしない、まして人でない者が喋るなど有り得ないのだ。


 問いに追求はなかった。何故なら質問自体が愚問なのだと、姿を確認することなく少女は気付いていた。


 唯一生き残った時の針に目が向けられる。


「八時……」


 彼等と出会ったのが深夜二時。しかし、外は朝ではない。日本が一日中夜でない限りは十八時間は経過している。


「コウ、心配してる」


「心配ないぜ。あの暗い霊師ならここに来るだろうからな」


 目を疑うしかなかった。残骸を越え、数分前と変わらぬ姿で過去が巻き戻っている。


 いや、教室は依然残骸に埋もれたままだ。戻ったのは、確かに今も廊下で死んでいる男が立ち尽くす光景だけ。


「余興にしては面白いだろ。ほんとは明日まで寝ててもらうつもりだったんだけどよ。無理言って二、三時間遊んでいいそうだ」


「うそ……死。あれ――、アナタ?」


 何度見直しても男は二人居る。一つは既に絶命しているが、もう一つは目の前で口を開いて声を発している。まるで最初から二人居たように、何一つ変わらぬ人間が二人居たかのように――。


「なんだわかっちまったか。面白くないぜ、結構さっきの顔は好みだったんだけどね」


複製物クローン……?」


「くっくっく、そんなめんどくさくて窮屈なもんじゃないぜ」


「亡者って知ってっか? 死体を遊ばせるやつ、それの応用らしいぜ。死体の数だけ自分のコピー作れんだとさ。性格は――似てねえけどな」


 左の入り口から新たに現れる同じ男。


「弾数はあんけど、傷みねぇし知能があるから便利なんだとさ」


 新しく空いた中央の口から同じ男。


「白っての? あれがどうとかで体はかてぇし、最高だぜ」


 右、中央、左――繰り返し繰り返し同じ――。


 ――男・男・男・男・男・男・男・男・男・男。


「ぁ――いや、」


 同じ男達が顔を手で覆う。


「『『『『『『楽しもうぜ、まだまだ先は長いんだ』』』』』』」




  *




 いつも、窓の外は青かった。手を伸ばせば見えなくなってしまう雲は、消してしまうことすら出来ず。ただ時間と共に手の中から逃げていく。


 一日に吸い込む空気は儚く。息さえ困難なほど部屋は綻び、寂しさを募ることが日課となっていた。


 楽しみといえば手紙を送ること。一日の終わりに手紙を投げ、昼にはそれが返ってくる。宛名だけが書かれた手紙は、宛先不明でも届け先が間違われた訳でもない。しっかりと宛先である自分に戻ってくるのだ。


 毎日、毎日、いろんな形の手紙を窓に投げ。いつか返事が返ってくるのを待ち続けた。


 ――けして返ることのない返事を。






 昼になっても手紙は返ってこない。今まで一度もそんなことはなかったのに。やっぱり、両親がくれる物はどこか駄作である。


 三時を過ぎ、今日で六台目の救急車から慌しい人の群れが降りるのを眺めていた額に、コツンと何かが当たって床に落ちた。


 それは来ないと思っていた自分宛の手紙。しかし、どこかいつもとは雰囲気が違うのを感じ取った手は、おもむろに鳥の形をした手紙を広げていく。


『へたくそ――』


 たった一行だけ、そこにはたった一行の言葉が綴られていた。


 と、急に部屋の扉が開き誰かが息を切らせて入って来る。咄嗟に手紙をくしゃくしゃと背に隠す。


 頻りに耳を押し付け何かを確認している誰かに。気付かれないよう、そっとナースコールに指を添え呼び掛けた。


 誰かが驚いた顔をして振り向く。ただそれだけで、添えた指が意力を失くした。


 なによりも欲しかった。自分を確かめることが出来る相手を。それがやってきた、勘はそう告げて膨らむ。


 これを自分の物に出来るのなら、どれだけ幸せなことだろうか。




  *




 膜が呆け明ける。手足を動かそうとする度にジャラジャラと音がして、キツク締め上げられ痛む。御蔭で目覚め数秒の内に脳は最高潮で動き始めた。


「なによこれ」


 キーン、と頭痛が顳を右から左に貫く。所謂最悪の目覚め、脳は目覚める代わりに酷使しで体を動かしているのだ。


 思い当たるのは最後の姿。あのどこの馬の骨とも分からぬ失礼な女がやったことは確かだが、怒りはない。何故だか気分が晴れ間を堪能しているように落ち着いていた。


 ただ、視界は夜。目に映るのは星の疎らな寂びた世界。


「綺麗な空だ――僕はこれこそ、一日が纏う繋ぎベールに相応しいと思うんだ」


 今更寒いと思うのは遅いだろうけど、周囲は壁すらままならぬ屋外の上。見覚えあるこの場所に、備え付けられた給水タンクに腰を掛けている銀の糸は揺れ動く。


「ごめん、ここが一番眺めがいいんだ。寒いのは我慢してよ」


 屋上の端と端、出入り口の上に在るタンクに腰を掛け空を眺める誰か。それを一望出来る場所に、金網ごと縛り付けられた手足。


「アンタ洸が探してた相手ね。のこのこ私の前に現れるなんて大した度胸じゃない」


 どこの気取り屋なのか、黄ばんだタンクに伸び伸びと片方の足を伸ばして空を見つめる黒スーツに銀髪の男が顔を振り向ける。


 夜に紛れて浮かび上がる輪郭は顔。それ以外は虚ろに、目を凝らさなければ首が浮いてるように見えるほど強烈な素顔。さらに上を行く黄金の瞳、におもわず惹かれる。


「なら、どうするの。僕をこの世から殺せば、君は納得して生きて行ける?」


「な――、」喉から初めて言葉を失った音が漏れる。


「星はいつだって輝いてる。誰に見られなくとも、自分の意味など求めたりはしない。けど人は、自分を探そうとする。今居る自分を計り、価値を求めて失態を繰り返す。僕を殺そうとするのも、自分が生きていることへの証明。他人を犠牲にして、他人を喜ばせる」


「豪く哲学ね。アンタ友達いないでしょ」


「友達? それは自分以外の存在だね。なら一杯居るよ、君だってそう望んだから白になれたんだ」


 再び漏れる損失、の後に急増する問題の山。


「はく……、誰が白って……?」


「無理ないね、もう十三年も前のことだよ。君が白になって、当時武同むどうと名乗っていたあの霊師。工藤洸の両親を殺したのは」


「なに言って、るのよ。私はずっと、私で生きてきたのよ!」


「うん。君はずっと君で生きてる。だけど君は誰の命を削って生きてるのかを知らない。知ることは不可能なんだ。この世でたった二人を除いてはね」


「証拠は、証拠がないじゃない! そんな出鱈目、信じないわ!」


「可笑しなこと言うんだね。知ることが不可能なのに、証拠がある訳ないよ。ただ、君が望むなら――魅せてあげてもいい。二度と思い出すことのなかった、君の黙示録を」


 ――見るな。見れば何もかも白日の下に晒されてしまう。


 なのに動くと思えない。なにが動くのかすら、分からない。


「見て御出で、君が知ること叶わぬ過去の黙示を――」




  *




 真っ黒な何かが全身を突き抜く。強張った肌から溢れ出す自身の存在が肌の上に浮き上がり、ぼんやりとどこかに堕ちて、新しい体に重なる感覚と、静寂の中着地した。


 ここは夜の病室。体は透明人間みたく薄く、現実味がない。


「一週間もすれば退院出来るはずだよ」


 革のジャンパーを羽織った男が、ベットに座っている女の子の頭を撫でる。


「私、元気になるのね?」


 ベットに腰掛けている――自分? ――幼い時の自分。


「ああ勿論だ。君の中に居た病は消えた」


 少女は感無量。声に生らぬ喜びを顔に出して微笑んでいる。


 何かが倒れる物音と、部屋の扉は開かれた。


 開いた扉から入って来る、間切れもなくさっきまで言葉を交わしていた青年。髪型が微妙に違うが、惹き込まれそうになる瞳の色と銀糸の髪は見間違えることすら不可能。


「こんばんわ。突然、お邪魔します」


「誰だ? 外に菜乎が居たはずだが」


 どこか見たことのある人物に似た面影を持つ、二十代後半に見える男が女の子を庇うように背を向ける。


 それを観察するよう眺める、見た目さっきと年端変わらぬ銀髪の青年。外見だけなら十代後半で同じくらいに。しかし、落ち着いた雰囲気は二十代前半を思わせる力がある。


「外に居た人なら死んでないよ。殺してないから」


 明らかな亀裂が現状に走った。庇い立つ顔が険しさを増し、眉間に一本の筋が彫り刻まれる。


「そうか。敵と見做みなしてよさそうだ」


 拳が構えられるが、気にも留めない覚めた目線。


「用は貴方にはないんだ。有るのは、その女の子」


「なに? なら用件はなんだ」


「望みを叶えに」


「くだらん嘘はよせ。悪いがわたしは仕事の後で気が立っている。おかしな行動をすれば手を出すつもりだ。病室に宿泊したくなければ出直してもらえるかな」


「こっちの用は今しか出来ないんだ。血は嫌いだけど、暴れたら流れてしまう。じっとしてて、海面が波打たないように」


「互いに問答は無用と言う訳か。不本意だ――、が――」


 瞳が一際輝いて燃える。


「前に動かない――なにを、した――」


 奇怪おかしい。動きを障害するものなど何もない。動けないと言うよりも動こうとしていない。立っているだけのただの棒。


 動こうとしない男の横を通り過ぎ、背に隠れていた女の子が頬に触れた手にビクっと肩を竦めた。


「怖がらなくていい。君は君のしたいことを、望めば」


 頬を上へ、ゆっくりと撫で上がり、額に人差し指が突き立った。


「止めろ! なにをしている!? その子はやっと自由になれたばかりなんだ。止めてくれ――!」


「慌てないで、心配はいらない。本当の自由を渡すだけだから」


 突き立てられた指、息が出来なくなるほど肩に乗る重圧と風。


 過去を観照してるだけの私には、届くはずのないもの。なのに体は覚えている。吸う事すら許されず、動く事すら儘ならぬ冷たい指先の感触を。


 ピタリと止んだ。病室は一片の変化なく矯正で静まっている。


「後は、本人に期待」


 青年は去る。同時に、棒立ちしていた男が前につんのめってから後ろを振り返った。


「どこか痛いところは? なにかされたか?」


 座ったまま、外見に変わったところはない。ただ、男が触れた頬は酷く冷たかった。


「冠さん――」


 腹部を押さえた女性が病室の扉を開け、床に崩れる。


「菜乎、なにがあった!?」


 どこか見覚えのある女性が抱き上げられ、頬に触れた手は確かな体温を感じた。


「私は平気。それよりもさっきの男の子、なにをしたの」


 全く動こうとしない、座った姿でじっと塊となって動かぬ女の子に目が向く。


「分からない、動かないんだ。息はある、刹那ちゃんが生きてるのは確かだよ」


 刹那――って誰?


「そう。なら覗いてみるわ」


 どう見たって立てるような顔色じゃない、見てる方が歯を食い縛りたくなる。額からポタポタと、凝固している患者へと近づき垂れる強弱揺れる乏しい足取り。


「トモダチ」


 凝固は突然解け、翳す小さな手。


「――そ、んな。この子、死んで――るの。――え?」


 疑念は同時に二人の霊師を襲った。


「これは……洸か。また、忠告を破ったのか」


 しかし、疑念を感じ取ってうれいたのは二人だけではなかった。


「私のトモダチ」


 床に下りるたおやかな足。女の子を覆う圧は想像を絶する。


 放たれる圧は、既に人のものではない。


「洸を探してるのね――」


「冠さん、洸のところに行ってください」


 君は――と、霊師としての覚悟が言葉を閉ざした。


「頼む。直ぐに戻るからな」


 去った後に残るのは床に崩れ落ちた一人の生贄と、白。


「可哀相、友達欲しかったのね」


「かわいそう――? 私、同情は嫌いなの」


 視界が荒れる。画面が早送りされて乱れる。


 停止した場所は廊下。嵐が過ぎ去った痕が刻まれた。


「ね、一緒に遊ぼ。友達になって」


 私が誰かに近づく。壁に寄り掛かる誰かに。


「昼の子……?」


「友達って言ったよね、遊ぼうよ」


「父さんと母さんはどこに行ったの」


「今の人達は友達。私の友達にするのよ」


「駄目だ。作ったら駄目だよ。友達は作ったりしないんだ」


「なんで? 元気になったら友達作れるんじゃないの?」


 壁を支えに立ち上がる――男の子、洸だ。


「左目が痛いんだ……父さんと母さんを返して」


「なにそれ、私と友達になりたくないんだ。だったら、要らない」


 手の平が上がる。黒い渦が巻き、徐々にそれは闇を増して廊下の床にボタっと二つ落ちた。


 ヘドロが積み重なったような形成のそれは、盛り上がって人の形を作り出す。


「父さん――母さん――」


 人の形を形成したそれは、間切れなく病室に居た二人の霊師。


「その子要らない。殺していいよ」


 表情は凍ったまま、少年の体は自らの父親の手によって宙にぶら下げられた。


「やめ――て、ぁ――!」


 どうして、――私は。


 母親の指が少年の左目を貫く。


 べちゃりと赤く濡れそぼった眼球が床にへばり付いた。叩きつけられた眼球は形状をなくし、謎の肉片となる。


「あ――! あ、あ`ー!」


「あは、大きな声。もっといろんなところ千切っていいよ!」


 しかし二体の人形は動かない。宙にぶら下がる少年の手足はだらけ、僅かに隠れた左目から垂れ落ちる、真っ赤な涙。


 少年の存在しない紅き〈視〉が、二体の、両親を睨み付けた。


「なんで動かないのよ! どうして!?」


 瞬――、二体の人形は消えた。落ちて四つん這いになる少年。


「え、なに?」


 次に〈視〉は、何が起きたか分からない自分を睨み付ける。


 その瞳は消した人形に向けた〈視〉とは違う。異質なものだけを見詰める視線。


 少女の体から〈死〉という対象が抜かれて瞳に収まる。


 どうして――、私は。




  *




「ご堪能出来た? これが君の知ろうとした過去の黙示だよ」


 いつのまにか現実。場所は夜の屋上、見覚えある学校の。 


「どうして、こんなことを――」


「忘れていたのかを、知りたい?」


「なんで、なんでこんなことを忘れることが出来るの!」


「うん。知りたいよね。じつは僕も記憶にはないんだ。知ってるのは視たから、君のようにね」


 タンクの上から一気に飛び降りる――。


「説明をする前に自己紹介。僕の名前は村尾むらおエイジ。父が日本人で母がフィンランド、見たら分かるハーフだよ」


 ――青年の顔は笑みを絶やさず、歩みは側で立ち止まった。


「さて、なにを知りたいのかな。僕の思い当たるところは結構あるけど。めんどくさいから全部話すね。の、前に」


 突然がくんと手足が自由になった。何から? 手足を縛っていた物など何もない。私は一人でに手足を引っ付けていたに過ぎないのだ。


「うん。これがいいよ、自由な人質ほど安心なものはないんだ」


 自由になっても体はへたり込み動こうとしない。


 勘を頼りに生きてきた、今はそれが疎ましい。


「さて解説だ。視てもらった過去、あれは十三年前に起きた現実らしい。らしいっていうのは、僕自身も過去を視ることで確かめるしか方法がなかったから。問題は、どうして僕も君もあの場に居たのに覚えてないってことだね。けどね、僕は確かに知る術は持ってたよ。ただ記憶にないものを探るのは不可能なんだ。探し物がなにか分からない、探せない。気づかせてくれたのは君だ。君の存在が僕に不審点を浮かび上がれせ、過去を探らせた。

 ――そして視たんだ。彼の両親を自らの力で白と変え、〝無止之魔眼むしのまがん〟に消された君の姿をね。

 ――これが過去の概説だね。次は、僕のこと。僕がなにをしに、どうして君をここに連れてきたのか。一言でいうと未来戦史を現実に行う為なんだ」


「な。アンタ、自分がなにを言ってるか分かってるの? 未来戦史論を知ってる台詞には思えないわ」


「輪廻の暴走・平行破壊。日本人が考えるものって、時々はっと驚き興味を湧かせてくれるよね。未来戦史論に知恵絞った人物は凄いよ。僕なんかじゃ考え付けないよ。――さて、御存知だろうけど。未来戦史論を簡単に解説すると、死のない世界。世は、現世・過去・未来の三つで構成された平行軸に沿って時を重ねていく。戦史論はそれらの混合によって生じる時空崩壊を予測した、世界論と解説出来る。例えば、現世に彷徨う過去の魂。過去から未来に繋がる軸は存在している。けど未来は違う。未来で死んだ人物は現世に彷徨うことはしないよね。死んでない人を殺すなんて出来ないから。同じように現世は過去には通じてない。死をなかったことにするのは通常不可能。だから常に、寿命・享年・死後と決まった段階を経て人は死ぬことを戦史論は解いている。

 ――ここからが本題。過去の人物が未来に残る、現世で死ねば過去となって未来に残る。この理論を崩壊させるとどうなるのか。未来の死を現世に持ってくる。過去に死んだ人間が蘇って、世に留まる。命の概念を捨てた曖昧な世界生誕こそ、戦史論が恐れる害。行う術は一つだけ記載されている。生と死を曖昧にするだけでいい。死んだはずが生きていると世界に固定化して、新しい軸を誕生させる。出来ないことじゃない。海を越え、と或る国では僕のように過去を視る人間はいる、未来視だってね。過去と同じように未来は確実に見据えれる固定観察対象みらいせんしろん。なら死ぬはずのない人物を殺し、死んだ人間を生かす。これだけで時空菅を破壊させるだけの式は調う。この国には戦史論を起てるだけの術式があり。僕の生まれた国にはそれを論弁出来る論文が存在する。十五年の間、僕はそれを探し求めて辿り着いた。そして、術を得る為の力がこの目にあるんだ」


 黄金の瞳。見る者を縛り付け惹きつける貪欲がそこにはある。


「本当に白なの、アンタ」


「そっか。過去に二度も白を見てるんだね。この国のやり方から考えて記憶が消されてないのは貴重だよ。それよりも、白になった君が今もこうやって生きてる、それこそ貴重だけどね」


 そう。私はどうして今も生きてるのだろうか。


 話しが本当なら、一度白となった人間は死者と同じ。


「僕はね、白とは違う。白師と呼ばれる、全く異種の存在だ。だけども生態事態は白に近いんだ。白を超える異種、それが白師。僕もこの国だけなら貴重だよ。世界的に貴重となれる君には敵わないけどね」


「どうして私を生かすのよ。アンタの力なら、簡単に殺せる。寝ていた相手なら、それこそ赤子のはずよ」


「殺しちゃ駄目だ。殺したら僕の計画が成り立たないよ。君はもう一度白になってくれないとね。あ――確か白に付いて詳しく知らないんだよね。こんなに解説するのは初めてだけど――暇だからいっか。それに今が一番理解出来そうな顔だよ」


 困った顔が軽く傾げる。その後ろに見えるのは満月。すべてを思い出した十三年前のように一段と朧な月光が屋上を照らす。


「白症状が人に診られたのは丁度三十年前くらい。まだ霊能力者と呼ばれる人間が信じられていない時期だね。人が死ぬと、魂となって現世を彷徨う、その場合深い思い入れがあるからで――未練っていうやつかな。それが深いと呪縛霊になるよね。白はね、呪縛霊から生まれた人の憎悪や嫉妬、その他あらゆる悪質な心の最終進化になるんだ。呪縛霊は呪縛って名の通りなにかに縛られてる、から大体は動けないんだけど、白はそれに縛られない呪縛霊。未練すら断ち切って自由な生存過程、主動は未練的な事柄からだけど飽きれば方針は自分で決めれる。生きてもいないのに世と物理干渉、人と変わらない現世への執着心が虚しさを吐き出す。同情だよ、生き恥を晒す哀れな魂に御似合いの真っ白な名前――白ってのは慈悲から来た名前なんだ。生きているが生者には成れない、生きているのに刻むものすら無い死者の魂。真っ白な白紙。

 ――けどその存在を支えるに簡単な成合が組み立てられてる訳じゃない。生と死、両方を携えてこそ白と成れる。例えば神友恵、彼女は主を死を核にして他格が生を得ていた。藤堂暖、彼は他人の魂を殺し自分だけの世界を生きようとした。どちらも死と生を望み、哀れな白紙を選んだんだ」


「どうして――それを」


「気づかない? 僕ってね、結構人目気にするタイプなんだ」


 偶然の向い風。鼻を突く香水の臭いは――覚えがある。


「受け付け……」


「はは、思い出した? 記憶力は悪くないんだね。お察し、僕は何度か君の周りに、姿を見られなくとも印象を残してるんだ。他格の時も、夢遊の時だってね。他格は見ていただけで、何も残してないから気づくのは先の一見だね。」


「そんな前から私を見張っていた、ってこと……?」


 もしもそうなら一度も気付かなかった。一度たりとも、勘すら働いてない。本当なら失態よりも、悔しさが勝つ。


「他格から、半年だね。根を正せば十三年前から、君が大きくなって力を付けるのを待ってたんだ。ついでに言えば二日前に事務所にも顔を出してるよ。その時は見つかりそうになって窓から逃げたけどね、代わりに直ぐ――、あ。そうだ、彼女もこの建物の中に居るよ。無事かどうかは僕の白に聞いてみないと分からないや」


「あんな奴どうだっていいわ。聞きたいことは一つよ、私になんの価値があるっていうのよ」


「あれだけ一日に知ったのにもう立ち直るなんて羨ましい精神力だね。だから、価値があるんだと思う。白としての力、君の価値はそこだ」


「はくのちから……?」


「うん。白になると皆決まって能力が付く。白はいちお霊だから、精神が一つとして同じもののない、人特有の付加要素だよ。君はそれが特別なんだ、僕はそれを手に入れる為に十三年の研究を重ねて帰ってきた。そんな君の力こそ、彼の両親を白に変えた他心強制白化能力。生と死を宿す白を大量に作り、世界を混合する為に必要な力、だね」


 顔面度アップでの可愛い笑顔。――癇にだけ、触れる。


「馬鹿じゃないの。私がアンタの言い成りになるとでも思ってる? そんな力が有ったって、使うもんですか」


「そうだね、君は他人の為になにかをするのが嫌いだ。命令を素直に受ける性格じゃない。なら、強制ならどうかな? 君の力と同じだよ。僕の、この目に籠められた力は――ね」


 真下から渾身を込め、地面スレスレから上昇する弾道ミサイルさながらの拳を自分勝手な妄想内で達成感に酔いしれ、微笑む男の顔面目掛けて打ち上げる。


「綺麗だ、角度速度共に申し分ない。腰を使わない上半身だけの力でここまで威力がある、女の子なのに才能あるんだね」


 打ち抜いたはずの拳は天高く虚空を切っていた。


「よく避けたわね。経験上、どんぴしゃだったわ」


 さっきまで青年が居た場所は何も無い虚空。代わりに虚空だった場所に青年の姿。距離にして五メートル、助走なしで一息にしてあそこまで跳び退いたとすれば出鱈目な跳躍だ。


「血は嫌いなんだけどなー」


 円の大気が足元でチリチリと燃え、白い大気が舞い上がる。


「富を守護し、戦勝の仏。オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ」


 毒々しい紫の気体が両小手を呑み込む。肩口から夜に戦火の狼煙を焚き上げ、荒れ狂う風が屋上を埋め尽くし――。


「〝忌むべきは無知な筆舌〟の篭手!」


 ――爆風と四方に散乱した。


「霊装かぁ、ほんとに成長したんだね。彼の周りは若さと強さが比例しない人ばかりだ」


 鮮やかな桃色。篭手が月に照らされて淡く光っている。


「霊撃戦が得意なんだね。凄い霊圧だけど、当たらないと駄目なんだよ」


 右の篭手がしなやかに上がり、掴むように開かれた正眼の構え。支えるように左の篭手が右手首を覆った。


 距離からして、一瞬で決まる。


「ん? 霊圧を直接放つのは得意じゃないはずだけど。僕は飛べないよ。直接来た方が早いと思うけど」


 大気が渦を巻く、中心は開かれた右の平。


「四臂一対一面一心、天の女。オン・マカシリエイ・ソワカ」


 桃色の球体が渦の中心に形成され、香りは喩え難い焼香を放って全身の骨という骨を軋ませる。


「〝望み熟れす願いラクシュミー〟の珠!」


 大砲並の衝撃が体は数歩ずり下げて空気を裂いて吹き飛ぶは平に圧縮されていた球体の究極。鼓動すら打つ暇を与えぬ距離から放った砲丸は大気に散乱する塵を刷り上げ、空気をも尾に引く。


「迷う代を誤った後悔、逝った場所でアンタがしなさい!」


 爆風と白煙の直撃。周囲の柵は弾け跳び、裸になった屋上は撃った本人すら立つこと儘成らぬ状況を作り上げ、焚き上げた。


「っ――」さすがにこの距離で使ったのは間違った。


 危うく落下談を増やすところ――「行き成りは酷いよ」――。

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