第3話〔ひけんみらい〕③

 見渡す限りどこまでも海原が広がっていた。頭上では海鳥が会話を交わしながら一定の距離を飛翔しては弧を描き、舞い戻ってはどこかに飛んでいく。


「エイジ。そんな格好で潮風にあたってると悪疾に憑かれるわ」


「大丈夫だよ母さん。けど、嵐がくるみたいだ」


 そう――汚れた布に包まれ母さんはそう呟く。


「心配しないでよ。僕が守るから、無事に着いたら一生懸命働いて母さんに早く暖かい着物を着てもらうから」


 まだ低い波頭が船底を叩き、船体が揺れ始める。澄み渡っていた晴天の先から忍び寄ってくる暗雲と、騒ぎ立てる海鳥の群れ。


 これさえ超えれば夢にさえ魅せられていた島国が母と僕を待っている。今までの苦境を考えれば、木造に守られたこの防壁に身を隠せることがどれだけ幸せなことだろうか。


「中に入ろう、こんなところに居たら海に落ちるよ。じっとしてたら必ず超えれる。僕達は――」


 ――この海さえ越えればいいのだから。




  *




「で、朝もはよから揃い揃って押し寄せてきたのか」


 片平で肘を支えるよう腕を組み、煙を立たせカウンターで不機嫌な顔を一同に向け直す女店長、由利。


「仕方ないだろ。上は寒くて話しにならないらしいからな」


「いい加減電熱器の一つでも買ったらどうだ。金がないとは言わせないぞ。どこの貧乏人がこんなボロビルの三階に、高級マンション並の自宅を持つ」


「言われなくても昨日買ってきた。配達は明日」


「聖誕祭に他人の幸せを配達か。なんとも熱心な男がいたもんだ」


「どうして男と分かる。知り合いなのか?」


 右隣に座り、興味深く珈琲を啜っていたラーチカが余り余った中身から口を離しカップを遠ざける。


「こんな時期に働くのは片切れ男って決まってるんだよ。それ、口に合わなかったか?」


「これ苦い、紅茶がいい」


「悪いが朝のモーニングは珈琲しか出さないと決めている」


 余程自身があったのか吸い終わっていない火種が無理矢理押し消され、カップがカウンターの中に下がる。


「客の注文を捻じ曲げるなんて大した店だな」


「さっさと会談を始めろ。朝は六時までが営業時間だ」


 なんて横暴な店だろうか。終いには五桁の数字が会計で待っているかもしれない。


「一分一秒を過ぎて店内に残っていれば七桁からの価額増価を御見舞いしてやるぞ」


「君は俺をつけてなにをしていたんだ。興味半分で人の趣味に関わる性格じゃないと思うが」


 良心的な予想を裏切った店長から、珈琲が飲めないらしく左隣の席で静かに塞ぎ込んでいた少女に顔を背ける。


「なによ急に。そんなの洸に話す理由、ないじゃない」


「君が帰ったら話すと言うから早くに切り上げて帰ってきたんだ」


「く――分かったわよ。なにを話せばいいの」


「俺をつけてなにをしたかったか、だ」


「ちょっと洸が夜中に外出する理由を知りたかっただけよ」


「そんなのは一日で事足りると思うが。ま、君の相手は出来なかったので頃合いをみて撒いていたが」


「なら話しは早いでしょ。一日で事足りなかったから毎日追ってたで納得してよね。私がこう言ってるんだから、いいじゃない」


 どう解釈しても真実の一部に過ぎない内容だが、深追いするほど危険な存在や脅威でもない。襤褸ぼろが出るのは時間の問題だろう。


 そうか、と。席を立つ。


「なんだそんなのを出されて納得するのかこっちゃん」


「相手がこう言ってるんだ、信じぬのは失礼だろ。それにそろそろ閉店の時間だ」


「根に残すのは相変らずか」


「眠い。仮眠をとるからいつもどおり頼む」


 収集時に記憶のない付属をツケて現れる怪しい店の扉に手を掛けた瞬間、視界を白い毛糸が埋め尽くす。


「コウ紅茶淹れる約束」


 二十センチ程度の隙間にすっぽりと嵌まる毛糸の下に、溶けてしまいそうな白い肌。


「上で淹れる。一緒に上へ行こう」


「おい、せっちゃんはどうするんだ。置いていくのか」


「彼女の行動は彼女自身が決める。俺に言うのは人格違いだろ」


 はやくとせがむ少女に腕を引かれて扉は鈴音と開く。


 日は低い、明朝六時前。






 目覚めは一面一色がパチリと始まった。


 ソファーの上で寝ていたらしく、所々関節が痛むまではいかないものの、熱く硬直している。座り直せばその硬直も徐々に引き、顔を洗い終われば綺麗サッパリ洗い流されていた。


 一息で始まり、休息をソファーに座り直す。


「さすがにまだ寝てるか」


 快適な目覚めの割りに睡眠時間は浅い。長旅に疲労した身と心を落ち着かせるにはまだまだ時間が掛かるだろう。


 ふとテーブルの上に置かれた未開封の封筒が目に入る。


 記憶を頼りに出た結論は、昨晩天井に染みを一つ増やした探偵が持ってきた依頼関係の書類。いつもならそんな書類に目を通すのは事務所でしかないが、自然と伸びた足はテーブルに置かれた書類の口を開きながら元居た場所へと戻っていった。


 入っていた書類は二つ。一つは昨日やってきた派遣員の概要。もう一つは、依頼本件に付いての稚拙な概要。結果、子供染みた内容でしか埋められていない書類が開かれる。


 ザっと見ただけで、あの探偵が口で言っていた方がまともなものばかり。本来五、六枚で構成される重要記載がたったの二枚。これがどれだけ異常な光景か、長年こっちに身を置く霊師しか解かることない怪奇現象。


「くだらないな……上は死ねと言っているのか」


 死ぬことに恐怖はない。十三年前――そうあの日から、守るものなど何一つないと思っていた。例え自分の命でも。


 が、つい此間こないだまでは、になってしまっている。きっと彼女は覚えていない。いや、そもそも自身ですら覚えていないのだ。残っているのはそんな事があったと並べただけの、追想。中身はまるで入っていない、なのにどうして――いつまでも消えないのだろうか。


 流す涙すら褪せた目に触れてみても思い出せない。




  *




 閉店と言った店は常連の客層を余すことなく営業に使い。今日も挽き豆の芳香を店内に漂わせていた。


 一段落ついた客を一望して、いつものように席へと落ち着く筈の店内に違和感。無視をしても問題はないであろうが、口振りに似合ぬ気遣いが点けたばかりの煙草を口から遠ざけた。


「せっちゃん、注文もなしに三時間も黙秘座りは落ち着かない」


 言い方を変えればよかったかと内心動揺した自身の一声に、反応は返ってこなかった。


 珈琲メイカーから出る湯気に紛れ、性質の違う煙が天井に薄れていく。食器類に臭いが付かないようにと、無駄な心遣いが天井に向けて噴き上げられる度、幾度も浴びせられた煙で大きなシミが一箇所に出来ていた。


「こっちゃんのこと、知りたいんだろ」


 煙草を吸い終わる間を空け、カウンター席でだんまりをきめていた迷惑な客に顔を上げさせる。


 ケラケラと笑う異常喫煙者ヘビースモーカー


「分かりやすいね。けど、こっちゃんは重症だよ。想い人なんか気付きもしないからな」


「そんなんじゃないですぅ!」


 静かな店内がピタリと沈黙。コポコポと立つ音だけが何事もなく仕事をこなしている。客層のむらにして少数、集まる視線は店内全ての客となった。


「せっちゃん、さすがに声量を考えてもらわないと困るよ」次に注目を浴びせる視線を一望し「ほらこっちを見るな。三秒以内に逸らさないと桁上げるぞ」無表情で本気の威圧に、背で無恥を悔やんでいた少女から一瞬で注目が散乱する。


「すみません……由利さん」


「言い方が悪かったな。で、どうなんだ? 知りたいんだろ」


「知りたいっていうかは……確かめたいことが」


「なら話したらどうだ。こっちゃんと付き合いが短い訳じゃない。分かることも多いぞ。話せないことも多いがね」


「なら駄目本で。由利さん、十三年前に或る病院で起こった事件を知ってますか?」


「……十三年前か。丁度こっちゃんが奏喜の爺さんに引き取られた年代だな。あの時期に医療関係の事件か」


 五分――なかなかもったなと新しい火種が点く。


「身元不明の少年しか思い浮かばないが」


「それで合ってる。第一発見者、覚えてますか?」


「さぁね。当時は十一だ、過去の記録として少し前に見たが、具体的な内容はすっかり錆びたよ」


「第一発見者、私なんです」


 片肘を支えて腕を組み、ほうと興味が呟く。


「今の学校に入ったり、この世界に染まったのはそれが切っ掛けで始めたことなんです」


「もしかしてその坊っちゃんを捜しているのか」


 なんとなくふしはついていたが、当てずっぽうで発したものはど真ん中に命中して少女の口から、はい――と音を立てた。


「勘を頼りに探っていたなら合格。想い人、見つかってるぞ」


「え――どういう――?」


「身元不明の少年、あれはこっちゃんのことだ。発見者は本当に埃を被ってしまっているが当時奏喜爺さんが連れてきた子がそうだと聞かされていた。身元不明の少年を引き取った老霊師、なんとも先立ち不安な報道だったがね」


「それ、本当ですか?」


 先程の気落ちはどこにいったのか。目付きが一変した少女は現時点を持って謎を解き明かそうとしている。そして深まる、最初から不審していた違和感。


「ん――おちょっくってたか、天然じゃないのか。手紙を読んでると思っていたが?」


「手紙? 両親の、手紙のこと?」


「少なくとも聞いているだろ、せっちゃんが持ってきた手紙に書かれた内容を。片切れはコツ知らないと見れないが、脅してでも確認を取るだろう性格と、予想していたが」


「両親が書いた手紙は、自身の目で読みました。洸の両親が書いた手紙は、洸が似たような内容だと頭を抱えてたわ」


「何を言ってる? 拝見したが、どちらも同じ人物が書いたものだった。どの手紙を言っている?」


 ぁ――そうだ。ずっと、どこか引っ掛かっていた。あの日から今の今まで気付かなかった疑問点。


 双方の親が書いたと言った。けど電話の主は言った――。


 ――連絡するのを忘れてしまった、と。


 手紙など〝書いていない〟と――。


「あの手紙ここにあるんですか!?」


 バンと立ち上がる少女。椅子は勢いに耐えれる固定型だったのが幸いした。


 注目は恐れからか横目で集まる。


「返した後だが、まさか本当に知らないのか?」


 歯噛み、頂点に上った怒りともいえる不審の解放が、三時間の間一歩として動かなかった者を出口へと歩ませる。


「どこに行く?」少しでも落ち着かせようと「本人を問い質す!」無駄な行為は乱暴な鈴音と店を去って行く。


「痴話喧嘩だ。関係なければ関わるな」


 言い終わっても散乱しない視線。銜え煙草の探偵は眉をひそめながら、喧嘩腰に対応してやる。


「いま痴話の相手が〝私〟だと思った奴。勘定置いてさっさと出て行けば明日から出入りを許すぞ」




  *




 目覚まし時計というものを普段から回りに置かない。何かの文献で日本人にはそれが必需品だと乗っていたことを思い出す。


「うるさい……」


 寝覚め最悪の音がどこかで鳴っている。この国の人間はこんな物を使用して起き一日を過ごすのだと思うと。不安定人格ノイローゼになるのは時間の問題だ。


 甲高く、音階を無視した絶望的な騒音。思っていたより睡眠を欲していた身体に頭から響く。


 とこから出ると、寝る前に着衣した服に完全に過去を取り戻した。


 それにしてもいつ鳴り止むとも思えない、この騒ぎ。どうあっても自ら止めに行くしかないようだ。


 よろよろと片手で頭を押さえ、ゾンビみたいな足取りとノブ伸びる手。一つ戸を潜る度に騒音はうるさくなっていくが、音階は納まる兆しをみせていた。


 そして、最後の戸が開く。


「見せれないってどういうこよ! 私の手紙なんだから私が見て悪いの!」


「とにかく落ち着いて話しをしよう。君がそんなんでは、説明のしようがない」


 日本の変わった目覚ましの正体を知ったワタシと、騒音に悩まされていただろう霊師との目が合う。


「君の尋常を超える声で、一人犠牲者が出たな」


 昔どこかの山中で見たことがある獣の視線がこちらに向く。ワタシはこの獣とは相性が合わないらしい。


「うるさい。迷惑で寝れない」


「アンタは関係ないんだから引っ込んでてよね!」


 牙さえ付いていれば立派な野獣になれたはず。しかし、最初見た時は羨ましいとも思えた繊細な髪は今も健在。外見だって十分人に反感を買える容姿だというのに、あの荒々しい振る舞いでは質のよい紅茶も花をとじてしまう。


 なによりもこの場に居る誰もが気付いていること。


服従に安息Give weary a rest.


 騒音は次第と納まり。砕けてへたり込み、ソファーに顔から埋もれて眠りに着いた。実戦では一度として使うことのなかった魔術がここにきて初めて効果を発揮したのだ。


「ふむ。彼女を相手するには便利な式だな」


 ソファーに腰掛けていた第一被害者が隣に顔を埋めて眠りに堕ちた野獣を、息苦しさから救い上げて立ち上がる。


「相手、最大疲労じゃないと効かない。戦闘で使えない」


「それが役に立ったろ。どんなにくだらないものにも、場を持てば意味を顕す善い例だ」


 よっ、と抱え直され野獣が前を通り過ぎる。


「すまなかった、君が居てくれて助かったよ。彼女は最近慣れないことに頭を使って疲れていた」


「礼言うだけ誰でも出来る」


「そうだな。この癇癪を寝かせてきたら御礼になにかするよ」


 扉が閉まる。かんしゃく――というのはよく分からないけど。目が覚めて、予定に変更が入ったのは確かなことだ。


「ながい」


 一目見て思った。着いた時いくらか日本人は見たけど、何故か彼だけは変わった服装と髪型をしている。仕事を考えれば常識を覆す服装は珍しくないのに。見てきたものでは上位にランクされる。


 彼の個性に干渉する気はないけど。あの髪に隠れた恐慌に耐え切る力は恐ろしい。


「紅茶淹れる下手だけど」




  *




 二、三歩滑った足で空気を蹴り、なんとか角を曲がり切る。と目の前を見たことのない新しい人が遮っていた。


「話しは聞いてるわよー。洸君、大人しくしなさい!」


 全力疾走の最中に現れた障害が両手広げてガバ!っと掴み掛かってくる、を股下を滑り込み淡い青と共に走り抜ける。


「青!」部屋から覗かせていた見物者達から口々に声が上がる。


「こ、こらー!」


 今更スカートを押さえる新人に、舌を出して次の角へ。


 まだまだ僕の走行を止めるには修行が必要だなと頷いて、足を止めた。


 次の角までは一直線。騒がしい足音はその角から近づいて来る。後ろはさっきの新人。初めての相手に効果を出した技も二度は通じない。かと言ってこのまま立ち止まっていれば、捕まるのは時間の問題だ。


 てっとりばやく回避するには隠れるのが一番。だが辺りに隠れれる場所は見当たらない。


「ん――背に腹はっていつも父さん言うし、いいか」


 決まれば一目散に目に入った病室の扉を開け、中に忍び込む。


 扉に耳を近づけ、息を殺す。徐々に近づいてきた足音が前を通り過ぎた。


「ふぅーなんとか撒けた」


 緊張と走り回った疲労で足を屈めた。


「だれ? 急に入ってきたら怒られるよ」


「え、」


 当然だ。ここは病室なんだから病人が居るのは当然。


「悪かったね、ちょっと逃げてたんだ」


 まだ余り休憩は取れてないが、長居するのは止めようと立ち上がり部屋を出ようとした。なのに出て行くどころか足はちっとも動かずに居座った


「わるいことしたの?」


 部屋は自分が寝ていた場所と変わらない。違うのはベットに半身を起き上がらせこっちを見ている女の子が居たことくらいだ。


「まぁーそんなところだと思う。君はなんでここに寝てるの?」


「ここ私の部屋だから寝てる」


「違うよ。なんの病気で寝てるのってことだよ」


 必死に隠そうとしてるけど、怯えているようなのでそっとベットに歩み寄り、互いに姿が見える場所へと移動する。


 絶対年下だと分かる女の子はこっちを見てまだ怯えている。


「私、体弱いから。直す為に手術しないといけないの」


「そっか。俺はさっき予防手術終わったんだ。新しい病気が見つかると予防しないと駄目なんだって。痛くないけど、終わった後に体が痺れるからこうやって走り回らないと調子戻らないんだ」


「私は走り回ると苦しくなっちゃうから、遊べないよ」


 下を向いてしまう女の子。きっと遊べないと勘違いして落ち込んでしまった。


「なんだ。遊びたいなら僕と遊べばいいじゃん。はい、友達」


 手を差し出す、と。おろおろと目が動いてどうしていいか分からないと告げていた。


「握手しらないの? こうやるんだよ」


 日頃男友達や大人に囲まれていた事で、女の子の手は見た目より小さく納まって重なっ

た。


「これで僕達は友達。僕は明日退院だけど遊びに来たら問題ないからね」


「ともだち……ありがとう……」


 みるみる真っ赤になっていく頬と、ドキっとした笑顔に――。


「あれ、どっかで会ったことある?」


 ――ぶんぶんと首を振るう女の子。そして開け放たれた扉。咄嗟に手を離して振り返る。


「洸君こんなところに逃げ込んでたのね」


「あ、ヤマンバ――」


「誰が山姥ですってー!」


 上空高く掲げ上がり真っ逆さまに落ちる隕石が、女の子との始めての出逢いを掘り起こした。




  *




 都会といえど霜はあらゆる物に付着して路面を濡らしていた。吐く息は白く、今日の月は半分に欠けて視界はいつもより悪い。


「今日も付いて来るのか?」


「仕事だから」


「君の仕事は目標の排除だろ。無駄に仕事を増やしても報われないのは知ってる筈だが」


「聞きたかったことある。コウは相手どこに居るか知ってる?」


「ふむ。尤もな意見だ。本来記載されなければいけないものだが、今回の件は通常のそれとは違う。ま、君の方が詳しいだろ。人間を相手にするのはそっちが茶飯事なんだろ?」


 白い吐息に包まれた頷きが返る。


「人間相手するの疲れる。止まることしない。でも、白も同じと聞いた」


「ああ、言うなれば白は変わった人間のことだ。行動と知恵をかねそろえた脅威の存在。性質の悪さは人を超えるが」


「それをどうやって見つける?」


「人と白の最大の違いが、それを可能にする。白霊師とは白を視つけるのに絶対な自身を持っていなければいけない。で、本題だ。人と絶対的な違いを持つものが群れに居ればどうなる?」


「あ、――分かった」


 向こうは頭が固いと聞いていたが、どうやらこの少女は技術に見合った知識を持っているようだ。


「他にも探し方はあるが、こっちの仕事は基本待ちが多い。ま、目標があって街に滞在してるんだ。力を使わないことは先ずないよ」


 ――っ、なんて、都合のいい相手だ。まるでこっちの話しを伺っていたかのようなタイミングで、掛かった。


「どうしたコウ、頭いたいのか?」


 下手に範囲を広げれば自身の体性が低くなる。一度この捜索方法を考え直した方がよさそうだ。


「視つけたよ、近いな」


 方角と発現場所を考慮すると――、三年前にくらいに改築で話題になった公園に行き当たる。幾度か足を運んだことがあるが、小さなテーマパークならスッポリと納まってしまうだろう。


「付いて来るんだろ。なら、俺は行くよ」


「行く。けど、気分悪くないのか?」


 予想以上に近くで中てられたことで、自分でも解かるくらい血の気に青白いものが流れている。それを見て彼女なりに心配しているのかもしれない。


「仕事に負傷はない。これくらいは慣れている、君も人の心配をしているのは今だけにすることだ」


 目付きが変わる。これが自分の仕事だと言わんばかりの冷えた点が薄膜で被われ、大気が乾く。


「それでいい。君は自分の身と、相手のことだけを考えろ」


 冷えた視線は眩み掛けていた思考を正常に。足取りは昨晩のように、一つの歩幅に合わせて二つの足音が地を叩く。






 月は思ったより褪せて小さく。昨日今日で大違いの寒気は、吐く息すら凍えそうなくらい白く冷たいものにしている。数日の間に何度も口から出る言葉は、寒いの一言。


「あーほんと敏感なんだ。あんた見た目以上の異常者だな」


 池を中心に、円を描いて改装された公共の施設。ぐるりと一周すれば四キロはある周囲は、朝になれば健康維持と身体虐待を勘違いした年寄りが徘徊する。


「おまえが〝チャイルドカラー〟か――?」


 清風が路面の上を転がり、どこかで遠吠えとサイレン音が鳴っている。辺りに他の人影は見えず、僅かな街灯は地を照らし、高層ビルから放たれる灯りを背景にしてさえ虚ろな姿。


「不満か、異名どおりだろ?」


 片手を上げてみせる銀髪の青年。


「てっきり子供ばかりを狙う、中年親父を想像していた」


「くっくっく――御期待裏切って失敬。こっちも最高位と聞いていたからオヤジが来ると思ってたんだ」


 黒いスーツに皺を寄せ、手の平を顔に被せ笑殺。少年のあどけなさを残す青年は、ホストクラブに通っていそうなほど美少年な顔付きで指の間から覗かせる、殺意に満ちた目。


「さぁ始めよう。その為に半年も時間を要したんだ」


 末広に片手が広がり、立ち至る状況に一歩前へと青年の前に姿を曝け出す白髪の少女。


「覚えてるか? ワタシは、オマエの顔を忘れたことない」


「ん? 誰だおまえ」


 次第と激しさを増す風に乗り一度きりの歯音が耳に届く。


「五年前――、オマエがワタシの全てを奪ったんだ!」


 一目散に駆け走る一片の雪結晶。手に持っていたフードを脱ぎ捨て、一見では同一にしか見えぬ白髪と銀髪が距離を縮めていく。


 それがどれだけ危険な行為か、仇を前に荒れた心では通知することすら出来ない。


「っは! いいねその復讐リベンジに満ちた目! だい、好きだ!」


 同時に引き上がる拳。一つは速度をさらに乗せて前へ。一つはそれに突き合わせるだけのゆるやかな安泰を前に出す。


 そして、間を割って白い先行が二人の距離を再び遠ざけ。後方に飛び退いた少女が足を擦って地に膝を付ける。


「なにをやってる。いくらなんでも考えなしに飛び出すなんて自殺行為だ。自殺なら他でやってくれ」


 振り向かれたこっちが驚くほど、冷淡な眼は冷酷なほどに憎しみに満ちていた。


 あまりの血走り方に膝を折って頬に触れる。


「なんて目をしてる。両親がいまの君を見たらきっと悲しむだろうな。君に、そんな怨恨は似合わない」


「コウ……」退去していく瞳。「分かった。もう、走らない」残る意思の強さは本来の力。


「へぇー、いまのが霊布れいふを投棄して使役するっていう。けっこう速いな」


 夜空で弧を描き肩に舞い降りる、白き鳥。


「よく今の速度で認識出来たな。それとも誰かに聞いてたのか?」


「なに自負してんだ。そんな小鳥一匹を自慢したいのか」


 裾をはたき上がる少女と共に依然態度の変わらぬ相手を睨み見る。


「お、なんだ二人共同じ口か?」


 ゆっくりと、初めて出会った時の少女が振り向く。


「コウ。長いが十秒相手出来るか?」


「十秒が望みならね」


 こくりと頷きが返り、外界との接触が閉じられる。


「なんだ、そいつ魔術師なのか。だったらこっちから――!」


 稼げと言われたが、一撃で仕留めるつもりで放った白線は僅かに標的が横に退けたことで夜に白い直線残像を残して過ぎ去る。


「行き成りかよ。容赦なしってやつか」


「反射神経が特化しているな。よく、いまのを避けた」


「余裕ぶっこいてな! こっちも容赦ないんだぜ!」


 銀の断行に、迎え撃って出た十メートルの距離が一息にして中央で激突し、初弾が右頬を掠めて引き戻る。


「霊撃が得意なのか?」


 仰け反った眼前を右の拳が横一線。反撃する暇など微塵も感じさせない引きの速さは続け様に三打の交戦全てをギリギリの線で掠め引く。


「まだるいのは生前から嫌いなんでね。これが一番てっとり早い。喋ってっと舌噛むぜ」


 増していく打撃速度。二発、三発と掠めていく革ジャンにはミミズが奔ったような跡が這い回り、避け切れぬ六撃目が防御しに出した右肘の面事強打を背骨にまで貫通させ、否が応に地を掘り上げて体は後退する。


「は! あんた凄いな、俺の拳が狙ったところに入らなかったのは死んで初めてだぜ!」


 慣れないことはしない方がいいと身を持って感じてしまう。防御した肘は確実に蒼く変色している。二、三日は背の痛みに苛まれるはずだ。


 ――そして、受けた肘に残る不審。


「型に法則がないな。素人にしては一発が重いだけの力自慢か」


「言うな、負け犬が」


「いつ負けた。状況を把握してから発言した方がいい」


「次は本気マジだ――ぁ、!?」


 銀髪の青年を覆っていた大気が寒冷に〈堅固〉を繰り返し、雪のように降り注ぐ散光が一箇所に舞い荒れる。


 それがどのような脅威であろうと、幻想は敵味方を選ばずに視界を魅せ、一時を忘れさせた。


不死の墓場 死骸の定置Crystallization a position life and death.


「これヤベェ――、がぁ――!」


 残光のように輝く結晶の散布から逃げ出そうとした男の手足は瞬く間に真っ白に染まる。


 一瞬にして公園の一角に出来た白銀の領域、は炸裂するよう発散して、ただ矯正をく。


「あぶねーな。黙って突っ立ってたら全部逝ってたぜ。こんな奴が居るなんて聞いてね」


 白く凍結した手足が汗を浮かばせて垂れ下がる。


「なに言ってる。ほんとにワタシ知らないのか?」


「知ってるもなにも俺はさっきこの体になったばかりだ。おまえ等とは初対面、話しに聞いてただけの赤の他人だぜ」


 さっき殴られた時に感じた違和感は、どうやら当たりのようだ。


「白だな、その体」


「そ、俺はあんた等が探してる奴じゃない。俺の力は好きな姿を作ること。姿を借りた本人は別の用事に回ってるぜ、時間稼げって言われてたからな」


「面白い素材だ。そこまで自身の状況を把握するには時間を要する――時間を、かせ? しまっ、た……」


「くっくっく、頭いいな。もう気づいたのかよ」


 凍結せぬ手が被さり笑いが周囲にころがる。


「悪いがここを任せていいか……、策に嵌まったようだ」


「構わない。けど、どうした?」


「相手の狙いは事務所で眠ってる彼女だ」


「どうして狙う、大切なもの持ってるのか?」


 理由は一つしかない。だから、可能性は幾らでもあった。それを自負して出た過失は大きい。


「詳しく話すのは後だ。一秒でも早く、戻りたい。ここを任せるが様子を視たら直ぐに戻る」


「平気、戻る前に仕事終わる」


 返事は返さなかった。というよりも喉から出た声は自身ですら聞き取り難いほど小さなものだったからだ。だから今は――。


 ――ただ間に合うことだけを乗せて走らなければいけない。




 *




 去ってから二分が経った。残っていた二つの人形は、一つを残して人では亡くなっていた。今では人として形を保っていたのか、そこに確かな存在が居たのかすら危うい。


 仮とはいえ、銀髪の青年がそこに居たという痕跡は、この場から消え去ってしまっている。どこに行ったかなど、この世にいる限り誰一人として知る術を持たない。


「偽者よかった。簡単に終わるのは許さない」


 少女の目に映る一分前の光景。それは指一本動かすことのなかった一方的な殺害。粒子にすらなれなかった男の幕切れ。


「なら、終わりないまま終止するのもいいかもね」


「だ――」


 息が悶える。吸えば吸うほど遠ざかっていく意識を繋げ、少女は膝を付いて路面に影を見た。


「そっか、憎しみがあるね。覚えてないけど、僕が殺した」


 上と下の暗幕が何度も弾け合って互いを拒み、繋げていた意識に映る最後の光景。幾度も悪夢に現れた白銀の青年。あの日と同じように、瞳は金色に燃えていた。




  *




 いつものように、いつもの場所に、つい一時間前と変わりない姿で、持ち主がみすぼらしく思える廃ビルは建っていた。


 急斜面を急速な負担を掛けて這い上がる。登り詰めた頂上に掛けたはずの扉が半開きで口を開け、縦に広がる隙間から伺える覚えのない模様。


 開口しているはずの扉を動揺が回し開けて忍び込む。


「く――」


 鼻を突く独特の臭気。玄関から廊下を這うように伸び、リビングへと入る赤黒い曲線を追って歩は一度も止まることなく進んだ。


「遅いぞ、何をやってた。こっちゃんの所為で逃がしたことになるが、弁解はあるか?」


 ベランダの窓はカーテンごと大きく靡き、その先に広がる夜色へと淀んだ空気を排出していた。


 扉を開封しただけで掻き消えた火種が、いつもの壁に血筋と背を預けて座り込む血塗れたエプロンを着衣した女の腿に落ちる。


「弁解はない。状況を説明出来るか?」


「さっそく仕事の心配か。心成し寂しいが、言えることは最悪のシナリオということだ」


「それだけ解かれば、あとはこっちでやる」


「そうしてくれ。残業でこっちは目眩がする」


 言って瞳は閉じられた。微かに漏れる寝息にほっと胸を撫で下ろし、清風を吸入し始めた窓に朧な視界を向け続けていた。

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