王族貴族の婚姻にいい話は余りない

 王族貴族の婚姻が、当人らの意思に関係ない、互いの国益のための政略結婚であることは珍しくなく、むしろ政略結婚である方が当たり前とさえ言ってもいい。


 豊国も当時、国益のための政略結婚を求められていた。


 相手は紅の強国ロード・ロマニオン第三王子、レイオウ・ヌゥ。

 彼とラヴィリアの結婚により、碧の豊国ベインレルルクは更なる安寧を約束されたはずだった。

 この婚姻が、破談にさえならなければ――


  ▽  ▽  ▽  ▽  ▽


「知っての通り、強国は色国軍しきこくぐんとして、現在数えられている七つの大国の中でも、上位に入る戦力を誇る……豊国には、王国の皆様のような、敵対勢力に対する防衛力がなく、攻められればこれ以上なく脆い。故に強国との縁談は、私にとっても待望でした」


 七年前。

 当時、白銀の王国キャメロニアに対して二つの中小国が同盟を組み、攻め込んで来た戦争があった。

 結果は言うまでもなく、二つの中小国は王国の防衛力の前に打ち砕かれたのだが、この戦いにおいて王国の領土にあった村が焼かれ、多くの村人が犠牲になった。


 この戦争によって、民衆からの不安が寄せられた周辺他国はすぐさま自国防衛の術を求められ、豊国もまた、民の不安を拭うための措置を求められていた。


 色国軍一、平和な大国。


 そう言われれば聞こえはいいが、裏を返せば、戦いの経験がないということだ。故にいざ国を護るため戦うぞとなったとき、防衛能力の脆さが露呈することは必定。

 言うまでもなく、戦いを起こさないようにすることこそ最良であるが、いつ起こるかなど誰にも断定出来やしない。


 そのための措置として、豊国はラヴィリアとレイオウの政略結婚による同盟を画策した。

 しかし、破談に終わった。


「レイオウ様はとても心優しく、歓迎して下さいました。ですが婚姻の是非を決める前日の夜。私は彼に想い人がいることを知り、このままでは後悔されてしまうのではないか――そう思い、彼と一晩お話しました。その結果、お互いのため、この婚姻は破談にしようと決めたのです」

「……無論、その旨を私と強国の王も聞き届けました。政略結婚こそ成されませんでしたが、むしろ互いに胸の内を曝け出して話せる友人として、ラヴィリアとレイオウ殿を中心に、二国間の交流も、より強いものとなりました」

「ですが、世間はまったく違う形で報じました……『強国のレイオウ様が、私に袖にされた』と」


 彼女自身は謙虚故、認めてはないだろうが、実際に世界三大美女として数えられているし、数えられるだけの美人だ。

 彼女の婚姻相手となれば全世界が注目するだろうし、袖にされれば彼女の意図とは関係なく、世間の興味を引くために、誇張も捏造もされた情報が出回ることはけられない。

 故にあり得ないことではない。事実確認もしないまま、ただ婚姻が結ばれなかったという事実から、そんな情報が出回ることは。

 そして情報の真偽など、誰にも確認できることではない。当人らが否定したところで、余計に疑惑と疑問を生み出すだけだ。


 人の好奇心とは、時にこれ以上なく恐ろしい武器と化す。

 そしてこの時いの一番にその毒牙に冒されたのが、ザァンラネークだったのだ。


「国益のため、国に生きる子供達のためよりも、自分の好みを優先したと、妃ザァンラネークは思ったのでしょう。何よりそのとき、同時に強国の第二王子から求婚されていたこともあり、二人もの男性からの誘いを断ったことに憤慨していました」

「なるほど。だから強国には応援を頼めないのだな。二人もの王子の求婚を袖にした女が、命の危機とあらば躊躇なく救いを求める――そんな、新たな誤解を生まぬようにと」

「レイオウ様含め、強国の王族の皆様には大変ご迷惑をお掛けしました。これ以上の迷惑を掛けるわけには、いかなかったのです」


 妬み。ひがみ。羨み。


 望んだわけでもないのに、持って産まれた美貌で以て世界三大美女と呼ばれ、勝手に世間へ様々な印象を植え付けられ、真偽の確認もまともに出来ない上で誇張されたり、捏造された情報が苦しめる。

 王女という立場もあり、情報操作による被害は彼女自身に留まらない。


 家族が壊れ、兄が殺され、関係のない兵士が殺され、殺人の烙印を押される。

 そして国内で自分を巡って二分し、対立し、多くの死傷者を出している。助けを求めた他国の兵士にまで犠牲を強いて、それでも戦いを止めなければならない彼女の今の居場所を、一体誰が羨むだろう。一体誰が妬み、変わりたいなどと言うだろう。


 ただ美しいというだけの、Eエレメントの操作もままならないか弱いお姫様だという事を、一体いつから忘却してしまったのだろう。

 彼女がもう困窮していることを知っている人間は、今、一体何人いるのだろうか。


「それで、ザァンラネーク王妃はどこに。そして、先程から姿も見せず話題にも上がらない、第一王女シムリエ・ベインレルルク殿はどこにおられるのでしょう。第一王子の件はアルフエから聞いていますが、未だアルフエらも面識がないのは妙だ」

「それは……」


 フェイラン・シファーランドの指摘に、グァガラナートは答えられない。

 ベヒドス・マントンとリンクドヘルム・ボルンの両名もまた、聞かされてないとばかりにグァガラナートへと視線を向けている。


「シムリエ・ベインレルルク第一王女こそ、反乱軍を率いている黒幕なのです。老体にこれ以上酷な話をさせるのは、体に毒かと思われます」


 故にあらぬ方向から、まさかの人物に教えられると驚きを禁じ得なかった。


 死告騎士ペイルライダー神呉かみぐれ永遥はるか

 いつの間に侵入し、何故その情報を敵である自分達に開示し、何故片脇にラチェット・ランナを抱えているのか、驚きと同時、聞きたいことが山ほどあったが、とにかく――


「ラチェットさん!」

「ナティアラール!」

「は。殺してでも生かして見せましょう」


 アシスカ・ナティアラールが取り出すメスが燃える。


 傷口に当てると徐々に焼けて塞がっていき、血は揮発して消えて行った。

 傷の深い順に数か所傷を塞いだところで、アシスカは思い切り胸を叩く。心臓の鼓動が弱まっていたようだが、それにしたって強過ぎて、本当に殺してしまうのではないかとさえ思ったが、ラチェットが咳き込んでから、息を吹き返した。


「ラチェットさん!」

「……あ、る、ふぇ……」

「ラチェットさ……ぅ、ぅぅぅ……」


 ラチェットの側で泣き崩れるバリスタン・Jジング・アルフエの肩を抱いて、邦牙ほうがれんもよかったとばかりに微笑を称える。


 しかし他の人間からしてみれば、死告騎士ペイルライダーという人の域を超えた災害がまだ、目の前にいる状況だった。

 もう二度も侵入を許している上、一度逃げられている以上、また逃げられないとも限らない。


死告騎士ペイルライダー。気付いているとは思うが、豊国全土を漂っていたおまえの細菌は、すべて死滅している。私のEエレメントの前では、おまえの細菌は通用しないぞ」

「私に対して敵意を持つのは当然でありましょう。しかし王国の隊長各位。敵の前でも、皇族を前に礼儀を欠いてはなりません。脅しの文句より先に、憎しみを籠めてでも、感謝の言葉を述べるべきです」


 四方囲まれた状況で、礼儀とは。

 余裕か。施された教育の賜物か。


 いずれにしろ、死告騎士ペイルライダーの通り名は、国殺しを成すほどの実力は、嘘でもハッタリでもないことが証明されたようなものだった。

 ここで臆するような者が、そんな大それたことを出来るはずはなく、大それた異名で呼ばれるはずもない。


「そこで女性の肩を抱き、慰めるお方は我が帝国の皇族。第一皇子、邦牙蓮様で在らせられる。今のあなた方にとっては敵も同然と言えど、皇族の前では品格と礼儀が求められます。あなた方が恐れる死告騎士ペイルライダーの細菌は、そういう不敬な者達の体をこそ、蝕むのです」


 凄まじいプレッシャー。


 多くの修羅場を潜り抜けて来たフェイランでさえ、思わず半歩退いてしまうほどの圧力。

 淡々と述べられた言葉の中に熱はなく、代わりに籠められた殺気が悪寒を誘う。

 男女も体格も実戦経験値も関係ない。彼女の武器が、そういう代物であることを警告しているようにさえ聞こえるほど、冷たい声だった。


 が、蓮が間に入ると態度が一変する。


 片膝をついて槍を置き、そのまま首を垂れて傅く姿は、皇子に使える騎士のよう――もはや、騎士そのものだった。


~みんな、おどろかしちゃ、ダメ~

「申し訳ございません。しかし、蓮様に対する不敬は死山血河しざんけつがを築こうとも徹底して是正するべきと存じます」

~とにかく、ダメ~

「畏まりました」

「あなた……反乱軍に送り込まれた戦力、では?」

「はい?」


 なんでそんなことを訊くんですか。

 とでも言いそうな、とぼけた表情で首を傾げられる。


 他の人はそう思うだろうけれど、あなたには話したではないですか。

 とでも言われているようで、立ち上がった彼女が次に発する言葉が、なんだか怖かった。


「十番隊隊長、バリスタン・J・アルフエ様。あなた様には名乗り申し上げたはず。私は。今は第一皇女らん様に就いておりますが、元々は蓮様に就いておりました。ピノーキオ・ダルラキオンとハンバル・ローマキランという名に、心当たりは?」


 ピノーキオ・ダルラキオン。

 猫の耳と尻尾を生やした人形の少女のことは、よく知っている。

 そして、ハンバル・ローマキランという男の事も――


「その反応。どうやらお心当たりがあるようで。蓮様を連れ帰ると言って戻ってこなかったので、何かあったのかと思いましたが……殺しましたか?」

~ピノーはぶじ。はんばるは、ロンに、ころされた~

ろん様に……あの方は確かに、蓮様に対してあまりいい印象をお持ちではなかった様子ですから。大方、蓮様を庇ったハンバルの体を利用して殺そうとして、返り討ちにあったというところですか。あの方らしい」

~ハンバルのおはか、おれのいえのにわ、ある~

「そうですか……彼とは同じ立場にあった仲でもありますし……一度くらいは、花を添えに行くとしましょう」


 展開について行くには、少々事態が急過ぎる。

 とにかく彼女を敵と見るべきか味方と見るべきか、少し時間が必要になって来たが、とりあえずは話を戻さねばなるまい。


「ペイル……いえ、神呉さん。シムリエ・ベインレルルク王女が反乱軍を率いている、というのは本当なのですね?」

「本当かどうかは皆様で確かめられればいいかと。情報とはそういうものです。私は蓮様の味方ですが、だからといって、皆様の味方に直結するとは限りません。ですが強いて言わせて貰えれば、彼女もザァンラネークも、最早豊国のためなどと考えていません。ラヴィリア王女に嫉妬する、ただの女です」


 


 霞む意識の中、話を聞いていたグァガラナートは永遥の表現を否定し切れなかった。

 第三王子と友人になり、第二王子には求婚までされずとも、想いを寄せられていたラヴィリアを見る実の姉シムリエの顔を思い出せば、否定し切る自信がなかった。


 強国の第二王子に想いを寄せながら見向きもされず、袖にもされず相手にもされなかった彼女の嫉妬の籠った目を見れば、彼女が国益など度外視した妹の抹殺を企ててもおかしくないと思えてしまう。

 実の父であり、王でありながらなんとも無力な老人なのだと、グァガラナートは自責を繰り返しながら、静かに意識を落とした。


 まさか、と誰もが最悪の展開を想像したが、ただ眠っているだけとなって、安堵に包まれる。

 その一瞬でまた、永遥の姿が声だけを残響させて言葉として残し、消えて行った。


「反乱軍の根城は西南の方角にある洞窟奥……まぁ、アクアパッツァの気色悪い怪物を倒しながら辿っていけば、そのうち着くでしょう。あの怪物を生み出す怪物を、倒せるかどうかは別の話と、なりますが……」

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