国殺しの死告騎士

 今日もまた、誰かが血を流したのだろうか。

 今日もまた、誰かが悲しみに涙したのだろうか。


 今の私は籠の鳥。

 無力なばかりで、祈ることしかできないただの他力本願主義者。


 誰か私を解き放って。この鉄檻を壊して。

 私を外へ連れ出して。今涙を流す人の下へ、私を連れて行って。


 ただ何もできず祈るだけなんて、ただ辛いだけなのです――


 ▽ ▽ ▽


天音あまねちゃぁん、ダメだよ? 独断専行だなんて。子供が一人で知らない人と遊んじゃいけないんだぁ」

「すみません、気を付けます」


 とは言ったものの、天王寺てんのうじ天音は言うことを聞きたくなどなかった。


 残虐非道の殺人鬼とは聞いていたが、その実、中身は異常なまでのロリータ・コンプレックス患者でしかないアクアパッツァという男は、外にいるとき以外はずっと自分で性的快楽を与え、覚え込ませた子供達とまぐわい続けている。

 中には自分と大差ない歳の子供もいるから、天音としては気分が悪くなるばかりで、一秒でも長く彼から離れていたかった。

 命令がなければ、すぐさま頭を握り潰すのだが――


「あぁ、あぁ……」

「もっと、もっとぉ」


 可哀想に。年齢不相応の悦楽が余程刺激的だったのだろう。

 それこそ彼女達にとって、麻薬のような甘美の猛毒。

 体と心が乖離して、今まで自分達が何をさせられていて、今自分達が何を求めているか理解できなくなっている。

 後で後悔できるようならまだいいが、このままいけばそれすらできなくなるだろう。そんな姿を見せられて、気持ちのいいわけがない。


「そぉれぇでぇ? 誰かさぁ、送り込んだんだっけぇ?」

死告騎士ペイルライダーが、ただいま王城に潜入中です」

「おぉおぉ、死告騎士ペイルライダー! 例の国殺しの女騎士か! あっはっはぁ! いいねいいねぇえ?!」


 ▽ ▽ ▽


 死告騎士ペイルライダー神呉永遥かみぐれはるか

 帝国が誇る一三騎士団に無所属ながら、異名を持つ女騎士。

 

 かつて帝国に対して宣戦布告を行った敵国をたった一人で滅ぼし、国民の八割を死に至らしめたことから死を告げる者。国殺しの騎士と呼ばれるようになった。


 その力はEエレメントウインド系統タイプ細菌ウイルス

 あらゆる病原菌を操り、敵を蝕む力。それこそ国を亡ぼすことのできる強力な力。

 その力で彼女は過去に二つの小国を滅ぼし、現在色国軍に数えられている大国の一つを壊滅寸前まで追い込んだ。


 それでも自分はあくまで皇族護衛部隊の雑兵ですと言ってのけるから、もはや帝国の味方からも恐怖さえされている次第である。


「さすがに、弱点は露見していますか」


 バリスタン・Jジング・アルフエが立ち回れているのは、邦牙蓮ほうがれんが彼女の弱点を知っていることが大きかった。

 初見の相手では、彼女の能力のまえに成す術なく殺されている。

 何よりアルフエが稀な全属性の使い手であったことも、この場合は幸運に働いた。


 彼女の操る細菌は熱によって死滅させることができる。

 細菌によって温度が違うため、ただ熱すればいいというわけではないので、単なる炎使いならば別の細菌に侵されて死ぬが、アルフエは熱するだけでなく冷却もできる。

 故に永遥にとっては数少ない天敵であり、蓮のお陰で前もって弱点も知れていたため、アルフエは後れを取ることなく応戦することができていた。


「“吹雪弾ブリザード・バレット"!」


 水と風、二つの属性を混ぜて詰め込んだ銃弾が連射され、通過した場所を冷気が駆け抜け、撃ち込まれた個所を瞬時に凍てつかせる。

 およそ氷点下にまで下っただろう温度の中、神呉の操る黒い胞子が死んでいき、銃弾を受けた槍もまた凍り付いた。


 地面に槍を叩きつけ、氷を砕き割った神呉は新たな胞子を見せつけながら、次の手を考える。

 胞子を見せつけているのはこの氷点下の中でも生きられる細菌が、隙あらばあなたを蝕みますという威嚇で、その間に作戦を考えようとしていた。


 ここまでのやり取りで、アルフエが多数のEエレメントを持っていることはわかった。

 単純に言えば、手数が多いということだ。こちらの手がバレている以上、迂闊には近付けないし、能力をそう晒すわけにもいかない。


 そもそも死告騎士などと大それた通り名がついているが、能力はただの病原菌なのだ。

 いや、病原菌を操る能力自体は充分に驚異的であるし、たった一人で国一つを滅ぼすこともできる力だが、能力の正体さえ知っていればわざわざ治癒能力や解毒能力に頼らずとも、的確に薬を処方するだけで対処できてしまうという弱点もある。

 さらにいえば、操れる菌の種類も無限ではなかったりと、色々と弱点と制約の多い能力なのだ。


 故に対人戦闘よりも、むしろ国を落とす方に特化した能力である。

 さらに今、この場には自分の能力を知る蓮もいる。状況的には若干不利だが――


 槍に病原菌をまとい、肉薄する。

 肉薄する速度を捉えきれなかったアルフエのガードが間に合わず、石突による一撃がアルフエの懐を抉って突き飛ばす。


 カビの胞子を飛ばす速度は、時速にしておよそ七〇万キロと世界一を誇る。

 神呉はその胞子に乗り、超高速で移動してきたのだ。とても人間の反応できる速度ではない。


 その後もカビの胞子に乗せた神呉の槍がアルフエを攻め立て、完全に崩れたガードを潜って脳天を貫かんと強く槍が突かれる。

 だが合間に蓮が入って槍をへし折り、アルフエを抱きかかえて後退。カビの胞子に乗って、神呉も下がった。

 直後、彼女のいた場所が蓮の重力に潰されて凹む。


「さすがは蓮様。的確なご判断でした」


 危なかった、と言わんばかりに蓮は吐息を漏らす。


 神呉の槍に蔓延っていたのは狂犬病。人が罹ればほぼ確実に死に至る病気の菌だ。

 アルフエに槍が刺さっていれば、間違いなく彼女は死んでいた。生物界一の速度に追いつけるか不安だったが、間一髪のところで間に合って安堵していた。


 だがそれは、彼女の槍の一撃に限ってのこと。

 彼女の能力そのものの脅威からは、まだ逃れられていない。


「ですが、蓮様。あなた様と私とでは、能力の相性が悪いかと。私はあくまで菌を操るだけで、菌を作り出して操っているわけではないのです。故に私が眠らされたところで菌に汚染された大気は残る。この状況を、如何致しますか」


 そう、彼女と蓮とでは能力の相性が悪い。

 重力で圧し潰そうにも菌は個体ではないから、そもそも圧し潰すことができない。

 本人が言った通り、神呉を眠らせたところで菌は残り続ける。大気が汚染されたまま放置しておけば、やがて城全体、豊国全土へと広がって多くの人が死んでしまう。


「――?!」


 突き飛ばされた。


 いや違う。重力の方向が変わったのだ。

 床と天井が壁になって、実質床がなくなった状況で落ちていく。


 神呉はカビの細菌に乗って高速移動できるものの、その技はあくまで高速移動であって飛空しているわけではなく、足が地面についていないと機能しない。

 当然、蓮はそのことを知っていて重力の方向を変えたのだろうが、予備動作も何もなかった。突然過ぎて対応が追い付かない。

 先ほどのアルフエに対する特攻への仕返しとばかりに、突如仕掛けられた。


「しかし私を落とせても、菌は大気中を漂うもの。いくらあなたと言えど、それこそ風を操る能力でもなければ――」


 忘れていたというのは正しくない。

 彼女はすでに再起不能にしたと思っていた。石突で何度も懐を抉り、頭も殴ったからすでに意識はないと思っていたのに。


「“一点集中撃ミストラル・ショット”」


 連射でありながら乱れ撃ちに非ず。

 すべての弾丸が銃弾を受ける槍の同じ部分に命中し続けており、確実に狙って撃っていた。

 繰り出される弾丸の一発一発に籠められている風の力が連射されるたびに膨らんでいき、空中に散布された細菌を散らして、神呉にお返しとばかりに収束させていく。


 反撃したいが絶えず銃弾が撃ち込まれて槍を動かせず、何より足場も何もないため反撃の目途すら立たない。

 細菌を操ろうにも、連射によって乱雑に風が吹きつける中では流されるだけ。手も足も細菌も出せない。

 それどころか徐々に大気の渦に体が呑まれ、回転し始めた。天井と床も壁と化した状況下で、もはや天地がどこかもわからなくなる。


 ならばせめてと連射される弾丸を受けながら荒ぶる風に抗って、切っ先に細菌をまとった槍を床に突き立てようと細い腕に力こぶができそうなほど力を入れたが、間に合わなかった。

 それよりも先にアルフエの弾丸に乗った勢いで突進した蓮の正拳が迫って、なんとかガードが間に合った槍に叩き込まれる。


 直撃こそ避けられたものの、正拳突きと突風の勢いに吹き飛ばされ、神呉は壁を貫通。それこそ彼女の操る菌のように、吹き飛ばされてしまったのだった。


「今の音はなんだ?!」

「っ! 隊長!」

「大丈夫です、蓮さんがいてくださいましたから」

~アルフエも、がんばった~


 その後、リンクドヘルム・ボルンら豊国の兵が駆けつけてきて、アルフエが治療を受けた。

 怪我は大したことなく、青あざもあったものの今後残ることはない程度。突如の奇襲だったが、一日休めば充分戦闘可能な程度で済んだ。


 が、奇襲の件を改めて聞いたボルンらは奇襲を許してしまったことよりも、神呉永遥――基、死告騎士ペイルライダーが豊国に来ていることに警戒を向ける。

 そしてそれは蓮から見ても、正しい判断だった。


死告騎士ペイルライダーが来てたって……反乱軍はこの国を亡ぼすつもりか?」

「そもそも、第二王女を助けるっていうのが、彼らの目的なんでしょ? 国殺しの騎士なんて、目的を果たすどころか共倒れよ」


 ラチェット・ランナとティエルティ・ベルベットの言う通り、反乱軍の目的は殺人の容疑が掛かっている第二王女を助け出すことであって、豊国を滅ぼすことではない。

 神呉の能力は国王軍に対する威圧となり、第二王女を解放するための交渉材料にはなるだろうが、それならば猶更、彼女に能力を使わせようとは思っていないはず。

 ならば此度の彼女の奇襲は国王軍に対する威嚇の始まりなのか、それとも――


「ボルン隊長。私達は、あなた方豊国が反乱軍と争っている理由を、第二王女を巡る争いと聞いています。しかしあくまで噂であり、理由について明確な説明は受けていません。この噂に関しては、事実なのでしょうか」

「あぁ、私もそう聞いている。他の者もそうだ、だが……」


 煮え切らない返事だ。

 だがここまで短いやり取りしかしてない仲でも、彼が嘘を苦手としているだろうタイプなのはなんとなくわかったから、彼もそう聞いていながら信じられずにいるのだろうと理解できた。

 しかしそうなると、弱り切った国王に問い質すしかないが――


~まず、はるかをつかまえなきゃ~


 と速筆で出した蓮のメモの通りだ。

 争いの種がなんであれ、神呉の存在は危険すぎる。早急に捕らえなければ、最悪反乱軍との戦いの理由など関係なく、帝国の思惑で豊国が滅ぼされかねない。


 彼女の能力は確かに特定の能力を要せずとも、薬などで対応できる。

 だがそれこそ病気と同じで、解析に時間を要し、その間に事態は深刻化していくのだ。

 そうして彼女の能力を甘く見たが故に、二つの小国は滅んだのである。


「蓮さんの言う通り、まずは死告騎士ペイルライダーを捕らえることが先決です。このままでは国王軍も反乱軍もなく、この国全体が危うい」

「の、ようだな。すぐに捜索隊を編成し、派遣しよう」


 ボルンの視線を受けた部下が、そそくさと部屋を出ていく。

 同時、ティエルティが部屋全体を見渡して首傾げに。


「ねぇ、ジジは?」


 十番隊の索敵班、ジジ・パンネストロフの姿がないことに気付いて問う。

 思えばアルフエの騒ぎを聞きつけて部屋を飛び出して以降、姿を見ていなかった。


「見てないが……まだ部屋にいるのかもしれないな。メリルが死んで、随分と落ち込んでいたから、騒ぎに反応できるだけの元気もなかったのか。となると、一人残して寂しい思いをさせてしまってたな」

「私、見てくるわ」

「あぁ、頼む」


 このとき、ラチェットもティエルティも含め、全員がまだ事態を軽んじていた。

 死告騎士ペイルライダーの毒牙は――いや、病原菌はすでに豊国を侵食し始めていたのである。


 友を喪った悲しみと、人を簡単に殺してしまえる存在への恐怖とで泣き続けていたジジの視線は、窓の外へと向いている。

 だがその目は光を受け入れておらず、流れる雲も透き通った青空も認識できていない。

 絶望に打ちひしがれ、苦悩に苛まれ、ずっと怯え続けていた少女ジジは、怯え続けた表情のままこと切れた人形のように、椅子に座ったまま死んでいた。


 枯れ果てた涙の代わりに溢れ出る血涙が、更なる絶望を予期させる。


 死の宣告は、すでに開始されていた。

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