黄金の帝国ーテーラ・アル・ジパング
英雄vs怪物
夜の静寂は、どうにも心がざわついて仕方ない。
物も食べない。眠りもしない。
骨と皮だけのように痩せ細って、眠りもしない彼がどうして生きていられるのか、誰もが不思議に思うかもしれないけれど、しかし邦牙蓮は生きている。
「蓮様、失礼します」
ピノーキオ・ダルラキオンも眠らない。
彼女の場合、睡眠も休息も必要だが、仕えるべきお人が眠らないために、彼を護るために眠らないよう心掛けていた。
蓮は、寝てもいいよと言ってくれるのだが、彼女は断固、眠ろうとはしなかった。
ステラとコメットもすでに寝て、起きているのは二人だけである。
蓮は自室のベランダから外を眺めていた。
すでに国全体が寝静まり、白銀の王国はその名の通り月光に照らされて、白銀色で輝いていた。
「……お母様も、イブ様も、あなたを想っておられます。ピノーはそう、信じておりますよ」
蓮はピノーの頭を梳くように撫で下ろす。
ピノーはその手を取って、忠誠の証として甲に唇をつけて「私もお慕いしております」と微笑した。
だが蓮の表情は、次の瞬間に強張った。
ピノーが原因ではない。遥か十数キロ先の、王国を護る防壁の方から、殺気を感じたからだ。
色を変え続ける万華鏡のような虹彩が、淀んだ色でその方向を見つめる。
他の誰でもなく、そこにいる蓮に向けて殺気を放ってきたその実力者が誰なのか、蓮は理解していた。
ピノーもまた、蓮の反応から誰かが来たことを察する。
「蓮様……」
~ふたりをおねがい、ぴのー~
蓮はベランダを飛び出して、口笛を吹く。
するとどこからともなく翼龍が飛んできて、蓮を乗せて空を走る。
それを遠目で見ていた殺気を飛ばした敵は、防壁の上で仁王立ちを決め込んでいた。
「ルンルンルンっ。ルンルルンっ。早速来たねぇ、蓮。僕の殺気に気付くなんて、まだまだ衰えてないみたいで、安心したよ。思いっきり、遊べるね」
彼女――邦牙ルンウィスフェルノは、喜々として蓮を迎える。
その背後には、血に塗れた青い機龍が牙をチェーンソーのように鳴らしながら、主人の背後で低く唸っていた。
「さぁ、行っておいで。青龍」
赤い瞳を輝かせ、機械音を立てて機龍が吠える。
勢いよくそこから街へと飛び降りて、獣のような機械音で咆哮した。
その咆哮で跳ね起きた人々が、機龍の襲撃を受けて急いで家を飛び出して行く。
その中にいた何人かの戦闘部隊兵が、一般人の逃げる時間を稼ぐために足止めで残る。
大顎を揺らしながら、二本の太い脚で大地を震わせるかのような音を立てて走って来る。
顎の重さで倒れないようにしているためにそこまで速くはないものの、しかしその一歩一歩が大きく、すぐさま距離を詰めてくる。
「そこまで速くない! 左右から挟め! 俺が正面から斬り込む!」
「右から炎、左から氷で行くぞ!」
「「「了解!」」」
その場にいた者達が、連携を取って行動する。
指示通りに機龍から見て右から炎、左から氷が飛んできて、機龍は激しい温度差に晒される。
そして機龍の正面から剣士が自らの剣に
大型の魔物すら仕留められる、三番隊の連携プレイ。
今までこの手順で、倒せなかった怪物はいない。
が、砕け散ったのは機龍ではなく、それを叩き斬ろうとした刃の方だった。
さらに炎を繰り出した兵には水。氷を繰り出した兵には炎が、それぞれ機龍の体から出て来た機械人形から放たれる。
そして機龍に斬りかかった兵はその顎に噛み砕かれ、攻撃を仕掛けた五人のうち三人が、あっという間に殺された。
「あははっ! 大声で指示なんて出しちゃって、対応してくださいって言ってるみたいなもんじゃない?」
機龍は暴れ、向かって来る兵士を次々と、いとも容易く殺していく。
その顎で何人も噛み砕き、尻尾で叩き潰し、火炎を吐いて焼き殺す。
自身に立ち向かって来た兵をすべて殺し尽すと、機龍は逃げ惑う人々に目を付けて追いかけようとする。
だがそのとき、上空からようやく到着した蓮が飛び降りて来て、その落下の速度も加えた踵落としを機龍の眉間のど真ん中に叩き込んだ。
自らの顎の重さもあって、機龍は体勢を崩して前のめりに倒れる。
その機龍の後ろに回って尻尾を掴んだ蓮は、自分の三倍は大きく、さらに自分の十倍近い重い玩具の塊を全身を使って振り回し、さらに防壁の上にいるルン目掛けて投げ飛ばした。
少々高さが足りず、ルンの足元の防壁に機龍は叩きつけられ、減り込む。
頭が嵌ってしまって動けない機龍の無様な姿を見て、ルンは吐息を漏らした。
「蓮、まだ
ルンが視線を向けると、目の前で翼龍が大口を開け、火炎をその口に溜め込んでいた。
そしてすぐさま火炎放射。ルンは炎に包まれる。
だが炎が晴れると、ルンは平然と立っていた。
彼女の周りに綿のようなものが広がっており、彼女の目の前に立っている小さな熊のぬいぐるみの背中から、その綿が飛び出して炎から守っていた。
「ルンルンルンっ。なんだぁ? この翼龍はぁ。僕に炎を吹きかけるなんて、酷いなぁ」
ルンの手が淡く輝き、地面に手を付くと目の前に熊のぬいぐるみがさらに現れる。
そのまま翼龍へと飛んでいくのかと思えば、青龍と同じく飛ぶことができず、街中へと落ちていく。
そして青龍が殺した兵士の死体に飛びつくと、それを潰して変形させ始めた。
骨が折れる音と肉が千切れる音が響き、血の臭いが充満する。
そしてそれはとても醜い、ところどころ骨が突き出した肉の武器となって、ぬいぐるみに持ち上げられた。
「ビルドアップテディベアはお久し振りだったっけ? ルンルルンっ!」
肉の武器を持ったぬいぐるみたちが襲い掛かって来る。
攻撃を躱した蓮は飛び上がると、空中に立ってその手を降ろす。
するとぬいぐるみたちは一斉に肉の武器を落とし、そして次の瞬間に見えない力に押し潰された。綿が飛び出し、ぬいぐるみにしては低い断末魔が轟く。
「酷いや酷いや、ぬいぐるみのはらわたを圧し出すなんて酷いや。いつからそんな酷いことができるようになったの? 蓮。ルンは教えたよね? 玩具にだって命があるんだよぉっ?!」
ルンの指と指の間に挟まれた、合計一六の小さな赤ボール。
ルンが勢いよく地面に向かって投げると、それらが地面にぶつかって跳ね、さらにそれぞれ別の家の壁にぶつかって跳ね、蓮へと迫る。
蓮が再び圧をかけてボールを叩き落すが、ボールは地面とぶつかるとまた、しかも今度は最初よりもずっと速い速度で蓮に向かって跳んで来た。
蓮が躱すが、弧を描いて落ちたボールは再び地面に落ちるとまた跳ねて、蓮に襲い掛かる。そのエンドレスだった。
「それそれぇ、どうやって止めるのぉ?!」
蓮は回避しながら、口笛を吹く。
翼龍がそれに呼ばれて蓮の頭上まで飛ぶと、蓮の頭上から火を噴いた。
蓮はその炎が自らに降りかかる直前で、何かしらの力で軌道を変え、自分に向かって来るボールのすべてを焼き払った。
しかしその蓮を、背後から何かが殴り飛ばす。
体勢を立て直してよく見てみると、空中に現れているワープホールのようなものからルンの腕が出て来ており。
そしてルンを見ると、彼女はフラフープに手を入れて、その先が消失していた。
明らかに、フラフープに袖を通したルンの腕がワープして、蓮を殴っていた。
ルンはフラフープから腕を抜くと、それを指先に通してクルクルと回す。
その指先はワープしておらず、能力が発揮されていないことがわかった。
「相変わらず弱いねぇ、蓮。そんなんでお姉ちゃんを止める気だったの? 国を出て、強くなったんじゃないの? ルンを失望させないでよっ!」
再びスーパーボールでの攻撃。
しかも今度は蓮が地上にいるため、地面だけでなく周囲の建物を跳ねてあらゆる方向から、しかも速度を上げながら飛んでくる。
再び翼龍に火炎放射させて焼き払おうとした蓮だったが、そのまえにルンの手が再びフラフープを通って、今度は翼龍の首根を掴む。
翼龍の体に淡い光を叩き込み、翼龍の体から熊のぬいぐるみを出した。
ぬいぐるみは翼龍の首根を、その両手で締めあげる。
苦しみからもがく翼龍は、さらに新たに出されたぬいぐるみに翼を掴まれ、飛行能力を失って墜落した。
ぬいぐるみの拘束を解こうともがく翼龍の元へ駆けつけようとする蓮だが、注意が疎かになったところにスーパーボールが叩き込まれる。
無限にバウンドするボールが、弾む度に加速して蓮に襲い掛かった。
その様を見下ろして、ルンは新たなスーパーボールを構える。
「蓮? わかってるよね、わかってるよね? ルンお姉ちゃん手加減してるのわかってるよねぇ? 本気でやらないと蓮が大事にしてるもの、お姉ちゃん全部壊しちゃうよ、殺しちゃうよ? そこの壁で殺した人みたいに、蓮に助けてって言いながら、みんなみんな死んでっちゃうよ? それでもいいのぉ?!」
新たなスーパーボールが投げられる。
すでに一六のボールが跳ねている環境に、さらに新たなボールが一六個。避けきれる数ではない。
さらにそこに、スーパーボールなどものともしないのだろう青龍が落ちて来て、蓮は窮地に立たされた。
仕方ない。
王国の皆を巻き込まないためにセーブしていた力を、解放しようと蓮が弾幕の中で深呼吸をし始めたそのとき。
すべての弾が一斉に破裂し、青龍の顔面に何かがぶつかって炸裂した。
蓮とルンが同時に、驚愕の目で見た先にいたのは、バリスタン・
二丁の拳銃から硝煙が上がっているところからして、一瞬で三二のボールと青龍の眉間を、ほぼ同時と言っていいタイミングで撃ち抜いたようだが、蓮も、そしてルンも驚愕の早業だった。
「蓮さん、ご無事ですか?!」
どうしてここに、と言う蓮の表情に対して。
「防壁の護衛に入っていた隊員から連絡があったのです。敵の襲撃を受けていると。しかし、あの声音から、もう……」
防衛策の基盤として、防壁の警備は十番隊が担っていた。
その隊員達が、最期の職務を全うしたということらしい。
そのお陰で、アルフエを含める全隊長が動き出したようだ。城の方が、何やら騒がしい。
「あなたはだぁれ? 蓮の彼女か何か?」
「か、彼女……」
「否定しない辺り、まだ想い人ってところかしら。さすがねぇ、蓮。声は出せないんでしょ? 文字も書けないあなたがどうやって口説いたのかしら? ルンルルンっ」
アルフエは彼女を見上げ、その身体的特徴を蓮のくれた情報と照らし合わせる。
桃色の短髪。
左目を覆う眼帯。
全体的にフリフリしたいわゆるゴスロリ衣装で、先ほどから繰り返している口癖と思わしき鼻歌は、蓮のくれた情報から、
ならばその能力は、蓮や
だがその能力を、蓮はこう教えてくれた。
通称、遊撃のルンウィスフェルノ。
遊ぶように戦い、遊び感覚で人を殺す。異常で異質な戦闘狂。
世界のすべてを救おうとする蓮とは、対称的な存在。
「蓮さん! 二人でやりましょう! この方をとりあえず、外へ!」
ルンの実力は、蓮と同等以上と聞いている。
力不足かもしれないが、それでも二体一で数的有利を利用して戦うべきだ。
玩具を召喚する彼女に、数的有利不利など見込めないかもしれないが、しかし、蓮からの情報である程度の攻撃はわかっている。
相手がまだ、アルフエの能力を知らない今、こちらにまだ分があると見た。
それをルンも理解しているようで、アルフエの一撃が応えたらしい青龍を見て、口角を歪ませ唇を舐める。
「ルンルンルンっ。困ったなぁ、実に困った。まさかこんなに早く隊長が来るなんて、思ってもなかったなぁ」
とは言うものの、時速二五〇キロ近くまで加速していたスーパーボールをすべて一発で仕留めた辺り、アルフエが強者であることは明白。
彼女の登場は、戦士としては喜ばしく、作戦を優先しなければいけない身としては最悪で、その二律背反に苦しんだルンは、アルフエと戦いたい意欲を必死に押さえ込んで笑う。
この状況に対する怒りも含めて、戦いを楽しむことに、遊ぶことに全力を注げない今の状況に、この状況を作った弟に怒気を孕んで、それらを呑み込むように笑みを浮かべた。
「ねぇ、蓮? お姉ちゃんが嫌いなことは知ってるよねぇ。苦いお菓子とリア充のカップルと、何より遊べない時間……!!! あんたなら気付いてると思うけど、お姉ちゃんを楽しませられなきゃ、あんたを殺すから、全力で掛かって来るといいよぉ? ルンルルンっ」
「蓮さん……!」
「悪いけど、今は作戦優先なのよねぇ……だぁかぁらぁ、あなたの相手はルンじゃなくて――」
「
そう言い切る方が速かったか、それとも言い切るよりもまえだったか。
ともかくアルフエは、とっさに一歩引いた。その判断は、これ以上なく正しかった。
そうでなければ、アルフエの首は今、胴体とおさらばしていただろう。
アルフエに斬りかかったのは、青龍刀を持った黒髪の少女だった。
ルンの言う笹ちゃんと思わしき人物は、アルフエが引いた一歩分詰めて来て、再び青龍刀で斬りかかって来た。
だがその青龍刀を、アルフエはあろうことか早撃ちで相殺する。
青龍刀を弾いただけでなく彼女の手から青龍刀を落とさせ、さらに距離を取るとアルフエの早撃ちが笹の体を吹き飛ばした。
それを見て、ルンはひゅう、とアルフエをおちょくる。
「さっきから、あんたの早撃ち全然目で追えないわ。いいわねぇ、早撃ちガンマン。いや、ガンウーマン? まぁなんでもいいけどねぇ、ルンルルンっ。笹ちゃんは強いから、覚悟しなさい」
体に弾丸を撃ち込まれたはずの笹だったが、ムクリと起き上がって立ち上がる。
平然と立ち上がった彼女が思い切り腕を振るうと、袖から何本もの刀が飛び出してきた。
「
全身に武器を仕込んだ暗器人間。
その上司も、無限に異常な玩具を召喚する能力者。
これで二対二の同点。だが実力の上で、アルフエ達が不利かもしれない。
戦況が逆転した。
「さてっと……蓮。気付いてると思うけど、私達論を助けるためのただの囮だから。さっさと倒さないとこの国、私のおもちゃで沈むからね?」
今までになかった、ルンの本気の表情。
自分のことを私と呼んだその瞬間、彼女のまとう空気が一変した。
そして蓮もまた、同じだった。
ルンの本気と対峙して、蓮の体から発せられる覇気と、
そのまとう空気はまさに、英雄の者へと変わっていった。
「青龍! 潰して!」
大顎を持ち上げ、青龍が突進する。
蓮の顔を潰してやろうと大口を開けて突進したそのとき、蓮はその何トンもの力がある大顎を受け止めて、あろうことかそのまま首を捻り切った。
青龍をいとも簡単に仕留めた蓮は、ルンを見上げて指を差す。
来い、と挑発するその姿は、どこか強気で、今までにアルフエが見たことのない姿だった。
「私自身で来いって? 蓮、私と遊んでくれるの?」
高笑いを決め込むと、ルンは両手にスーパーボールを挟み込んでまた唇を舐める。
そしてこれから起こる凄まじい戦いを予期して、高揚する気持ちのまま。
「
英雄vs怪物。
姉弟同士の戦い、第二幕が繰り広げられた。
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