第314話 実験場は門の上
結論から言えば、僕は門の上へと到達することができた。
ただ、吹き飛びすぎて門を飛び越えそうになったがために……むりやり急降下させられたのが足に来てるだけで。
ドンッと出て、ガクッと落とされて、ドンッと足から落ちたって感じ。
「……僕は今、VRでも足が痺れるんだなって実感してるよ」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫だけど動けないね……」
動くと足に痺れが広がって、ビリビリしてしまう。
まるで正座した後みたいだ……。
「こういうときは、ゆっくり息を吸って吐いてして……血の巡りを、」
「が、がんばってください!」
「シルフは足の痺れとか無縁そうだよねぇ……」
「えっと、浮いてますので」
困ったような顔で笑うシルフに、僕は少し恨めしいような目を向けて、ゆっくりと腰を地面に落とす。
もうだいぶ痺れも取れてきたし、あんまりのんびりやってるのもアレだしね。
そんなこんなで思考を切り替えて、僕はインベントリから問題のアイテム[ネオタウロス牛乳]を取り出して、その状態を確かめた。
「んー、やっぱり昨日と変わらない感じかな」
「臭いも出てないみたいですね」
「うん。鑑定してみても、名前や説明に変化はないし、全く時間が動いてないって考えられるかな」
考えられる内容としては、主に2つ。
ひとつは、インベントリの中に入れておくと時間が経過しないということ。
そしてもうひとつが、[ネオタウロス牛乳]……つまりこのアイテムが特殊なアイテムっていうことの2つだ。
ひとつめの“インベントリの中に入れておけば、時間が経過しない”っていうパターンに関しては、“時間で変化するアイテム”をインベントリに入れて確認すれば、確認が出来る。
つまりは、[最下級ポーション(即効性)]の出番ってわけだ。
「というわけで、ここに[薬草(粉末)]を準備しました」
「……アキ様?」
「いや、ちょっとテンションを上げようかなって。ほら、即効性が腐るかどうかの確認になるから……」
「……がんばります」
僕の言わんとしていることが分かったのか、シルフは真剣な顔をして頷く。
そんな彼女のやる気を削がないためにも、僕は静かにインベントリから水の入った瓶を取り出し、[薬草(粉末)]を瓶の中に流し込んだ。
あとはこれを振って混ぜれば、[最下級ポーション(即効性)]の完成だ。
「この混ぜる時間もどうにか短縮出来ればいいんだけどね」
「混ぜる時間ですか?」
「うん。混ぜる時間が減れば、危険に対して今よりももっと早くに対応が出来るようになるでしょ? だから、少しでも早くできればいいんだけどね」
マドラーみたいなかき混ぜ棒を使うのが一番手軽なんだけど、その後に問題がありそうなんだよね。
ポーション瓶みたいに詮とかで蓋が出来ればまだいいけど、そのまま持っておく訳にもいかないし、拭き取ったら拭き取ったで布に染みそうだし……。
その辺を考えると、こうやって蓋をして振って混ぜるのが一番安全だし手間が掛からないんだよねぇ……。
「っと、考えてる間に混ざったかな?」
「水の色も綺麗な緑になってますね」
「うん。大丈夫みたいだ。あとはこれをインベントリに入れて……」
「アキ様。変化しても大丈夫なように、何かに包んでから入れた方が良いかと」
「あ、そうだね。じゃあ水を入れてた袋に入れてっと」
水を抜いた水袋の中に入れて、それをインベントリに入れておく。
あとは、腐るまで時間を潰したらOKだ。
「まぁ、1分で腐るからすぐなんだけどね」
「そうですね」
「風も気持ちいいし、ぼーっとしてたらすぐ経つだろうし……ん? 念話だ」
髪を撫でる風に目を細めていた僕の脳内に、念話特有のノイズがはしる。
念話に応えようとそのノイズに集中した僕の耳……もとい脳内に、発信者のオリオンさんの声が響いた。
『――アキさん。おはようございます』
「おはようございます、オリオンさん。なにかご用ですか?」
『ええ、お願いされた言付けの件です。進展がありましたので』
「進展って、お願いしたの昨日ですけど……もう話に行かれたんですか!?」
『こういったことは早めにしておくべきですから。それでその件ですが、上手いこと話が進みましたので、ご報告をと思いまして』
「ありがとうございます!」
僕のすぐ近くでソワソワとしていたシルフに、指で○を作って見せる。
そのサインで分かったのか、シルフは顔一面に笑顔を貼り付けて、楽しそうに空へふわりと浮き上がった。
「それで、ジェルビンさんはなんて言われてましたか?」
『ええ、それについては手紙を預かっております。それを持ってガザという男性を訪ねて欲しいと』
「手紙? それにガザさん、ですか?」
『はい。つきましてはまず手紙を渡させて頂きたいのですが、アキさんは今どちらにおいででしょうか?』
唐突な質問に、僕は“えっ?”と首を傾げる。
どこもなにも、オリオンさんと僕じゃ街自体が違うと思うんだけど……。
『ああ、すみません。私は今イルビンに来ておりまして……』
「イルビンに!? え、でも徒歩だと1日かかる距離だったんじゃ」
『ええ、まさにその通りです。ですが、今回ちょうど良い縁に恵まれまして。ですが、その話はまたお会いしたときにでも。そういったわけでして、アキさんのところにお届けに行きたいのですが、どちらにおいででしょうか?』
「え、えーっと今は、西門の……上ですね」
『西門の、上……ですか?』
念話の向こうから、オリオンさんの驚いたような声が届く。
さすがに門の上っていうのは予想外だったんだろうけど。
でもまぁ……そう言うしかない場所にいるんだよね。
「ちょっと実験をしてまして……臭いとかの影響が少ないところに行こうかなと」
『そうですか……。わかりました。では、西門の辺りに向かいますので、到着したらまた』
「はい。よろしくお願いします」
僕の言葉を締めに、頭から念話特有のノイズが消える。
僕はそれを確認してから、「さてと」と気合いを入れ直した。
「すでに時間は
「では私はすぐ魔法をかけられるように準備しておきます!」
「うん、お願いするよ。それじゃ、いくよ――!」
すぐ風を集められるように真剣な顔を見せたシルフに頷いて、僕はインベントリから即効性の入った袋を取り出す。
そしてその瞬間、僕は悟った。
あ、これ腐ってる。
「――アキ様ッ!」
「……うぇ」
「だ、大丈夫ですか? すぐ風の結界を作りましたが……」
「一瞬漂ってきただけだから、大丈夫。ありがとうね」
ただ、この袋はもう使えないね。
洗えば落ちるかもしれないけど……水を入れて使うのは少し遠慮したいかもしれない。
そう思いつつ、僕は袋のまま即効性をインベントリへと放り込む。
またこれはいつか爆薬の代わりとして使う事が……あるのかなぁ?
できれば無い方がいいんだけど。
「とりあえず、これでインベントリの中なら腐らないっていう仮説は消えるね。となると[ネオタウロス牛乳]が特殊なアイテムってことになるんだけど……」
「……アキ様。ひとつ気になる事があるのですが」
「ん? なに?」
「その、インベントリの中では臭いがどうなっているのでしょうか……」
インベントリの中の臭い……。
シルフにそう言われ、僕は急いで薬草を1束取り出し、臭いを嗅いでみる。
しかし、その薬草からは腐った吐き気を誘うような臭いは漂ってこず、いつもの薬草の匂いが鼻に流れ込んできただけだった。
「なるほど。インベントリの中では、時間は経過するけれど、臭いなんかは移らないのか。それぞれに個別の空間を作られてるって感覚なのかもしれない」
「でしたら安心ですね」
「うん。今まではシルフに風で包んで貰ってたけど、問題ないなら、これからは気にせず入れれるよ」
ホッと息を漏らしつつ、シルフへ「今までありがとうね」と笑いかける。
そんな僕にシルフは少し驚きつつも、笑みを返してくれるのだった。
「さて、そうなると[ネオタウロス牛乳]のことがもう少し知りたくなってきたかも」
「<鑑定>スキルでは分からないこと、なんですよね?」
「うん。<鑑定>のレベルが足りてないのか、それとも<鑑定>では調べられないことなのかも」
例えば、<鑑定>よりも詳しく調べられるようなスキルがあるとか。
……いや、待てよ?
「<選定者の魔眼>で調べられないかな。<千里眼>がなくて片目のみで使用可能みたいになってるけど、逆にいえば使うスキルを限定して使えるってことかもしれない」
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