第111話 お礼と勧誘
カランと軽い鐘の音を鳴らしながら、お店の中に入る。
ゆったりとした空気に、少し混ざるハーブの香り……街の東側にあるオリオンさんのお店
お店の中に入って店内を見まわせば、数人のお客さんが見える。
そんな中に混ざって、青い髪の人が見えた。
これは少し待たせちゃったかなぁ……。
「すいません。お待たせしました」
声をかけながらその人が座るカウンターの隣に腰掛ければ、その人はゆっくりとこっちを向いて笑顔を返してくれる。
そのたびに、長い髪が動き、その綺麗さに少しだけ目を奪われてしまった。
「いえいえ、オリオンさんとお話をしていましたので、全然大丈夫ですよ」
「すみません、カナエさん……。オリオンさんも、わざわざ営業中に……」
「いえ、私も構いません。アキさんから何かお話をしたいということでしたので、こちらの方こそわざわざお店まで来ていただいて……」
なんだか3人が3人とも頭を下げる、変な状態になってしまった……。
とりあえず、話を戻さないと……。
「あ、えーっと……。ひとまず何か飲み物をいただいても良いですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。前回と同じ、アルペティーにしましょうか」
「あ、はい。それでお願いします」
場所を借りてるんだし、何か注文くらいはしないと……。
そんな僕の気持ちも分かっているのか、オリオンさんは優しく微笑んで、お店の奥に入っていった。
「アキさんは、あの……お薬は完成しましたか?」
「あ、はい! おかげさまで上手くいきました!」
「わぁ、それは良かったです!」
自分の事みたいに喜んでくれるカナエさんに、成功して良かった、と改めて思う。
今回の件は、僕とシルフだけだったらきっとたどり着けなかったから。
「カナエさんやオリオンさんが教えてくれたから出来たんですよ」
「そんなことないですよー。それは、アキさんが頑張ってたから、出来たんですよ」
「ええ、そうですね。私たちは少しばかり知恵をお貸ししただけです。……お待たせしました、アルペティーになります。熱いのでお気を付けください」
「あ、はい……。ありがとうございます」
オリオンさんからアルペティーを受け取り、少しだけ香りを楽しむ。
湯気と一緒に出ているからか、アルペの香りが普通に実を切ったときより強く感じられた。
少し息を当てて冷ましたあと、ゆっくり口の中に含めば、アルペ特有のさっぱりとした甘さが口の中に広がる。
楽しむようにゆっくりと飲み込むと、その優しい味が体中に広がっていくような、そんな不思議な感覚を覚えた。
「んー、甘くて美味しいです」
カウンターの中で椅子に座り、静かに紅茶を飲むオリオンさんは、僕の感想に満足したのか嬉しそうに顔をほころばせる。
アルさんよりも少しだけ年上に見えるオリオンさんだけど、笑うとなんだか幼くも見えた。
「それで、アキさん。本日はどのようなご用件でしたか?」
各々がのんびりと紅茶を飲むだけの、穏やかな時間を過ごしていると、オリオンさんが唐突に口を開く。
その声で思い出したのか、カナエさんもカップをお皿の上に置き、僕の方へと身体を向けた。
「あ、えっとですね……。おふたりは今度のイベントはどうされるのかな、と」
「イベント……、イベントって今度の週末でした?」
「それに本日から新規の方がログイン開始でしたね。確か時間的にはそろそろのはずですが……」
オリオンさんの言葉につられて時間を確認すれば、現実時間ではもうすぐ17時。
予定では17時からキャラメイク開始で、17時半から順次ログイン開始だったはず。
となると、ログイン開始直後は広場の辺りが混雑するはず……。
んー……、それまでにおばちゃんの雑貨屋に戻っておきたいなぁ……。
「カナエさんの言う通り、週末のイベントの件なんですけど。おふたりは参加されるのかなーって」
「私は特に考えてなかったですね。参加するとしても固定パーティーに所属しているわけではないので、1人で参加になりそうです」
「その点は私もカナエさんと同じです。ただ1人であれば参加せず、お店を開けておこうかと」
「なるほど……」
2人とも特に予定がなさそうなら、誘ってみても大丈夫そうかな?
カナエさんはアルさんとトーマ君の2人が顔見知りだけど……、オリオンさんは……。
「あのですね……。おふたりが良ければなんですが……。もし良ければ一緒に参加しませんか?」
「アキさんと、ですか?」
「えぇ、と言っても他にもメンバーがいるので、それでも良ければ……ですが」
「なるほど……。失礼ですが、どのような方がおられるのでしょうか?」
オリオンさんの質問に、僕は指を折りながら説明していく。
もちろん、すごく簡単な説明も加えながら。
「という風に、アルさんの固定パーティーに、服飾系生産プレイヤーのキャロさんを加えたチームと……」
「アキさんをリーダーに、ソロプレイヤーを一緒にしたパーティー、という訳ですか」
「ぁ、はい。オリオンさんの言うとおりです」
「私としては特に問題は無いのですが……、オリオンさんはどうですか?」
カナエさんの言葉に、オリオンさんは少し考えるような仕草を見せる。
技術に対する警戒心が強いオリオンさんのことだから、きっとそのメンバーが信頼に当たるメンバーなのかどうかで悩んでいるのかもしれない。
ただ、こればっかりは僕がなんて伝えても、信じてもらえるかわからないし……。
「オリオンさん、あの……出来れば一緒に参加したいです」
だから僕は、ただ率直に想いを伝えた。
多分、これが一番いいはずだから……。
「ふむ……。分かりました」
「え、えっと……?」
「アキさんと一緒に参加しましょう。この世界での初めてのイベントですからね」
そう言って、オリオンさんは手に持ったカップを口へと運んだ。
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