第92話 露店街
おばちゃんが教えてくれたのは、種のような黒っぽい小さな実。
ルコという名前の花が付ける実で、僕がやりたいことに使える実らしい。
なんでも、潰してから水に浸すと、水の中に成分が出るみたい。
「普段から露店には並んでるって、おばちゃんは言ってたけど……」
どうも、こっちの世界の人はよく使うみたいで、大体のお家には常備してるほどらしい。
もちろんおばちゃんの雑貨屋にも置いてはいたんだけど、在庫が心許なくて……。
「んー、でも見当たらないなぁ……」
「おや、アキさん。おはようございます」
「ぁ、オリオンさん。おはようございます!」
流すように露店を見ていると、僕の進行方向からオリオンさんが歩いてくる。
その姿は、黒いスーツに白いシャツ、荒めにオールバックにされた鈍い銀髪と、お店で見た時とまったく変わっていない。
……もしかすると、基本的に服はその服しかないのかもしれない……?
「アキさんも何かお探しですか?」
「あ、はい。ルコの花の実なんですが……」
「あぁ、なるほど……。そちらでしたら、いくつか置いているお店がありましたので大丈夫かと」
「そうなんですね! ありがとうございます!」
「いえいえ。お礼を言われるほどのことはしてませんよ」
「そうですが……」
「っとと……。人が多いので、申し訳ございませんがお先に失礼しますね」
「はい。またお店に行かせてもらいますね!」
「えぇ、お待ちしております。それでは」
軽く会釈を交わしながら、すれ違うように歩き出す。
ふと後ろを振り向けば、行き交う人の中にオリオンさんは紛れてしまっていて、すでに見えなくなっていた。
あの服装と髪型なら、結構目立ちそうな気がしたんだけど……。
まぁ、いいか、と気持ちを切り替えて、再度立ち並ぶ露店へと目を運ぶ。
けれど、やっぱりというべきか、ルコの実はまったく見つからない……。
知らないモノはいっぱいあるんだけど……、目的のモノが見つからない……。
「んー……。オリオンさんはあるって言ってたし、もっと先にあるのかなぁ……」
先にあるなら、シルフが見つけてくれるだろうし……。
僕は僕で、しっかり見ておかないと……。
「あれ、お嬢ちゃん。今日も買い物?」
聞き覚えのある声に頭を上げて、お店の向こうを見れば、見覚えのある顔。
というか、アルペを売ってくれたお店のお姉さんがそこにいた。
「えっと、その……。探し物というか……」
「そうなの? なにを探してるの?」
「ルコの花の実なんですけど……」
「あー、それならうちじゃ扱ってないけど、出してるお店いっぱいあるから大丈夫だよ」
「さっき、知り合いの人にも、同じこと言われました」
扱ってないのは見てたからわかるんだけど、オリオンさんとほとんど同じことを言ってて、少し笑ってしまう。
「そっかー……。そういえば、この間買ってくれたやつ、どうだった?」
「美味しかったです! 搾って果汁を飲み物みたいにしましたけど、甘くて美味しかったです」
「そっかそっか。また入り用な時は、是非ごひいきに……ね?」
「はい! その時はよろしくおねがいします!」
笑いながら話すお姉さんに頭を下げて、露店から離れる。
すると、さすがと言うべきか、少し離れてからお姉さんの方を見れば、忙しそうに次のお客さんの相手をしていた。
ただ、お姉さんと話をした人がみんな笑顔になっていくのは、なんだか魔法みたい……。
(アキ様、見つけました!)
お姉さんを見ながらそんなことを考えていると、突然、脳内に声が響く。
驚いて思わず出てしまいそうになる声を抑えつつ、シルフに返事を返した。
(露店の列の、真ん中より先ですね。今も他のところを確認してますが、数か所あるみたいです)
(値段はどこも変わらない?)
(大きくは変わらないのですが、少しずつの差はありそうです。品質とかはわからないのですが……)
(なるほど……)
多分どこで買っても、違いはあんまりないと思うけど……。
でも、変に悪いのとか混ざってるのも嫌だしなぁ……。
(値段が平均的なところで買おっか。どこかわかる?)
(あ、はい! もう少しで全て見終わりますので、分かるかと)
(ん、ありがとう。僕もそっちの方に向かうから、終わったら合流しよっか)
(わかりました!)
すれ違う人にぶつからないように気を付けつつ、少しだけ歩幅を大きくして、先へ急ぐ。
シルフと合流したのは、それから数分後のことだった。
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