第2章 現実と仮想現実

第83話 職人

 周囲の音が消えるほどに、鉄と鎚が立てる音が響く。

 誰も、なにも、喋らない。

 ただひたすらに、鉄と鎚の奏でる音が響いていた。


「……、ダメだな」


 どれだけの時間が経ったのだろうか?

 一心不乱に鎚を振っていた男性が、唐突にその動きを止める。

 まるで鬼のような屈強な身体を椅子に預けながら、天に向かって息を吐いた。


「アルさん、この人は……?」

「あぁ、この人は……。なんというかな……、普通と違う武器も作ってくれる鍛冶職人なんだが……」


 そう言って言葉を切り、少しだけ鍛冶職人の男性を確認してから、僕の耳に口を近づける。


「ちょっと変わった人でな……。気に入った武器しか作らない、あげく気に入ったレベルにならない限り完成として出さないんだ」

「あぁー……」


 確かに、言われてみれば、さっきの武器だって、僕からすれば十分なレベルなんだと思うけれど……。

 でも、こだわりがあって作ってるのなら、逆に安心できる……かな?


「ガラッドさん、今いいか?」


 椅子に座って天を仰ぐ男性に、アルさんが近づいていく。

 どうやらあの男性の名前は、ガラッドさんって名前みたいだ。


「なんでぇ、アルじゃねぇか。儂が今、大丈夫そうに見えるか?」

「はは、ガラッドさんはいつもそう言いながら、最後は良いもの出してくるだろう?」

「ったりめぇよ。儂は、鍛冶しか出来んからな! 最っ高の武器出してこその職人よ!」


 笑いながら、ガラッドさんは力強く自分の胸を叩く。

 アルさんもそれに慣れているのか、笑って対応していた。


「それでアルは、何しに来たんだ? 冷やかしじゃねぇよな?」

「あぁ、依頼をしに、な」

「依頼ってお前ぇ……。こないだ黒鉄クロガネ渡したじゃねぇか……、ってまさか」

「あぁ、そのまさか、だよ」


 アルさんは、インベントリから武器の大剣を取り出し、ガラッドさんに見せる。

 その大剣には、大きくヒビが入っており、数回打ち込めば折れてしまいそうなほどだ。

 ガラッドさんもそれに気づいたからか、目にした瞬間、真剣な顔へと表情が変わった。


「おい、アル。こいつはどーゆうことだ……?」

「すまない。だが、相手が相手でな。こいつじゃなかったら、耐えれなかった」

「いや、そりゃありがてぇが……。しっかし、こりゃ尋常じゃねぇぞ……?」


 アルさんから渡された大剣を手に持ち、ガラッドさんは角度を変えながら状態を確認して、ため息をつく。

 そして、アルさんを笑いながら睨み付けた。

 こ、怖い……。


「で、アルはこいつをどうしてほしいんだ?」

「出来れば、今までより無茶な扱いでも耐えられるものに、進化させてほしい」

「はっ、それ本気で言ってんじゃねぇよな?」


 一瞬だけ、鼻で笑うように視線を外し、ガラッドさんは再びこちらを向いた。

 ただ、さっきまでの怖いおじさんではなく、一言でも間違えれば、こちらが視線を外せば、殺されると思うほどの、威圧、そして殺気。


「無論、本気だ」


 しかし、アルさんはそれすらも受け止めて、言葉を返す。

 その声は、いつもと同じで……、でもどこか鋭くて熱い想いを感じる、声だった。


「ははっ、たくしょうがねぇなぁ……」

「すまない」

「で、そっちの嬢ちゃんはなんだ?」

「ひっ」

 

 ガラッドさんは、頭を下げたアルさんから視線だけ動かして、僕の方を見る。

 その目に、さっきまでの怖い雰囲気を思い出してしまい、小さく声が出た。


「あぁ、紹介しよう。かの……、この子はアキさん。アルジェさんのところで、調薬を教えてもらってる子だ」

「はぁ!? あいつ弟子なんか取ってんのか!?」


 いきなりの大声に、またも身体がすくんでしまう。

 一緒についてきていたシルフも、怖がって僕を盾にするみたいに、背中に隠れてしまった。


「ガラッドさん、あまり怖がらせないでやってくれ」

「あ、あぁ……、すまん」

「い、いえ……。こちらこそ、ごめんなさい……」


 頭を下げたガラッドさんに合わせて、僕も頭を下げる。

 そもそも、僕もなんでココにいるんだろう……。


 確か、森から帰ってきたあと、少し話をしてから解散したんだけど……。

 トーマ君が数日ログインできないってことだったから、ジェルビンさんのところに行くのは、また連絡を取って予定を決めることにしたんだよね。

 それで、イベントまで時間もあるしってことで、アルさんが武器を調達しにいく時に誘われて……。


「で、その薬師見習いの嬢ちゃんが、何しにここに?」

「あ、えーっと……。なんででしょう……?」


 よくよく考えたら、僕自身も理由がわからない……。

 それに気づいた僕は、ガラッドさんとほぼ同時に、アルさんへと視線を向ける。

 2人から視線が飛んできたからか、アルさんは少し困った顔で笑い、口を開いた。


「あぁ、それはだな……。ガラッドさんに、アキさんの武器もお願いしようかと思ってな」

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