第65話 2人目
「ほぅ……。そいつはちょいと詳しく聞かんとあかんな?」
うろの中に僕の声が響き、一瞬の静寂の後でトーマ君が僕に笑顔を向けてくる。
ただ、目は笑っていないような……?
「えっと、トーマ君……?」
「いやぁ、俺その話知らんなぁ……?反応を見た感じ、アルは知ってたみたいやけどなぁ……?」
恐る恐るトーマ君に話しかけてみても、笑顔は変わらないまま、いつもの軽い声で返してくる……。
これは、怒って……る?
「トーマ、それは……だな……」
「アルさん、いいです。僕が話します。いずれ、トーマ君にも話そうと思っていたことだから」
「む……。そうか……」
助け船を出そうとしてくれたアルさんを遮って、トーマ君の正面に座る。
まっすぐ僕を見てくるトーマ君の目は、怒っているというよりも、何か別の感情がこもっているような気がした。
「あの……ね。さっきも言ったけど……。僕は男です、アバターはなぜか女の子なんだけど……」
「ほぅ。バグ報告とか、GMコールとかはしてへんのか?」
「うん……。別に騙そうとか、そういった意味でそのままにしてるんじゃなくて……」
横目でシルフの方を見れば、トーマ君もそれに気づいたみたいで、シルフへと少し視線を向ける。
僕らが見てることに気付いたからか、シルフはゆっくり近づいてきて、横から僕の手へと手を伸ばす。
空いたほうの手も、シルフの手に重ねるように置きながら、視線をトーマ君へ戻せば、彼はさっきまでよりも幾分か優しい顔で僕らを見ていた。
「そんで?」
「うん……。GMコールとかバグ報告とか、頭の隅にはあったんだと思う……。けど、アルさんとフレンド登録して、少し楽しくなって街を見て回って……。そのあと、シルフと出会ったから……」
アルさんの方を見れば、背中を向けてはいるけれど、首の動きで頷いてくれてることがわかる。
「その後、アルさんと再会した時に、アルさんに話して……。きちんと考えたけど、やっぱりシルフとお別れは嫌だったから」
「なるほど」
「だから、トーマ君の気に障ったなら、ごめんなさい。騙すつもりはなかったけど、結果騙してる形になっちゃってたし……」
「別に、それはええ。ええが……、副作用とかはええんか……?」
心配そうな声色で、心配そうな顔つきで、トーマ君は僕に聞いてくる。
……目だけは、なんだか試しているようなそんな気がして、僕はまっすぐ彼の目を見ながら頷いた。
「そうか……、なるほどな」
そう言って彼は目を閉じ、人差し指の第一関節を額に当てながら、何か考えるように黙る。
僕の言葉と状況が信じれるかどうか、考えているのかもしれない。
そんなトーマ君から視線を外し、うろの入り口の方を見る。
アルさんがいる場所のさらに向こうには、森が広がっていて……。
森には、未だ雨が強く降り続いてるみたいだ。
「まぁ、問題ないやろ」
考え込んでいたトーマ君が、突如そう言って身体を伸ばす。
直後にあくびをした音で、緊張感のあった場が一気に弛緩したのは……、わざとだったんだろうか……。
「つーて、なんか副作用とかあったら無理すんなよ?」
「ぁ、うん……。ありがとう……」
僕の返事に満足したのか、トーマ君は懐からダガーを取り出し、アルさんの方に向かっていく。
そして、アルさんの後ろから勢いよくダガーを投げて……。
「む!?」
アルさんが身体を動かして避け……、立ち上がる。
さすがにこれは不味い、と思って立ち上がった僕の視界の向こうで、何かが動き……。
直後、獣のような低い唸り声が聞こえた。
「トーマはいつから気付いていた?」
「気配だけならもう少し前からやけど……、確信したんはダガー投げる直前や」
「そうか……。数は?」
「さっきの声のが1匹と……。周りに蛇が数匹おるな……。重なり合ってて数はようわからん」
「危険なのは正面か?」
「そうやな、正面が数が多い。後は左手側に蛇が2匹……いや、1匹やな」
頷きながらアルさんが大剣を背中から外し、僕を見る。
きっとこれは、アルさんからの後押し……。
「トーマ君、僕が左側、行ってもいいかな……?」
「ん……?」
トーマ君は僕の方を振り返りながら、少し笑って……頷いた。
「よし、それじゃ俺とトーマで正面を叩く。アキさん達は左側の蛇を頼む、無理はするなよ?」
「はいっ!」
「ま、危なくなったら逃げてきーや。助けたるわ」
「うん。ありがとう」
僕の返事に返すことなく、二人は武器を持ち一気に駆け出す。
その二人を見送りつつ、僕はシルフと一緒に、二人の左手側へ足を向けた。
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