第10話 再会

 ログインして早々に、おばちゃんの雑貨屋へ。

 兵士のおじさんが教えてくれた情報では、アクアリーフから手に入れた[アクアリーフの蜜]を使えば、薬草が水に溶けやすくなるってことだから……。

 上手くいけば、今まで僕が作った[最下級ポーション]より、良いものが出来るかもしれない。


「でも、問題はどのタイミングで使うのか……ってことなんだよね」


 薬草と蜜を先に合わせてから、水に入れていくのか。

 それとも、水に蜜を入れてから、薬草を入れていくのか……。


「んー……」

(アキ様、両方試してみては……?)

「まぁ、それしかないよね」


 ひとまず考えにそう結論付けて、雑貨屋の入り口を跨ぐ。

 いつも通り、おばちゃんに一言言ってから奥に向かおうとカウンターの方を見れば、そこにはおばちゃんともう一人。

 長めの黒髪を後ろで束ね、質素な鎧を身に着けた男性がそこにいた。


「あら、アンタ来たのかい? そんなとこに突っ立ってないで、奥は空いてるから自由に使いな」


 男性の後ろにいる僕に気付いたのか、おばちゃんは僕へと声をかけてくれる。

 その声で後ろに僕がいることに気が付いたのか、男性は肩越しにこっちを振り返った。


「ん?」

「あれ? アルさん?」


 振り返った顔は、以前見たことのある爽やかな雰囲気のイケメンで……。

 僕の最初のフレンドでもある、アストラル――アルさんがそこにいた。


「ん? あんたら、知り合いだったのかい?」

「あ、うん。アルさんは僕の友達……なんです?」

「一応、そうだな」

「そうかいそうかい」


 おばちゃんはそう言って嬉しそうに笑ってくれる。

 もしかして、僕には友達がいないと思ってたんじゃないだろうか……。


(私は普段姿を消してますので……。常におひとりには見えていたかと……)

(ま、まぁ確かにそうだけど……)


 少しはアルさんやトーマ君と一緒のところを見せたほうが、おばちゃんも安心するかな……?

 なんて、僕がそんなことを考えていると、身体ごと僕の方に向けたアルさんが、少し困ったような顔で笑った。


「あー、アキさんは、その……こっちの世界にも慣れて来たか?」

「そう、ですね……。システム自体はおばちゃんとか、訓練所の兵士さんとかのおかげでなんとか……?」

「システム自体はってことは、他のことで困ってるってことか?」

「あーその……」


 性別の違いに、感覚が慣れないっていうだけなんだけど……。

 それをさすがにおばちゃんの前で言うのも……難しいよね……。


「ふむ」


 言い辛そうにしている僕に何かを感じてか、アルさんは一度頷き、おばちゃんへと向き直る。

 そして、「申し訳ないのですが、先ほどのお話はまた後ほど」と頭を下げて、僕の腕を掴んだ。



「あ、アルさん!?」


 僕の腕を掴み、雑貨屋を出たアルさんは、一言も喋ることなく路地の中を進んでいく。

 握られた腕は、そこまで強く握られてはいない。

 だから、振りほどこうと思えば振りほどけるんだけど……。


(今、無理矢理振りほどくのは、少し危ないですね)


 そうなのだ。

 僕とアルさんの体格に差があるからか、歩幅が違いすぎて……多分コケる。

 腕を握られてる今だって、歩く速度が速すぎて、なんとか耐えてるような状況だしね。


「っと、ここなら良いか」


 必死に耐えている僕をよそに、アルさんはそんな言葉と一緒に立ち止まる。

 しかし、引っ張られていた僕が一緒に止まれるはずもなくて……。


「わ、わっ……!」

「おっと」


 迫ってくる地面に、僕は思わずぎゅっと目を瞑る。

 しかし、僕の意に反して、痛みは全然やってこなかった。


「大丈夫か?」


 その声にゆっくりと目を開けば、さっきまでとほとんど変わらない景色。

 どうやらアルさんが助けてくれたらしい。

 よかった……。


「ありがとうございます。助かりました」

「そうか……っと悪い!」


 声が帰ってきて安心したのか、ホッとしたのもつかの間、アルさんは慌てて僕から手を離す。

 それで気付いたけど、どうやら抱きしめられていたらしい。


「もう、助けてくれたのでいいですけど……気を付けてくださいよ?」

「すまなかった。以後、気を付けよう」


 アルさんは少し恥ずかしかったのか、照れたような顔をしながらも、きちんと頭を下げてくれる。

 僕からすれば、男同士だから抱きしめられたりとかは……まぁ、そんなに気にすることでも無いんだけど……。

 いや、気にすることでもないんだけど、男性に抱きつかれて嬉しいとか、そういう意味じゃないからね?

 まぁ、それは置いといても、一応今の僕は女の子だし、そういった意味ではアルさんが照れるのも分からなくはないかな。


「それで、ここって農耕地エリアですよね? なんでいきなりここに?」


 連れてこられたのは、街の東側に広がる農耕地エリア。

 畑なんかが広がってる、のどかで静かな場所で、その畑は、お金を払えばプレイヤーにも使えるみたい。

 ただ、まだ始まったばっかりだから、さすがに土地を買ってるプレイヤーはいないみたいだけど……。


「いや、雑貨屋あそこだと話し難そうに見えたからな。それで、人が少ないこのエリアに」

「なるほど……。でもそれならそれで、言ってくれればいいのに……」

「その件は、本当にすまない」


 小さく頭を下げるアルさんに、まぁ過ぎたことだし、と僕も思考を切り替える。

 まぁ、ここまでお膳立てされちゃったわけだし……。


「んー、そこまで言いにくいってわけじゃないんだけど。信じてもらえるかどうか……」

「ふむ……?」

「でも、あんまり大声で言える話じゃないから、アルさんちょっと耳を」


 手招きするように、アルさんの耳を近づけてもらう。

 その耳に聞こえるよう、僕は両手を口に添えて――


「実は僕、男なんだ」


 と、一言言って身体を離す。

 言われたアルさんの方は、理解が追いついていないのか、数秒ほど固まってから、僕の方へと視線を向けた。


「いや、しかし……さきほどの感触は……確かに小ぶりではあったが……」

「……咄嗟に胸揉まれてたのか、僕は」

「あ、いや、そういうわけでは。……すまない」

「ま、まぁアバターですからね! 現実の僕にはないものですしね! 大きくなんて無くて、良いですしね……」

「本当にすまない……」


 そう言って、深々と頭を下げるアルさん。

 なんでだろう……妙に悔しい気持ちが湧いてくるのは……。


「話を戻すが、ライフでは性別の変更は原則不可だったはずだが……」

「うん。僕もそういった手続きはしてないんだけどね。僕がキャラメイクでやったのは……髪の設定をランダムにしたくらいかな?」


 あ、あとスキルを何も取らなかったくらい?

 ……あのバグについては、運営の人も見つからなかったって言ってたし、言わない方が良いよね……?


「ふむ……。にわかには信じられないが……アキさんがそう言うなら、そうなんだろう」

「信じてくれるんですか!?」

「ああ、もちろんだ。それに、それならば初めて会った時の不審な動きにも納得がいく」

「あの時は、ご迷惑を……」

「いや、気にしないでくれ。……しかし、それは大変だな」


 アルさんはそう言って目を閉じ、深く息を吐く。

 ここまですんなり受け入れられるとは思ってなかっただけに、僕の方も不意に息が漏れた。


「しかし、それならキャラの作り直しは、考えなかったのか? サポートに連絡すれば、対応してもらえそうだが」

「それは僕も思って、あの後すぐにGMに連絡を入れたんです」


 心配してくれているアルさんへ、僕はサービス初日にGMへ連絡した時のことを詳しく話した。

 GMから現実の方のサポート方に至るまで。

 もちろん、バグの事に関しては見間違いかもしれないけれど、と注釈を付けてだけど。

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