裁判の始まり

 フェリペがマリポーザと筆談してから4日後。異例の早さで裁判の日取りが決まり、陸軍大佐や水軍大佐、太陽神教の大神官などが一同に大広間に集まっていた。


 石造りの大きなホールには、初夏の眩しい陽光が差し込んでいた。広間の中心には、四枚の魔法陣が並べられている。それを遠巻きに取り巻くようにして、皇帝らの椅子が円状に並ぶ。大広間の入り口付近には、裁判を傍聴する貴族らが押し合うように立って、これから起こる裁判を待っていた。


「裁判官と傍聴人というよりは、ショーの観客に近いですね」

 アマデーオ皇帝が座る椅子付近に控えながら、フェルナンドが眉間にしわを寄せる。その顔はいつにも増して青白い。緊張しているようだ。

「マリポーザにとっても、僕たちにとっても一世一代のショーだよ。命を賭けた、ね」

 フェリペが肩をぽん、と叩くとフェルナンドは身体をびくっとさせる。


「本当にマリポーザは姿を現すのか?」

 シプリアノ・バルデス水軍大佐が揶揄するように大声でフェリペに問う。

「これで現れませんでした、などとなったら、代々続くデ・アラゴニア・エスティリア侯爵家の恥さらしだぞ、お前は」

「ご心配なく、閣下。決してそのようなことはありませんゆえ」

 フェリペはにっこりと笑う。傍聴席から何人かの女性が「フェリペ様」と声をあげる。フェリペは優雅に一礼し、ますます傍聴席が沸く。


「あの人は馬鹿なんですか。私たちだって、マリポーザが本当に現れるのか半信半疑なのに。あんなパフォーマンスをしたら、失敗した時に言い訳ができないじゃないですか」

 ブツブツ呟くフェルナンドの背中をジョルディがばしっと叩く。

「もう覚悟を決めたんだろ、大尉は。どっちみち、この裁判をお膳立てした以上俺たちは戻れねえんだ。お前も覚悟を決めろ!」

 叩かれた背中をさすりながらフェルナンドが文句を言おうとしたとき、広間に角笛が響き渡る。

 皇帝のために道を開き、皆一斉に床にひざまずいて頭を垂れる。静まり返ったホールに、護衛を連れたアマデーオ・ヴィーヤグランデ皇帝が姿を現した。


「おもてをあげよ」

 玉座に座ったあとに皇帝が告げると、皆おのおのが元の席に戻る。


「これより、マリポーザ・プエンテの裁判を始める」

 裁判長が開始を告げた。

「被告人はどこだね?」

 フェリペに一斉に注目が集まった。


「マリポーザ・プエンテはすでに広間におります」

 フェリペが片手を上げる。すると部屋中の窓が閉まる。部屋が真っ暗になり、短い悲鳴があがる。

「これはなんの真似だ?」

「何が起きてるんだ?」


 非難の声が響く中、フェリペがよく響き渡る声で告げた。

「裁判の前に皆様方に、帝国唯一の精霊使いである、マリポーザの精霊術をお目にかけましょう」

 四つの魔法陣のうち、一つの魔法陣からロウソクぐらいの大きさの炎がいくつか灯る。薄ぼんやりと周りが見えるようになると、足元に冷気が漂って来た。


「あ、あれは?」

 部屋から声があがる。ざわめく人々が注目する中、二つ目の魔法陣の上に、氷の階段が出現した。透明な階段の上は暗い闇が覆っている。その闇の中から人の足が現れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る