風の妖精キルト

 精霊界に着いた日から、マリポーザは身ぶり手振りを用いて、精霊語を必死に学び始めた。メヌも根気よく付き合ってくれた。マリポーザの怪我が治り、メヌと一緒に荒れ地を散策できるようになってきた頃には、不完全ながらもなんとなく意思の疎通ができるようになっていた。



「だんだん埋まってきたわね」

 精霊語の辞書に覚えた単語を書き込みながら、マリポーザはにんまりと笑う。

 アルトゥーロが書き留めていた言葉に加えて、マリポーザが新しく知った言葉を書き込んでいったので、辞書の中身が充実してきた。とはいえ、まだまだ知らない言葉がたくさんあるわけだが。


 最初にアルトゥーロの名前を聞いた後からずっと、メヌはアルトゥーロに関する話題を避けている。『どうしてアルトゥーロさんを知っているの?』という質問を何度かしたが、黙って首を振るばかりで何も答えなかった。


 ある日、洞窟のメヌの住居でマリポーザがいつものように精霊語の勉強をしていると、メヌは耳をぴくぴくと動かし、ぬうっと立ち上がった。そこで初めてマリポーザは地鳴りのような音に気づいた。


 メヌは洞窟から出て、マリポーザを後ろにかばいながら外に立った。マリポーザはメヌの大きな背中に隠れながら恐る恐る外を見る。


 真っ赤な岩山の間を、大きな竜巻が地響きをたててこちらに向かって来ていた。



 大地の土や草など全てを巻き上げながら、渦巻く突風が近づいてくる。煙のような砂埃にマリポーザは目を開けていられず、メヌに掴まりながらぎゅっと目を閉じた。ごうごうと唸る風に混じって、子どもの笑い声がする。

「え?」

 驚いたマリポーザが目を開けると、竜巻は消え去っていた。


 その代わりに、五歳ぐらいの男の子が空に浮かんでニコニコと笑っている。

『あれ、人間じゃないかぁ? なんでこんなところにいるの?』

 男の子は空で宙返りをしながら、舌っ足らずな口調の精霊語で話した。マリポーザはこの子は風の精霊シルフィデだ、と気づいた。村で感じた気配はこの子に違いない、と。


『あ、チョウチョだ!』

 シルフィデは目の前を飛ぶ蝶に目を奪われ、気が済むまで追いかけたあとに、また戻って来る。そしてマリポーザを指差した。

『僕、君を知ってるよ』

『やっぱり! 村で会いましたよね』

 精霊だから丁寧な口調がいいのか、それとも子どもに話しかける口調がいいのか迷いながら、マリポーザはとりあえず丁寧語で話しかけた。するとシルフィデは首を傾げる。

『僕は君と会ったことはないよ?』

『え、でも……?』

 困惑するマリポーザを見て、さもおかしそうにシルフィデは笑う。

『僕たちは一つで皆、皆で一つ。ほかのキルトが知ってることは、もちろんキルト皆が知ってるよ』

『キルト?』

 今度はマリポーザが首を傾げる番だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る