噂で広がる動揺
マリポーザの探索を命じられたことと再び旅に出ることを、フェリペが部下達に告げると皆は揃って頷いた。不満の声が少しは出るかと思ったが、顔には多少出ているものの、口に出して言う者はいなかった。
再び旅に出る特殊任務班の数は、前回の旅と同じだった。九人の部下と自分、あわせて十人。だが、部下の一人は新しく配属された者だった。山火事で命を落としたダニエル伍長に代わって配属された新人。彼にだけ顔や身体に火傷の跡がない。
前回は馬車を使ったが、今回はアルトゥーロやマリポーザがいないので、フェリペら一行は全員馬での旅となった。
帝都を出立して間もなく、まだ石畳が途切れる前から、フェリペはジョルディの様子がおかしいことに気づいていた。
いつも一人で鼻歌を歌ったり、周りの景色を興味深げに見ていたり、とにかく心の内がそのまま顔にでているような男が一人で黙りこくっている。
「何かあったのか?」
フェリペが馬を近づけてジョルディに聞くと、ジョルディは珍しく歯切れの悪い返答をする。
「お前らしくないな」
フェリペは重ねて聞く。ジョルディは話していいものか、といった顔で迷っていたが、生来隠し事のできるたちではない。
「それが……」
と首をひねりながら話し始めた。
「俺の友達で護衛軍所属の奴がいるんですが、そいつが見たっていうんすよ」
「見たって何をだ?」
ジョルディは珍しく声を潜める。
「マリポーザです」
「なんだって? なんでそれを早く言わないんだ?」
思わず声を大きくしかかったフェリペをジョルディが慌てて止める。普段と逆だな、と苦笑しつつ、フェリペはもう一度小声で言った。
「いつ、どこで見たんだ?」
「あの日、マリポーザが逃げた夜です。宮殿の敷地内の庭で、マリポーザらしき人影を見たと。暗いし遠くからだったんで、はっきりと見たわけではないらしいっすけど。ただ、夜中に女の子を見るのは珍しいので印象に残っていたそうです」
「それで?」
「それだけなら報告して終わりだったんですが……。そいつの言うことには、マリポーザと一緒に少年が走っていたと」
「それなら大佐から聞いている。確かにそんな時間に子どもがいるのは不思議だけれど、不可能ではないじゃないか。ただの小柄な兵士や使用人だったのかもしれないし」
「それが……」
ジョルディは言いよどむ。
「なんなんだい、さっきから。はっきり言えよ」
「その少年は皇帝陛下のようだったと……」
フェリペは驚愕して目を見開いた。
「そんな馬鹿な、あり得ない」
「だけどよぅ……。身長が同じぐらいだったって、奴が言うんすよ。そんなに小さい兵士、大尉は見たことありますか? 大体さぁ、見張りの兵士に気づかれずに牢屋のカギを簡単に開けたり、そこから脱出したりしてるんすよ。よっぽど宮殿に詳しい輩じゃないと無理じゃないすか。その辺にいる使用人や兵士が、そこまで詳しいもんですかね?」
興奮のあまりかジョルディの口調が普段よりも粗暴になっている。
「ジョルディ、今の話は誰かにしたのか?」
「できないっすよ、大尉が初めてです。友人もそんなこと迂闊に口にできないって、悩んでました。だから上官に報告してるかどうかすらわかりません」
「このことはひとまず忘れろ。どうせしばらくは帝都に帰れないんだしね。アルトゥーロさん亡き今、精霊術で手紙を飛ばすこともできないから、こまめに報告もできないしな」
フェリペが小声で告げると、ジョルディは小さく敬礼した。フェリペは内心ため息をつく。
だからあのとき、謎の少年に話がおよんだとき、大佐は意味有りげに黙ったのか。
まったく、保身と策略の上に疑心暗鬼で、物事が余計にややこしくなる。
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