三章
春。そして……
マリポーザがアルトゥーロの弟子になって、数ヶ月が経った。
だんだんと暖かい日が多くなり、積もった雪が溶けて、冬の間隠れていた土が顔を出し始めた。静かに息を潜めて厳しい季節をやり過ごしていたリスたちが目を覚まし、南の暖かい国から渡り鳥が訪れ、森も空も賑やかになってきた。
街の中も外を歩く人々の数が冬よりもだいぶ増えている。久しぶりの休日に、マリポーザはフアナと買い物を楽しみながら、春の訪れを感じていた。
「マリポーザも大分帝都に慣れて来ましたわね」
「もうこっちに来てそこそこ経つしね。フアナが色々教えてくれるからすごく助かってる。帝都は私の村とは全然違うもの。いまだに貴族の礼儀作法はよくわからないけれど」
春物のコートをマリポーザは鏡の前で合わせて、フアナに「これどう思う?」と聞く。
フアナは青とピンクのコートを見比べて、「マリポーザにはやっぱり青ですかしらね」と微笑む。
「良家のお嬢様のフアナが私のお友達になってくれて、本当に感謝しているの」
「あら、私も貴女に感謝しているのよ」
マリポーザは会計をしながら首をかしげる。
「私何もしてないよ?」
「そんなことないわ。インヴィエルノ帝国では、女性が重職に就くことは少ないの。でもあなたは今注目の精霊使いの弟子として、帝国に颯爽と現れて新風を巻き起こしたのよ。前皇帝陛下は女帝でいらしたけれど、それでも政治の中心になる女性は男性よりずっと少ないわ。少なくとも表向きにはね。
私は小さい頃からずっと、大きくなったらお母様みたいに、自分の夫を支えて領地を守るんだって思っていたの。嫌ではないけれど、生まれた時から自分の将来が決まっているのは気詰まりなものだわ。
会ったこともない、好きでもない男性と結婚して、子どもを生み育てて家柄と領地を守るためだけの一生。あなたに会うまではそれが当然だと思っていたの。
でも貴女に会って感動したのよ、マリポーザ。貴女は生まれ育った村から一人で飛び出て、自分の生きたい道を選んだ。それがどんなに素晴らしいことか、貴女は自分では気づいていないのね」
「そんな大したことじゃないよ。私があなたのお兄さんやマエストロにほぼ攫われてきたようなものなのは、フアナも知っているでしょ?」
マリポーザは褒められて気恥ずかしかったので、冗談めかしてごまかす。
「そんなことよりフアナ、私あなたみたいに香水をつけてみたいの。どこか良いお店知ってる?」
「香水でしたら、調香師に頼むのが一番ですわ。私のも大好きなネロリをメインにしたオリジナルですの。良い調香師を知っているので紹介しますわ」
おしゃべりをしながら二人は店を出て馬車に乗り込もうとし、道の向こうからフェリペが馬で駆けてくるのを見つけた。手を振ろうとしてフェリペの真剣な表情に気付き、二人は顔を見合わせる。
「お兄様、どうなさいましたの?」
「フェリペさん、何かあったんですか?」
「マリポーザ、すぐに研究所に戻るんだ。急ぎ旅の支度をしなければならない」
「どういうことですか? マエストロからは、今日どこかに行くという話は聞いていませんが……?」
「大規模な山火事が起こったんだ。その鎮火のため、急ぎ出立する。皇帝陛下もだ」
「陛下もですか? どうして……」
「話は後だ。フアナ、僕はマリポーザを研究室に送ったあと、家に一度戻る。その後すぐに旅立つので、旅の用意をしておいてくれ」
フェリペは自分が乗っている馬の背中にマリポーザを乗せる。フアナは何も聞かずに頷いた。
「わかりましたわ、お兄様。お気をつけて」
マリポーザは馬に乗ったまま、フアナに手を振った。
「ごめん、なんだかよくわからないけど、行ってくるね」
「マリポーザも気をつけてね。帰って来たらお買い物の続きをしましょう」
別れの挨拶もそこそこに、フェリペが馬を走らせ始める。
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