すれ違い
朝一番に、マリポーザは村長の家の扉を叩いた。カルロスは、マリポーザが来るのを予想していたようだった。ちょっと緊張した顔をして家の中から顔を出す。
「上がれよ」
マリポーザは無言で頷いた。
カルロスの部屋に着いて、マリポーザは椅子に腰をかけ、カルロスは自分のベッドに腰をおろした。しばらく沈黙が続く。マリポーザは自分の手の中にあるミルクのカップを黙って見つめている。「伝えなければ」「伝えたい」という思いと同時に「伝えたくない」という気持ちもあった。しばらくして、ようやく重い口を開く。
「私、帝都に行こうと思うの」
「何馬鹿なこと言ってるんだよ。お前なんか、帝都に行っても幸せになれねえよ。あいつらに騙されてるんだ」
カルロスの強い語気に驚いて、マリポーザはカルロスを見た。カルロスは立ち上がり拳を握りしめている。
「何でそんなこと言うの? 精霊使い様に認めてもらえたんだよ。カルロスも聞いてたでしょう?」
「だからそれが、うさんくさいって言ってるんだよ。精霊なんか見えねえし、ましてや操れるわけねえだろうが。
そんなもんいやしないんだ!」
マリポーザは衝撃に大きく目を見開いた。その顔を見て、カルロスははっとする。
「ずっとそう思ってたの?」
「いや、そうじゃない、つい……」
「ずっとカルロスもそう思ってたんだ? 私のこと嘘つきだって。頭がおかしいって」
「違う、そうじゃない。ただ、マリポーザ、お前はこの村にいるほうが絶対幸せなんだよ。帝都になんか行っても、良いことなんかない」
「そんなのカルロスが決めることじゃないでしょ? 嘘つきはカルロスのほうじゃない。
ずっと信じてたのに。カルロスだけが私の言ってること、信じてくれてるって。
皆が私のことを嘘つきだとか、頭がおかしいって言ってた時も、カルロスはずっとかばってくれてたのに。本当はカルロスもそう思ってたんだね……」
マリポーザは飲みかけのミルクのカップをテーブルに置いた。
「待てよ」
追いすがる声に背を向けてマリポーザは走って村長の家から出た。玄関を開けると同時に冷たい空気が肺を刺す。吸い込んだ息が凍って少しむせる。
やっぱり誰も信じてくれてなかったんだ。
ショックを受けながらも、それでも心のどこかでマリポーザは納得していた。本当は知っていた。それでもカルロスだけは自分を信じてくれていると、信じていたかった。
帝都への出発の日は二日後に決まった。マリポーザが帝都に持っていくための荷物を自室で用意していると、部屋のドアがノックされ、マグダレーナが顔を出す。
「カルロスが家に来ているよ」
「会いたくない」
マリポーザは首を振った。まだ許せない。裏切られたという気持ちが大きすぎて、とても会う気になれなかった。
「でもお前……」
「別に、一生の別れとかじゃないし」
マリポーザの硬い表情に、マグダレーナは折れた。
「本当にいいんだね?」
「うん」
少し胸が痛んだが、怒りのほうが勝った。
マグダレーナが部屋から出て行く。扉の向こうでマグダレーナとカルロスが会話をしているのを、マリポーザは部屋の中で聞いていた。そして玄関の扉が閉まった音がした。
マリポーザは窓に近寄り、家の外をそっと伺った。雪の中だんだんと小さくなっていくカルロスの背中を、窓の中から見送る。その背中を走って追いかけたい衝動にかられる。しかし、追いかけた後に謝りたいのか、それとも罵声を浴びせたいのか、どちらなのかマリポーザは自分でもよくわからなかった。
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