第15話 教えて下さい!
渡された問診票には、当然だが彼女の氏名、性別、生年月日、それから自己申告ではあるものの、身長と体重が書かれていた。
さらに、彼女は初診であるため、診察券とカルテを作成するために住所や電話番号、それから保護者の名前等を書く別紙をも渡している。しかしそちらの方は私ではなく、直接事務さんに提出することになっていた。その方が事務手続きが早く出来て良いのだという。
何だかんだ理由をつければ、もしかしたら見せてもらえるかもしれない。
だけど私はホッとしていた。
彼女がついうっかり問診票と共にそれを私に渡してしまわなかったことに。
だってそんな情報を知ってしまったら、私はきっとバルトさん会いたさにストーカー紛いのことをしてしまうだろう。
私はなるべくバルトさんだけを見てしまわないように注意しながら、彼女の前にしゃがみ込んでいつものように確認作業をする。
「ええと、
「はい」
「今日は立ちくらみが酷くて、頭が重いんですね?」
「そうです」
「それは――あぁ、今朝から」
「はい」
「朝御飯は食べられましたか?」
「いえ、あまり――」
「いつも抜いちゃう?」
「いいえ、いつもは割としっかり」
「そうですか。あの……アレは……?」
ここで声を低くして、探るような視線を向けると彼女――郁ちゃんは私の聞きたいことを察してくれたようで、ちょっと困ったように眉をしかめて笑った。
「まだです。まだ来ていません」
「……わかりました。もしかしたらもうすぐってことも考えられますので。学校でそういうのは習ってますか?」
「はい、一応……」
「もし、お家の人に相談しにくいこととかあったら、言ってくださいね。案外他人の方が気楽に聞けたりするものですから」
「はい、ありがとうございます」
普段なら、「あれ郁ちゃんのお父さん? 恰好良いね!」くらいのことは言えた。けれどもそれは言えなかった。あまりにも彼を意識しすぎて。ショックすぎて。
だから、「それじゃ、名前が呼ばれるまでもう少しお待ちくださいね」とだけ言って、わざと2人から離れたところに立った。
それでもついチラチラと様子を伺ってしまう。2人は年頃の娘さんとその父親らしい微妙な距離を取りつつ、ぽつぽつと何やら会話をしているようだった。
せめて、せめてライブのスケジュールだけでも……!
その思いだけは我慢することが出来ず、診察が終わり、会計を済ませたバルトさんがクリニックを出たタイミングで私は走り出した。帰り仕度は診察中に済ませておいたのだ。
「――あっ、あのっ!」
後ろから声をかけると、バルトさんは驚いたような顔をして振り向いた。それに続いて郁ちゃんも私を見る。
「何? 俺、何か忘れ物してた?」
バルトさんの声は低く落ち着いていた。そんなところも好みだと思ってしまうのが恋する乙女ってやつだ。
「ちっ、違うんです。あのっ、私、あなたのファンです!」
時間を取らせてしまうのは申し訳ない。だから端的に伝えないとと思った結果がこれだった。
「俺の? そりゃどうも……。でも、俺ぇ……?」
バルトさんは心底意外そうな顔をして郁ちゃんと視線を合わせる。物好きもいたもんだ、とでも言いたげな顔だ。
「えっと……。こういうのってどうすべきなんだ? コガ辺りなら上手くやれんだろうがな。なぁ、郁?」
「大事にしたら良いじゃない。ファンって貴重なのよ」
「それもそうか。ええと、うん、ありがとう。ほい、握手、握手」
本当にこの手のファンは初めてなのだろう、バルトさんの方が緊張気味に手を差し出し、私はその手を取った。
「悪いな。俺、サインとかも書けねぇし、写真とかも苦手だから……って、そこまで言ってねぇか」
そう言ってガハハと笑う。かなり気さくな人のようで、肩の力が抜けた。
「あっ、ありがとうございます。あの、本当に応援してます。ですから、その、次のライブのスケジュール教えて下さい!」
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