第168話
その「自殺」について、世間の反応は薄かった。
あっさりと報道され、あっさりと「流されて」ゆく独りの男の死。
これが現実……世間を騒がせた陰惨な事件も、男の狂気も、少女達の非念も、時が経てば人々の記憶の塊から己の日常と都合の流れによって削られ、やがて風化、劣化してゆき、なかった事になってゆく。
当事者でない私達は「こうやって」生き、日常を紡いでいる……しかし、紡いでいたと認識していた営みも、そう遠くない日に全てを失う。
何の前兆もなく、ある日突然に……。
その時「彼ら」は生きてきた「走馬灯」さえも魂に映し出す事はできないのだ。
「何をそんなに想い詰めているのですか……」
気がつけば、仁王立ち気味で腕を組み、いつもの様に広大な風景に視線を泳がせていた新しい朝、万希子さんの声がそよいだ。
「何でもないのよ……」
組んだ腕を解いた……しなやかな髪をなびかせ、万希子さんが隣に並ぶ。
光に反射し、妖艶に変化する万希子さんの髪色。
「朝食にしましょう……皆、待っていますよ」
髪をなびかせ、万希子さんは歩き出す……私はまだ視線を終わろうとしている世界に留めている……。
「舞さん……」
背中から艶めかしい万希子さんの言葉が聞こえた。
「どうしたの……」
「もし……明日、死ぬとわかっていたら、最後の食事は何を食べたいですか……」
躰が疼き、魂が震えた……そして、私の中に巣食っていた煮え切らない自分と、これから人間が辿る道を望む自分とを隔てている境界が消滅し、私を震わせた。
「ご、ごめんなさい……私、何を言っているのでしょう……私」
破廉恥な事を言ったかの様に、少し頬を赤らめ、伏せ目がちで佇む万希子さん。
人間の根本的な本質を突かれた……人は食べ、魂を燃焼させ、意識と躰を稼働して生きている。単純過ぎて見えなかった解が、万希子さんによってもたらされた。
「謝らなくてもいいのよ……」
照れ伏せている万希子さんに歩み寄り、華奢な肩に触れた。
「舞さん……」
「さぁ、早く食べましょう……今日も忙しくなるから……」
「はい……」
宝石の瞳で私を捉え、きっぱりと言った。
そう……解と覚悟は目の前にあったのだ。その答えは呆気なく簡単で単純なものだ。小難しく生きる事を複雑化している「過去」の私や人間達は一体何なのだろうか……。
行き詰まった私達は、やはり消える存在。曇った目で現実を捉え、偽りの魂で己の道を選択し、後悔と憎悪を育み、偽人となる……そこにある答えを見ようとせず、偽物の答えに縋り、狂ってゆく……。
だから……。
いよいよ、その時が迫っている。
ヴィーラヴを目の当たりにする事を許されなかった者達の、己の欲求を満たし、鬱積した絶望からの解放の「儀式」が始まる日が……。
偽人の渇望していたその時が……。
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