第116話

 そんな世界に憧れを持たなくてもいい……今を生きて慎ましく生活している事を喜び、堅実な精神を保ち生きてゆく……人の道はそうあるべきなのか。


 互いの世界を羨み、同時に妬む……。


 得る者達と「普通」の人々……。


 両方の世界の境には、相容れない薄い層が存在し、互いを深層で拒絶し合っている……。




「ならば……」


 礼子さんらの有り余る資産を保有している者達は、とある思考に辿り着く……。




 人間を終わらせる……。


 生きていても渇き、虚しく、劣化してゆく……かといって、ひとりぼっちで死ぬのも切ない。ならば全ての人間を……始まりは、とある富豪がパーティーの席で親しい友人達にふと口にした言葉だった。


 意外にも、友人達も同じ想いを募らせていた……小さな波紋は、彼らのネットワークを通じて拡散し、幾つものダミー会社を介してカネを集め始める。天文学的な資金が集まった先が、私がいるこの施設群とヴィーラヴに集約している……そう礼子さんは言う……。


 彼らは、人口全体から見れば数パーセントの存在ではあるが、その資産の影響力でこれまでほぼ、人間の行く末を決定、遂行する強力な勢力……好きな様に世界を操ってきた人間達が飽き、虚しいと言う。


 一握りの、投げやりともいえる計画の為に人類は消える……何の罪もない人間をも巻き込んで……。


 しかし、普通の人間達が抵抗しても多分、無駄に終わるのだろう……昔も今も、彼らに抗う力を持ち合わせてはいない……陰謀だとか策略だのと、彼らの行いを想像力豊かに非難するが「そんなものはないのよ……」と礼子さんは微かに笑う。


 何も、僻む理由などない……素直な心で生きてゆけば良かったのだ……普通である事を喜び、敬い、互いに分かち合う……事実、礼子さんも彼らもそれを認め、自らを蔑んでさえいる。私、いや普通に暮らす人達は、生きながらにして既に「勝者」だったのだ……「敗者」などいない。それぞれの人生、環境を認め、慎ましく生きる。それで良かった。


 無論、貧困に喘ぎ、絶えず紛争が続く世界で生きる人々も存在する……しかし私達は、救っただろうか。「神」でさえ成し得ないものを……。


 たかが普通の、カネを持つ人間が成し得る筈もない。産まれ出る環境を私達は選べないのだから。


「神」という最も不確かなものに縋り、心の拠り所を他に求めるしかなかった……。


 もう始点は変えられないが、終点は人間の思考、行動で「創り」実行が可能。その為の「愚かな」兵器も有している……軍事戦略上の均衡と世界平和の安定という名目の為に。


 そして私達人間は、自ら生み出した技術を善悪の例外なく、必ず使うのだ……。

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