第115話

「周囲も、私が富裕層であり続ける事を望み、降りる事を許さないと思い込む……一種の脅迫観念ね。そして結局は莫大な消費活動を続け、金持ちの体面を保つ……その裏で魂は病み、劣化してゆく……」


「使っても減らない資産……ならばと、いろんな慈善団体や基金に寄付をしても減る額は僅か。あまりに多額の寄付をすれば注目されて、やっかみの対象となる。それも望まない……ましてや、息子、娘、親類縁者に資産をばら撒くなんて事は、ほくそ笑み、自堕落な生活を送るであろう近親者達の顔を思い浮かべると腹立たしくなり、選択肢から真っ先に除外される……」


 心の底に蓄積した毒を吐く様に礼子さんが語る表情からは、気持ちが鎮まる気配は感じられない。


「私達は同じなのよ……同じ様な車に乗り、住み、着飾り、食べる。狭い世界での見栄の張り合い……毎夜開催されるセレブのパーティーにしても、いつも同じ人間しかいない退屈な催し。話す話題はカネにまつわる意地汚い戯言ばかり……」


「ふふっ、滑稽じゃない。シャンパングラスを傾けてカネの儲け話を作り笑顔で交わす。瞳の奥では、損失を出して我々の世界からいなくなってしまえと互いに思っている。普通に生きる世界の人達よりも腹黒い人間が集う生き地獄……私や彼、そして舞もこの縮んだ狭い世界で生きている……」




「さようなら……」


 最後まで残っていたキャロルアンが、鋭い視線を私と礼子さんに刺し言った……そんな風に見え、聞こえた。


 そして嘲笑うかの様にケースが移動して、姿が見えなくなってゆく……。


 もう二度と逢えなくなるのでは……この空間での支えを失い、寂しさが私を覆う……ヴィーラヴはもういない……。


「…………」


「まだ、決心がつかないかしら……」


 悲しげに語り、絶望に暮れた礼子さんはもういなかった……。


「こう言っては何だけれど、重大な決断って後で思い返すと意外に記憶になくて、あっさりとしたものなのよ……」


 他人の世界は良く見える……。


 自分はなんて不遇なの……周りの人達は幸せそうな顔で潤いのある生活を送っているのに……しかし、それは錯覚。皆、少なからず悩みを抱え、苦しんでいる……彼らから見れば、不遇な筈の自分が幸せそうに見える。富を得た者達の世界もそうであると礼子さんは説く。カネを使う事に疲れ、前向きな未来を映し出せなくなった……自らが死を迎え「全て」から解放されても、残された者達による残虐なカネの奪い合いが展開される……その光景は、かくも冷徹であり滑稽であり、不潔で「笑える」ものなのだろうか……それらを総称して「飽きた」と礼子さんは表現した……。

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