第114話

「おかしいでしょう……仕事に私情は挟まないなんて偉そうに言って、この体たらく……」


 両腕を私の首に絡め、呟く……。


「それから、私も少しはカネと権力を手に入れた頃に、秘密裏にエリスを捜させたわ……けれど、わからない。資金を、人材を増やしても居どころがつかめない……誰かがエリスに繋がる道を塞いでいる。そう感じたわ……エリスだって、彼に親権はあっても舞に逢う権利はある筈なのに、一度も姿を現さない……彼女の本家の権力を持ってすれば、舞の親権だって……虚しかった。カネや権力があったって人ひとりの行方もつかめやしない……」


 私の首筋に、虚脱感が内包した言葉が触れる。


「この会社の経営が軌道に乗り始めてから、エリスの捜索も徐々におざなりになって……私も、カネの魔力に呑み込まれてしまったのよ……」


「エリスを忘れ……私欲に堕ちた……」


「私だって……写真でその姿を見ただけですし、愛情とか温もりなんて体感したかさえ覚えてません。だから、こうも思うんです……最初から母親なんていなかった……と」


「ごめんなさい……」


 私にしなだれ、弱々しく言う礼子さんが小さく感じた……謝る必要などない……これは両親の問題で、礼子さんが責任を感じ、自らを責める事はない。


 その意味で私は、母を渇望しながらも、父同様に何処かで憎んでいるのかもしれない……。


「礼子さんが謝る必要ありません……父、母、お互いに悪かったと私は思います。もっと礼子さんなりに有意義に、気持ちが晴れやかになるお金の使い方で良かったんですよ……」


「私もね……使ったわ。舞が言った通りに……」


 絡みつけた両腕を解き、礼子さんは私から離れた。


「それこそ高級車を、住宅を、ブランド品や宝飾品を買い漁り、一流レストランでの贅沢三昧……飽きれば車を買い換え、複数のタワーマンションを購入したり、希少価値の宝石にも触手を伸ばしたりもしたわ。でもね……所詮、それだけの事……」


「心に、魂には何も残らない……格好良い車に乗り、広い家に住み、着飾り、旨い料理を食べても満たされない……そこで初めて普通の生活に憧れるのだけれど、もう遅い。金持ち思考の生活様式から抜け出せなくなって、世間体を取り繕う為に嘘でも富裕層であり続け、演じるしかない……」


「染みついた習慣は簡単には洗い流せない。生活の質も落とせない……落とせば世間の目が、声が気になってくる……自らも慣れ親しんだ環境を手放す事に躊躇する……」

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