第98話

「きちんと答えなさい……愛してくれたの、くれなかったの……」


「それは……」


 礼子さんの頬から、血が滲み出ている……殴り慣れない私の爪が切り裂いた傷……。


「どうなの……舞さん」


「言いたくありません……」


「そう……」


 人差し指を傷口に這わせ、血を掬い口に含みながら礼子さんは私を妖しく見つめる。


 私は……「人間」ではない「物体」に必死に説得し、涙に心奪われ、ありもしない家庭環境に同情し、カネで真相を隠蔽した挙げ句、得体の知れない肉体に躰を許し恐らくは、快楽の世界に身も心も委ねた……。


 右往左往していた私が、滑稽だ……。


 ヴィーラヴは、人間ではなかったのだから……。




「殺したい……」


 ガラスの壁の向こう側で、ひとりづつ透明なシリンダーケースの中に入り「生まれ変わろう」と待っている彼女達の筋肉繊維を引きちぎり、筋繊維と融合している特殊合金製の関節や頭部を、力の限り殴打して「偽物」の命を終わらせて、そして私を、私の心を踏みにじり、欺いた礼子さんも殺してやりたいという殺意が私の全てを支配する。


「どうしたの、その顔は……私を殺そうとでも思っているのかしら」


「詳しい内容は知らないけれど、流花と葵は役割をちゃんと果たしたわよねぇ……それとも、舞さんの趣味ではなかったかしら……ふたりの愛し方が」


「礼子さん……あなたって人は……」


「無理なお願いをしている訳ではないのよ……これからも、ヴィーラヴの傍にいて欲しい。それだけの事なの」


「そんな事……無理です……」


「何故、無理なの」


「礼子さん、変わっているじゃないですか……最も大切な部分が。彼女達のあの姿は何ですか……人間ではないんですよ。それなのに、何も変わらないなんて……」


「それじゃぁ、舞さんはどうしたいの……真実はそこにある。それさえも、否定するというのかしら」


「それは……」




「弱いわね……」


「えっ……」


「だから、何もかも離れてゆくのね……舞さんから」


「…………」


「うっ、うふふっ……だからなのね。あなたが身も心も捧げた男が去ったのも、誰のせいでもない……全てはあなたが招いた己の弱さが原因。それを男のせいにして引き籠もり、自分の躰と心に嘘の泥を塗り、守る……万希子、アリス、それに流花と葵が躰で示した愛を感じられないなんて……なんだか悲しい生き方ね……ふふっ、いいえ、ある意味喜劇かしら……」


「ぐっ……」


 その瞬間、理性も感情もたがが外れ、純粋な殺意が私を動かした……。

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