第95話

「これでお別れなのね……」


 繋がっている左手に想いを込めた。


「忘れないで、この世界が終わってもあなたと私は繋がっている……」


「戻るのが怖い……私、見たの……」


 涙が溢れ出て、少女の胸に顔を埋めた……。


「迷わず進んでいいの……彼女達はあなた。あなたの愛に応えてくれる存在……だから、愛してあげて。そうすれば、あなたも愛される……」


「愛する……」


「あなたはこれまで、愛という海原に出ようとはしなかった……彼との時もそう。相手から与えられるばかりだった。でもこれからは、与える側になるの。大丈夫、怖くない……私が見守っているから……」


「愛を与える……」


「あなたはには、これからも幾つもの試練が待ち構えている……逃げずに立ち向かって。時には声を荒げて怒ったっていい。無理に感情を抑えなくていいの……それもあなた……それも、人間」


 感情を抑制……確かに幼少期から自分の感情を表に現す事をはばかっていた……殻に閉じ籠る事で、自分の心に安定を築いていた。私自身を開放すると、周りの人間が不幸になってゆく……そんな曖昧で不確かな思考と事象に私は囚われ続けた。


 でも、少女は救ってくれた。


 私はようやく理解した……。


 ふたつの世界は相互しあい、それぞれに存在する。




 闇は呼応し、車内は光で照らされる……涙はもう流れていない……。


「お別れね……」


 私を起こし、両手を優しく温かく包み、微笑む少女。


「あなたはもう、大丈夫……」


「私も、逢えて嬉しい……もう自分の心に嘘はつかない……」


 強く、強く少女の手を握った。


 眩しく、白い光を放つ終着点が迫る……。


 少女ははにかみ、私はその佇まいを忘れない様に、温もりを感じ、髪、指先、手、瞳、魂を心に焼きつける。


 強烈な光が、私達を覆う……ゆっくりと意識が薄らいでゆく……。


 私の創り出したワインディングロード、桜並木、花びら達……心地良い世界が幕を閉じようとしている。




「きっとまた、逢えるわね……」


「ええ……必ずまた逢える……」




「さようなら……」


「さようなら……」


 白い光は網膜を突き抜け、私の意識はあの現実の世界へと還ってゆく……。


 霞んでゆく少女の温もり……微笑み、凛とした姿。


 本当にお別れ……少女の手を強く握り、温もりを、その佇まいを私は最大限に感じた……。


 微笑みなのか、哀れみなのか……少女は柔らかい眼差しで私を見て、温もりを浸透させてゆく……。




 白い光が突然消滅し、暗闇が訪れると同時に、私の瞼は意識に反して閉じ、私の世界は消えた……。




「さようなら…………舞」

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