第87話

 そんな風景を、小さな窓から私はずっと眺めていた。


 全ての車両は「本命」を含め、ダミーのダミー。


 ヴィーラヴは、まだここにいる……明日の朝まではここにいるのだ……。


 その為だけに、会場施設内の一部を改装して彼女達が快適に過ごせる空間を用意した。


 ライブの汗を流し、気のおける女性スタッフやクリエイターらと寛ぐヴィーラヴ……。


「なんか、合宿みたいで楽しいね……」


 詩織が弾む。


 この雰囲気を利用して、流花と葵と話し合おうと思ったが、枕投げに興じた後、疲れ、合宿に相応しい布団に身を預け、寝息を立てて夢見心地のヴィーラヴや流花と葵を見ると、起こし、重い話をするのは酷だと感じ、次の機会を待つ事にした……。


 翌朝、深夜の内に大部分のセットや客席が撤収されたホールに乗り入れた複数のトラックのカーゴ部分に、ヴィーラヴやスタッフ、クリエイターが分散して乗り込む……これらも、タワーに到着するまで1時間程の時を楽しく過ごせる様に改装した「特注品」だ。


「あれっ……」


 アリスの意外そうな表情も気にせず、私はカーゴ部ではなく助手席に座った……特注品とはいえ閉じ込められている感覚が、在りし日を思い出させるのと、単にトラックの高い視点からの街の景色を眺めたかったのだ……。




『ありゃりゃ……』


 タワーの地下駐車場で、クリスタルシャイニーホワイトとディープファインオニキスブラックの、私達がいつも乗っていた車を見たモカとモコのシンクロ。


 ボディーには、無数の引っ掻き傷や凹み跡……フロント、サイド、リアガラスには亀裂が走り、助手席側のドアミラーは折れ、内部の電装コードによってかろうじてぶら下がっており「脱出」の際の壮絶さを物語る……同時に、ダミーで良かったと、ほっとする……。


 役目を終えた2台の隣には、最近年次改良され、新色のスカーレットワインジュエルレッドとディープシーブルーシャインの衣を纏った同型の車両が佇んでいた……。


「こちらがキーで御座います……」


 上品なスーツを着こなし、私と年齢が同じくらいの女性が、キーを手渡す……。


「えっ……」


「社長様から御注文があり、本日納車する様にと承っておりまして……」


 私の戸惑いを埋める様に、女性は丁寧な声で説明した。


『新車だ、新車っ……』


 はしゃぐモカとモコ。


「そうですか、ありがとうございます……詩織、どっちにする?」


 詩織を呼び、左の手のひらにスマートキーを置き、差し出した……どちらが、どの色の車のスマートキーなのかは私にもわからない……。

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