第57話

「んで、パパだった人は出世してとある店の店長になりました……しかし、業績悪化に陥っていた会社は外資スーパーに買収されましたとさ……ったくタイミング悪いっつうの。そして能力、成果主義の導入……その頃を境に二人は徐々におかしくなり始めてしまいました」


 お伽話の様な表現で、アリスは在りし日を辿る。


「まぁ、マイマイのお察しの通り後はお決まりのコスト削減の名を借りた人員リストラや賃金カット、その他この他のオンパレード。二人は店の売り上げ拡大や減った人員のやり繰りの中、自分に課せられた数値目標を達成しようと、禁止されてる休日出勤までして自らの地位を保つ為に必死でしたとさ……家庭を犠牲にして、か弱い娘の寂しさに気づく事もなく……」


「その内、会話もなくなって、勝手に仕事に行って勝手に帰って、別々の部屋で寝て起きて家を出る。その繰り返し……。毎朝テーブルに500円玉が置かれていました……どういう事かわかるマイマイ。要はこのカネで今日を生きろって事だよ……きっとマイマイには想像もつかないよね。500円で何ができるのか……500円玉を見る度にいたいけな少女は涙を流しました。少女はただ、普通の生活と家族の温もりが欲しかっただけなのです……」


「…………」


「んまぁ、そう押し黙っちゃうよね……はぁ、出世なんてしなくてもさ……人間って、強欲だよね」


 アイスクリームを突くのをやめ、ぐったりとテーブルに伏せたアリス……私にでも、外の景色にでもないぼやけた視線で、その後の家庭風景をアリスは呟き続けた。


 アリスの家庭は崩壊した……。


 過大な重圧に耐え切れなくなったアリスの父が逃げ込んだ先は、妻への暴力という行為だった。


 アリスの母を殴り、蹴る……いつしか仕事を辞め、抵抗を諦めた母が自身の希望の光を「酒」に求めるのに時間はかからなかった。


 暴力の中に潜む快楽のみを抽出し、愉しむ父。


 暴力による痛みも、吐き出した血も、酒の魔力で中和して、快感へと変換する母。


「もう、こんな生活嫌だよ!パパもママも立ち直ってよっ!」


 勇気を出してアリスは言ったという……。


「そしたらさ、何て言ったと思う……」


『お前なんて、この世に産まれて来なければ良かったのに!』


「凹むよねぇ……モカッチモコッチばりのシンクロでさ……そこだけ気持ち繋がってんじゃん。何だよそれ……自分らの結晶の娘に対して何言ってんだよっ」


 アリスの瞳が冷たく潤んだ。


 そしてアリスは決断した……。

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