第49話

「こらっ……やめろよっ……なっ何だよっ」


 アリスがテーブルを乗り越え、多田坂と小競り合いを始めた。14歳とは思えぬ力で抵抗する多田坂を払いのけ、くたびれたジーンズの後ろポケットから、スマートフォンを奪い取る。


「しらを切るのも、ここまでだよっ」


 スマートフォンを操作しながらアリスは言う……ロックをどうやって解除したのかは不明だが、アリスの表情は徐々に多田坂を蔑んだものに変化し、そこで指が止まる。


「チッ……やっぱり……ほら見てマイマイっ」


 画面を私に向けるアリス……階段を上がるアリス。足元から執拗にカメラのレンズが舐め回す。暗く、若干画像が不鮮明ながらも、アリスの下半身を狙った動画が再生される……オーバーニーソックスに包まれた細い足首からふくらはぎをつたい、適度に膨らんだ太股を舐め上げ、マイクロミニのデニムスカートから見え隠れする下着……しなやかに拡大されるアリスの「蕾」……揺れたり、画質が劣る事なく撮影のプロが手掛ける映画の様な「丁寧」な映像。


「何て事……」


 私は多田坂を睨む……視線に耐え切れず、躰を横に向けて自らのいやらしい行為が明るみになってしまった事態と、更に状況が悪化した焦りとが混ざり合い、激しい貧乏揺すりとなって表面化する。




「ったく、このエロバカがっ」


「ふ、ふんっ……」


「おたくの店は、どういう巡回保安員を雇っているのですかぁ……店長さん」


「…………」


「エロイね、エロエロ巡回保安員……エロエロ星人だよっ……どうせこの動画をタブロイド紙にでも売りつけて、国民的アイドルグループのあのメンバーの萌えパンチラショットにラヴラヴっ……なんて、陳腐な見出しの雑誌が本屋に並ぶ様子や、有名動画サイトで画像流して、数千万の再生回数にニヤついて、カネが入ってくるのを期待して、萌え萌えなんて考えてたんだろっ」


「…………」


「ったくさぁ、40後半のいいオヤジが何してんのさ……とんだ転落人生だよね。猛勉強して二流大学に入ったはいいけど、講義なんて出ずに遊びまくってさ……でも、運が良かったね。ちょうどバブルの時代だったから。就職先なんて引く手あまたで、一番接待の良かった会社に何にも考えずに就職しちゃってさ、将来薔薇色なんて浮ついてたら、途端にバブルが弾けちゃって、就職氷河期を勝ち抜いた新人達にあっという間に人間性もスキルも追い越されて、社内に居場所がなくなって詰みだってのに……「俺の人生、こんなもんじゃない」なんてうそぶいて会社辞めて、何とかなると思ってたらバブル入社組に受け皿はとっくになくて、どうにもならなくなって結局、フリーターになっちゃいましたって感じだよねっ」

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