第25話

「ねぇねぇマイマイ、今のどうだった?」


 モカが訊ねる。


「そうね、もう少し控え目でいいんじゃない」


 歌なんて聴いてもいなかった。モカに「どう?」と問われても、私にわかる訳もなく、もっともらしい事を言い、場を繕った。本心ではない答えにも、モカは満面の笑みを湛え、モコとはしゃぎ出す。




「…………」


 何となく、ここにいるのが「辛く」なり、私はふたりに軽く手を振り外へ出た……。かといって、何処へ行きたいでもない私は、隣のレコーディングルームの重く冷たいドアを開け、中に入る。


 瞬間、モカとモコのはしゃいだ空間とは異なる、湿った雰囲気を感じた。


 流花と雪はソファーに座っていた。録音ブースを心配そうに見つめる流花。上半身を乗り出し、テーブルにあったドーナツを咥えながら、訴える様な目で私を見る雪……。


 ブースの中では、重苦しい雰囲気を生み出した責任からなのか、下唇を噛み、俯いたまま立ち尽くし苦悩する万希子さんの姿があった。




「はぁ……上手くいかないなぁ……もう一回いくよ」


 ディレクターでもない男の声が苛立ち気味に言うと、万希子さんのパート部分の演奏が流れ、歌う。


「もう一回っ」


「もう一度っ」


 何度も同じ箇所で行き詰まる万希子さん。


「すみません……もう一度、お願いします」


 頭を下げ、声の主やディレクター、流花、雪、そして私にまで万希子さんは謝罪を繰り返す。


 万希子さんが謝る度に、自信を失い、透き通った白く滑らかな肌が、魂の抜けた色に変色してゆく。




「どうかしたの万希子さん……具合でも悪いのかしら」


 流花の隣に浅く座り、聞いた。


「万希子さん……真面目だから」


 同情気味に呟く流花。


 地味で目立たない……故に、コーラスやワンフレーズのパートが多かった万希子さんにすれば、初のロングソロパートが与えられたこの楽曲と、ファーストアルバムに賭ける想いは相当なものなのだろう。


 想いが重なる程、空回りする。真面目な性格が相まって、意気込みがあらぬ方向へ作用し、迷走する。上手く歌えない自分に苛立ち、私達に多大な迷惑をかけていると自らを追い詰める。


 そして、迷宮から出られなくなる。


 私にはわかる……何となく私と万希子さんは似ている気がしていたから……。




「雪が先に入れば良かったかな」


 ドーナツを食べながら雪が言うと、流花がすかさず続いた。


「だってさぁ、万希子さんが先にってプロデューサーが言うんだから、しょうがないよ。それに、万希子さんも真面目過ぎだよ……私だってプロデューサーの言う事なんてわかんないし、意味不明な言葉で説明するし、ふざけてるよね」

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