第19話

「でもね……」


 社長の眼は希望を映し、唇は勢いを増す。


 希望の種は、強かに生き延び、慎重に根を張り巡らせ、そっと芽生え幹を伸ばし葉を広げて「欲望」の蕾を膨らませ、遂には甘い蜜がたっぷりと詰まった魅惑的な香りと妖しい色彩を施した花を咲かせるに至る。




「ヴィーナス・ラヴラヴ」


 彼女達グループの正式名称……。


「失笑だったわね……」


 自らに呆れる様に笑い、言う社長。


 芽吹き、花咲いた彼女達に業界が匙を投げた。


「それでも、あの時の私はくじけず、ヴィーラヴの成功を確信していたわ」


 小規模な投資ファンド会社を始まりに、得られた果実と父の会社との相互協力により、ドロシーエンタープライズを設立して、社長は彼女達を世に放った。


 豊富な資金、人脈を使い、時には男どもの妄想を掻き立てる策略を巡らし、大小の芸能プロダクションを次々と買収し、この業界での地位を盤石なものにすると「芽」のないアイドルやアーティスト、その卵達を「亡き者」とし、彼らの怨念ともいえる「肥料」を惜しみなくヴィーラヴという種に与えた。


 事の合法、違法は問わず……と、赤裸々に社長は容赦なく私に語る。そして…………


「売れなかったわね……」


 あっけらかんと言った。


 デビューシングルは低空飛行……しかし、荒廃した世界で息を潜め、心の奥底に希望を閉じ込め、絶望と偽りの日々を過ごしていた者達の魂は、ヴィーラヴを目の当たりにして「覚醒」し、希望を内包した花の匂いを感知し、ゆっくりと魂が呼応してゆく。


 再起動した彼らの魂は連鎖し、瞬く間にこの国全土に「歓び」が広がり、業界が見捨て、低迷していたセールス、配信が僅か3日足らずで久しく達成されていなかった、ミリオン超えを記録する。


「勿論、自信もあったけれど、同時の社会環境も後押ししてくれたわね」


 希望の「原石」は、その状態で光り輝く事はない。腕の良い職人に研磨され、美しい台座に座り、脇石なる仕立ての良いドレスを纏い、人々の憧れの対象となる。


 ヴィーラヴ以前の世界ではそうだった。


 かつての原石達は、自身の苦悩や嫉妬、涙……それらを躊躇なく世間に晒し、競い、表現するスキルを常に求められていた。


 世間も「わかっていて」原石達が起こす現象を、自らの日常と同化させ、涙する……。


 彼らに「研磨」され、自信と信頼を得てやがて恍惚な光りを放つ「希少石」ヘ変貌を遂げた花達の創り出す幻想を世間は楽しみ、渇いた心を満たし、共有し合う。


 けれど、世界情勢が一変し、既存概念は崩壊した。

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