第10話
「こんなに広かったかしら」
ひとりで乗る空間効率の悪さに、罪悪感を覚えていると、エレベーターはショックもなく停止し「すうっと」扉が開く。
私が昨日までいた、電話が鳴り、大勢の人の声が入り混じり、活気に満ちていたフロアとは別時限な無音の世界が目の前に広がっている。
ワインレッド色のフロア絨毯が敷き詰められた廊下を、心細く進む。
程なくして、円形の広場の様な空間に辿り着く……広場の中央には、磨りガラスの華奢なカウンターとガラスのパーティションで仕切られたスペースに、3人の女性が優雅に仕事をこなしている。無論、彼女達が使用しているオフィスファニチャーの類は、イタリアや北欧製の上質な物ばかりである。
そこへ、歩を進めてゆく……。
「おはようございます。高樹 舞様ですね。お待ちしておりました」
ひとりの女性がすっと立ち上がり、私に一礼して淑やかな笑顔で言うと、別の女性が受話器をとり、私の来訪を社長に告げる。
私とそう変わらないであろう年齢……上品にブランドスーツを纏い、文句のつけようのない対応と控え目なメイク。
自信に満ち溢れる仕事ぶり……。
3人の全身からは、ここを足掛かりにもっと上の世界ヘ上昇したいという意欲が、躰から湧き出ていて、羨ましいくらいに輝いて見えた。
それに比べて……私は。
「お待たせ致しました高樹様……社長室に御案内致します」
私を笑顔で迎えた女性が、社長室へと導く。残るふたりに私は軽く頭を下げると、仕事中の彼女達は立ち上がり「こんな」私に深々と頭を下げた。
ふたりの行為を申し訳なく思いながら、先行するくびれた腰の後に続く。
どれくらい歩いたのか、彼女が上質な木目をノックし、中から返事があった事を確認すると、重い木製のドアを開ける。
「ありがとう……後は私がするから、下がっていいわ」
私の来訪を待ちわびた社長の気持ちを汲み取り、私を中へ手招きした彼女は、曇りのない笑顔を見せ、私達に頭を下げ、静かにドアを閉めた。
とてつもなく「異様」な光景に、言葉が出ない。
私の前には、対面に配されたイタリア製のソファーがあり、その間にガラステーブルが置かれている。途方もない金額の「応接セット」の奥に社長のデスクが見え、社長は更に奥に広がるこの世界の風景を眺めているのか、革製のワークチェアーのヘッドレスト越しに僅かに後頭部が見えるだけで、表情を確認する事はできない。
私の立ち位置から、社長までは悠に10メートルは離れており、社長を中心として左右に同じく10メートルづつ横方向に広がる空間。社長の右面の壁から私の背面には、控え目ながらも美しい色合いと木目の壁面が施され、私の左面からは床面から天井まで伸びるガラスウォールが、先程の社長の右面の壁まで、圧倒的存在感により活き活きと伸び、収まる。
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