文章表現の幅を広げる「レトリック講座」

板野かも

レトリック講座 ~はじめに~

 皆さんは「レトリック」についてどこまでご存知でしょうか。

 単語自体が初耳の方。なんとなく聞いたことはあるという方。あるいは、既にレトリックのことなど隅々まで知り尽くしており、板野が間違った説明をしようものなら鬼の首を取ったように騒ぎ立ててやろう……と手ぐすね引いて待ち構えていらっしゃる方も、中にはおられるのではないかと思います。


 レトリックというのは、何ら特別なものではありません。物書きを標榜ひょうぼうする皆さんは勿論のこと、文芸に特段の関心がない方であっても、言語を使ってコミュニケーションを取っている限りは日々必ず目にしている「言い回し」の技術の数々――それがレトリックです。

 それでいて、アマチュア作家の間では、プロット作りやキャラクター作りといった各種の創作論と比べるとそれほど研究の機会に恵まれず……それゆえに、ひとたび体系的知識を身に付ければ周囲をゴボウ抜きする力にも変わりうる「公然の秘密兵器」、それがレトリックでもあります。


 まずは、何も考えず以下の例文をお読みください。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 2013年6月、秋葉原は前代未聞の衝撃に揺れた。AKB48グループの未来を占う選抜総選挙において、指原さしはら莉乃りのが自身初の一位に輝いたのである。

 巨星・前田まえだ敦子あつこがマイクを置き、玉座を降りて一年。いまや大島おおしま優子ゆうこの一強と思われたAKBにあって、スキャンダル発覚からの「左遷」を経て不死鳥の如く表舞台に舞い戻った異端アイドルの姿は、一つの時代の終わりを告げるとともに、48グループの新たな幕開けを強く印象付けた。


 しかし、国中が賛否両論をもって新たな女王の誕生を迎える中、名古屋・さかえの街はそれとは違った歓喜に沸いていた。我らがSKE48を牽引けんいんする二輪の薔薇ばら――珠理奈じゅりな玲奈れなの「Wダブル松井まつい」コンビが、この年、念願の「かみ7セブン」の座に揃って食い込んだのだ。

 ともに頬に熱いものを伝わせ、壇上から感謝を述べる二人。国内初の48グループ地方支店が栄で産声を上げて五年、メンバーとファンの苦節の日々が一つの実りを迎えた瞬間だった。

 2008年、AKB48の楽曲「大声ダイヤモンド」の選抜に支店メンバーとして初めて参加し、弱冠11歳にしてスーパースターの名を欲しいままにした松井珠理奈。最年少のエース・オブ・エースが燦然さんぜんたる威光で少女達を率いる一方、その太陽のそばには常に、彼女を支える月の存在があったことを忘れてはならない。「SKEのかすみ草」と呼ばれたもう一人のエースは、「会いに行けるアイドル」の名に恥じぬ抜群の握手対応で多くのファンを釣り上げ、自身の立場とグループの人気を不動のものとした。珠理奈と玲奈――相反する二つの個性が互いに競い合い、互いを引き立て合うことで、栄は結成五年にして秋葉原の「神」を崩すまでの存在になった。

 この時、松井珠理奈16歳、松井玲奈21歳。その歌声が悲願のナゴヤドームに響き渡るまで、あと八ヶ月。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 いかがでしょう。

 板野がどのグループを贔屓ひいきしているかがダダ漏れなのはともかく、文章自体は何も間違ったことは書いておりません。アイドルのことなど全く知らないという方でも、特に分かりづらい箇所はなかったのではないかと思います。


 しかし、よくよく点検してみると、この例文には事実そのままを述べていないように見える部分が多くあります。

 最初の方に「巨星・前田敦子」とありますが、前田敦子は星ではなく人間です。「不死鳥の如く表舞台に舞い戻った」と評されている指原莉乃もまた、不死鳥ではなく人間であることは皆さんご存知のとおりでしょう。

 同様に、我らが松井珠理奈と松井玲奈も人間であって薔薇ではありませんし、もちろん太陽でも月でもカスミソウでもありません。彼女らが崩したという「神」とやらも、その実態は神様ではなく、彼女らに順位を抜かれた小嶋こじま陽菜はるな板野いたの友美ともみといった人間達です。

 これはどうしたことでしょう。板野(友美ではない方)は、生身の人間を天体や植物だと言い張る大嘘つきだったのでしょうか。


 おかしな点はまだあります。

 2013年6月に「秋葉原は前代未聞の衝撃に揺れた」とあるのですが、この時期、東京の秋葉原地区で大きな地震があったという記録は見当たりません。地震でもないのに土地が「揺れる」とはどういうことでしょうか。

 また、時を同じくして「名古屋・栄の街は(略)歓喜に沸いていた」そうですが、「街」が歓喜の声を挙げるということがあるでしょうか。


 さらに、事実を述べていると言うには曖昧すぎる部分もあります。

 総選挙で高順位を得た松井コンビは「頬に熱いものを伝わせ」たそうですが、「熱いもの」では抽象的すぎて、それが何なのか分からないではありませんか(まあ、嘘つき板野によれば珠理奈は太陽だそうですから、フレアかプロミネンスか何かをほとばしらせたのかもしれませんが)。


 ……さて。

 上記のような疑問を、皆さんは、例文を読みながら感じたでしょうか?


 おそらく、感じなかったのではないかと思います。

 それどころか、板野の冗長なセルフツッコミを見て「こいつは何を言っているんだ」と呆れた方が大半でしょう。

 前田敦子が星であるとか、指原莉乃が不死鳥であるとか述べているのは、ごく一般的な比喩ひゆに過ぎないではないか、と。「秋葉原が揺れた」とか「栄の街が歓喜に沸いた」というのは、それらの土地に拠点を置くグループのファンやメンバー達が驚いたり喜んだりしたという意味に決まっているではないか、と。「熱いものが頬を伝う」と言われて「涙」以外を連想する日本語話者がいるものか、と。


 こうした表現を、私達は苦もなく理解することができますし、文章のみならず普段の会話の中でも当たり前に使っているはずです。

 死なないと分かっていながら「死ぬほど疲れた」と言ってみたり、神様ではないことを承知の上で「誰々は神」と言ってみたり。

 単に「とても疲れた」や「誰々はとても凄い」と言う場合に比べて、より効果的に疲労の度合いや誰々氏の凄さを言い表すことができるのは言うまでもないでしょう。

 また、「自分にとって、彼女の笑顔はとてもまぶしいもののように感じられて、まるで生きる活力を与えてくれるかのような、かけがえのない存在なのだ」などと長々と語るより、ただ一言「彼女の笑顔は太陽だ」と言ったほうが、より彼女の素敵さを分かりやすく引き立たせることに繋がるというのも、論をたないことであると思います。


 言葉の上では事実と異なる(ように見える)ことを述べていながら、実質は、事実をより鮮やかに、より分かりやすい形で引き立たせている――。

 実は、それこそがレトリックの本質なのです。


 そう、レトリックとは、事実以上の「何か」を述べることによって、事実をより効果的に説明するための技法であるといえるのです。


 古くはギリシャ・ローマの時代から、人は、こうした修辞しゅうじ技法ぎほう――すなわちレトリックを体系的に整理し、深化・発展させ、表現に活かすことに努めてきました。

 古代ローマから中世ヨーロッパに受け継がれる西洋の教育システムにおいて、レトリックを巧みに操る技術――すなわち修辞学しゅうじがくは、ラテン語文法、論理学、算術、幾何きか、天文学、音楽と並ぶ「自由アルテス・ 七科リベラレス」の一つに数えられ、高等教育を志向する者が必ず身に付けなければならない基本教養となっていたのです。

 今日こんにちにおけるレトリック研究は、記号学や認知言語学といった比較的新しい学問分野とも結びつき、人間の認知機能と修辞技法を関連付ける新たな知見も多く蓄積されています。


 このように、私達の言語コミュニケーションと切っても切れない関係にあるレトリックですが、冒頭で述べたように、アマチュア作家の間では、レトリックの技法が創作談義の俎上そじょうに上る機会は極めて少ないのではないかと思います。

 ここで改めて考えてみましょう。

 様々な比喩が用いられた前掲の例文を通読して、よもやその意味するところを理解できない方はここには居ないと思われますが、逆に皆さんが、ご自身の得意な分野について、あのような文章を書いてみよと言われたらどうでしょうか?

 あの程度のものは簡単に書ける、とおっしゃる方はそれで構いません。ニヤニヤしながら高みの見物をしていて下さい。

 しかし、おそらく、皆さんの中には、「自分にはあのような文章はとても書けない」とお思いの方も一定数おられるのではないかと思います。「読んで理解することは誰にでもできるが、いざ使うとなると少しばかり訓練が要る」――レトリックがそういうものであるからこそ、古代ローマや中世ヨーロッパではわざわざ学問として教えられていたわけですからね。


 この「レトリック講座」は、そうした皆さんのために、板野の拙い技術と知識を可能な限り開陳かいちんしていこうというものです。

 レトリックを意識的に使いこなせるようになれば、文章表現の幅は飛躍的に広がります。次章より、具体的なレトリックの技法を紹介していきますので、ぜひ、古来より受け継がれてきた珠玉しゅぎょくのテクニックを皆さんの血肉にしてください。


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