第94話元Sランク冒険者

――シュゥゥゥゥゥ




セリムの首目掛けて振り抜かれた短剣だったが…



(壁?)



右手に握る短剣から煙があがり、手も薄らとだが赤くなっている。






「あなた、には、驚か、せられ、る」






毒針をチンピラの一人に向けて投げつけ実験体にした事然り、雷撃符の防御にこれまたチンピラを使ったこと然り。


現在セリムと先生忍者の間には轟々と燃え盛る炎の壁があった。それがただの炎の壁ならば忍者とて驚きはしない。




その壁は、セリムを包み込むように人間の肋骨のような物が形作られている。それを覆うように高温の炎を纏っているのだ。




洞穴の針山の悪魔戦にて初めて使用した紅焔者の骨鎧クリムゾナル・フレイマーである。


魔力消費は相変わらず良いとは言えない代物だが攻防一体の物であり、使い勝手はいい。


以前に比べれば形作るのにも安定感が生まれ、今では勝手に自壊することなどはない。


見たこともない物にいくら思考力を裂いたところで情報の少ない現状ではわからない、と思考を打ち切る。火傷を負った手に反対側の手を重ね白魔法を掛けて癒す。


レベルが低いためにそこまで効果があるわけではないが、この程度の傷であれば問題はない。


翳された手がどけられると綺麗な手へと戻っている。


短剣からの白煙が収まる頃合を見計らい忍者は再度セリムに仕掛けた。


スキル"縮地"にて一気に距離を縮め"天歩"で空中を足場に縦横無人に駆け回り攪乱しつつ毒針、札を投擲。


煙に飲まれ視界が奪われている中に突っ込むと"聴覚上昇"により聞こえてくるセリムの息遣いや衣擦れの音を聞き分け、"気配感知"にて正確な居場所を把握、新たに取り出した六十cm程の剣を片手に紅焔者の骨鎧クリムゾナル・フレイマーに守られているセリム目掛けて突き刺した。ちなみに元々握っていた紫色に光る短剣は口に咥えている。


脇差程の長さの剣と骨鎧が激突する。ガンッ!と硬い物同士がぶつかりあった音が鳴り響くがそれも一瞬、火花を散らし忍者の剣は弾かれた。



(うそっ、通ら、ない!?)



忍者が突き立てた剣はムーヴ・アダットと呼ばれる魔道具の一種である武器だ。


この武器の特徴は剣の周囲、剣身限定ではあるが魔力の結合を弛緩させる効果がある。


それを使い骨鎧こつがいの結合を緩め、後は強引にねじ込むことで攻略を図ろうとしたのだが見事に失敗していた。予想以上の強度を誇っていたのだ。


ならば…と忍者さんは何かを決するように決意の籠った瞳で紅焔者の骨鎧クリムゾナル・フレイマーを見つめるとさらなる手札を切った。


全身から今までよりもさらに濃密な魔力が溢れ出す。爪牙は伸び、毛は逆立つ。クリクリしていた目は怖いくらいに縦割れし獣としての本能を全面に押し出される。


獣人が誇る状態変化系スキル"狂獣化"だ。


ただでさえ凄まじかった速度がさらに上がる。これにはさすがのセリムも舌打ちをする。ステータスは"鑑定"から変化した"解析"により把握できていたので狂獣化出来るのも分かってはいたのだが、先程までの状態でも目で追うのがやっとだというのに現在は捉えきれない速度に到達してしまっていた。


やむ得ないか…と戦闘中にも限らず両目を閉じ、一瞬き。すると仮面をつけているために外からはわからなかったが、赤色に光っていたセリムの目の色が色素の抜けた薄茶色に戻った。


紅焔者の骨鎧クリムゾナル・フレイマーがあるおかげで攻撃を喰らうことは早々ありえないがそれでも速度が上がれば攻撃の威力も必然的に上がってしまう。思った以上に世界は広く、強敵はそこら中にいることを思い知った瞬間だった。


そんな事を考えていると残像を残した忍者――名をセルシュ・ミルザースが迫ってきていた。


フシューと吐き出される獣の息とともにムーヴ・アダットを速度を生かしたまま突き立てる。


今度は弾かれることなくぶつかり、ムーヴ・アダットの剣身が触れた部分の骨鎧の魔力結合が緩む。徐々に炎が薄れて行く。


耐性値の影響により今頃になりようやく少し身体の自由が戻り始めていたセリムだったが、このまま剣が骨鎧を突破した場合止める手段はない。


何かする前に攻撃がを受けてしまう。



(このまま、貫く)



ギリギリと狂化した力で剣を強引に捩じ込んでいく。


動きは封じた。


狂獣化という手札を切り、全力を出した。


これで仕留める。


想いと力を込めると剣の周辺だけだが炎が消え、骨がバキバキと崩れ始めた。


もう少し、そう思った時だった。



「元とはいえ流石はSランクか…舐めてたな」



ピンチな状態の相手から放たれる余裕を感じさせる言葉。ステータスを見られたという思いが過るも今は目の前に集中と切り替える。


足元に魔法陣が浮かび上がり炎が放たれた。水魔法をぶつけ炎を相殺しつつ"狂獣化"によって底上げされた"咆哮"を轟かせ火を消し飛ばす。


力んだ影響か、ついに紅焔者の骨鎧クリムゾナル・フレイマーを突破し凶刃がセリムへ迫る。


残す距離が数cmとなり勝ちを確信するセルシュ。だがここで一瞬でもいいから考えるべきだった。


何故動けない筈のセリムが喋ったのか、と。



――ガシッ



「え?」



素っ頓狂な声を出してしまうセルシュ。


まだ動けないと思っていたセリムが動き、今まさに刺さろうとしていたムーヴ・アダットの剣身を掴んだのだ。何動けるのか?そう思い至った瞬間に剣が刺さる前に言葉を発していた事を思い出した。


骨鎧を突破することに意識を裂いていたのもあるが、あまりにも自然に話しかけるものでセルシュは意識が向かなかった。もう少しで刺さろうとしていた剣が徐々に押し返され、今では完全に剣身が逸らされて上空に向いていた。


掴まれたのはあくまで剣であり腕ではなかったのは幸いと言うべきか。骨鎧は突破されたことで意味をなさないと思い発動を解除したのか、理由は定かではなかったがセルシュにとっては都合がいい。


ムーヴ・アダットを放すとまずは左の白色の短剣で切りつける。同時に口元の紫色に光る短剣を右手に戻す。白色の短剣は切りつける寸前のところで腕を割り込ませられ止められる。


セリムも警戒してか剣自体を受け止めるのではなく腕に腕をぶつけることで止めていた。


左が止められても右がある。"天衝剣カライド・デーゲン"を使い剣の威力を一点集中にして切りつけにかかるも腕を掴まれ届かない。


攻守交代だと言わんばかりに膝蹴りが腹部に叩き込まれる。腕を掴まれているせいで後ろに飛んで威力を殺すこともできず、盛大に肺の中の酸素と血を吐きだした。



「カハッ」



この世界に防御力という項目のステータスはない。


ただ誰しもが手に入れられる自然の防御壁もとい鎧は存在する。それは筋肉だ。


地球でもそうであるように筋肉とはあればそれだけで身体を強化してくれる天然の鎧だ。この世界で当てはまるのは"筋力値"。ただ筋力値イコール防御力ではない。しかし筋力値が高ければ高いほどに肉体の強度、防御力としての基準は高くなる。


セルシュの今の筋力値、纏衣に加え狂獣化を使った現在ならば防御力としての力もそれなりにあるが、如何せん相手が悪すぎた。相手を殺せばスキルを吸収し無限に強くなっていく怪物だ。


右手は掴まれ左手は腕で受け止められておりこれ以上進めることができない。


ならどうするか?答えは簡単だ。


手が使えなければ他を使う。


足を使いたいところではあったのだが、腕を掴まれている以上変な体勢になれば自らダメージを負ってしまいかねず魔法による攻撃を選択した。


足元に魔法陣を現出させ、セリムの腕目掛けて水槍ウォーターランスを放つ。セリムの視線が一瞬水槍に向けられた瞬間、左手の短剣を逆手に握りなおすと一気に自身に向かって引く。


あわよくば腕を切り落とす。出来なくともダメージさえ入れば…との思いで繰り出す。が、水槍も剣も見えない壁によって弾かれてしまった。



(魔力、障壁!?)



カルラが以前森の中で見せてくれた防御方法だ。


魔術師などの後衛職のステータスで劣る者が身を守るために使うものである。


全身を覆うように魔力を放出し形成された壁。


魔力の扱いに長けた者ならばそれほど苦労する事もなくできるものだ。これによりセルシュの攻撃は防がれた。


強引に力で刃を食い込ませようと押し込むと届かず、魔法も効かない。どうすればいいのか考え続けるも敵は待ってくれない。右手に激痛が走るのを感じると身体が宙を泳いでいた。要するに投げとばされたのだ。幸いなのは檻がない入り口付近に投げられた点だろう。


威力を殺そうと剣を突き立てるのだが右手は痛みで上手く力が入らず、左の短剣で地を削りながら何とか威力を減じることには成功する。それでも壁にぶつかってしまった。


コツ、コツと歩み寄ってくる足音に死の気配にも似た感覚を覚える。


自身を歯牙にもかけぬ圧倒的な強さ。まるで以前退治したSSランクモンスターのようだ、と感じていた。


"死"という言葉が脳裏を掠める。


そしてそれを運んでくる目の前の存在は"死神"。


自分で考えて置きながらぴったりだと思わず笑ってしまいそうになる。神敵者であるセリムに"神"を冠する名が付けられるのは何という皮肉か。目の前に立つ白髪の"白き死神"をどうすれば倒せるのか必死に考えていると、場に似つかわしくない音が響いた。



――パンパン



自然と意識が音の方へ吸い寄せられる。入り口から赤い暖簾をくぐり抜け入って来たのは三人の男だった。


先頭に立つ男が拍手をしており、追随して二人の獣人の男が入ってくる。



「…うぅ、チェル、何故、ここに…」



先頭に立つ男性はハワイで売ってそうな柄シャツに短パン、ビーチサンダルを着ている。首には麦わら帽子と思われるヒモがかかっている。なんとも場違いな服装をしていた。


南国でアロハ~とか言ってそうな服装をした細身の人物はセルシュからの声に気軽さを感じさせるように「よっ」と手を上げて反応を返す。それから周囲へと視線を向けた。



「ドンパチパチパチ物凄い音がしたってのと急にお前がいなくなったから様子を見に来たって訳だが…」



チェルと呼ばれた人物は理由を述べるとセリムへと視線を向けた。



「悪いんだけどさ、そこまでにしてくれねーかな。これ以上やると建物が壊れちゃうし大事な商品が傷ついちまう。なにより大事な護衛が死んじまうからよ」



突然現れたハワイアン感満載な人物。格好もそうだが、興が削がれる言葉に気が削がれたセリムはセルシュへの追撃の手を止めた。



「ふぅー。いやぁ助かるよ。で、これはどういう状況?」


「途中、から、呼ばれた。わかん、ない」



困ったといったように腕を組み考えるポーズを作るハワイアン獣人チェル。


セリムへと何があったのか説明を求むという視線を向けるが当のセリムは答える気がないのか、入り口近くの壁に寄りかかり気を失っているガチを顎で示した。


肩を竦めて了解の意を示すと部下らしき二名の者に任せるのではなく自ら近寄っていく。そして唐突にガチの腹付近を蹴りつけた。



「おい、起きろ」



それから数発の蹴りを加え叩き起したところで事情を聞き出すハワイアン。――その間誰も蹴るのを止めはしない――セリムには後ろ姿だけしか見えなかった為にわからなかったが、顔には「余計なこと喋ったら…わかるな」的な凶悪な笑が張り付いていた。


ハワイアン感などまったく皆無――そもそもハワイアン感とは何かも不明だが――な黒い笑みを向けられたガチは目の前の人物獣爪ビーストヴォルフのボス、チェルス・ディードが不利になることを避けて事情を説明した。


ふむふむと頷きながら聞いているチェル。


服装や纏う雰囲気などから一見してみれば気の良さそうな感じだが見えていない部分はかなり凶悪だ。


数分後、事情を聞き終えたチェルは少し考えるような仕草を取ったあと、徐に口を開いた。



「聞いた限りじゃ、あんたは奴隷が欲しいんだろ。こちらにしても粗悪な奴隷しか売れる物がないというぞんざいな対応だった事もあるが、人の家で好き勝手に暴れてくれたあんたにも非があると俺は思うだ。んでよ、どうだ? こちらとしてはお詫びとしてここの奴隷を好きな奴一人やるからさ、これ以上暴れるのも組織の者を傷つけるのもよしてくれ」



上手すぎる。


こちらにとってメリットしかないだろう話に訝しげな顔になる。が、何か裏があろうと目的は奴隷購入であったわけで、それが無料タダで手に入るのなら万々歳だ。


好意を受け取る意思を頷きにて示すと「好きなの選んでくれ」と促される。


足元ではガチがそれじゃ組織が…と漏らしていたが直後には呻くような声を上げた。チェルスに掌を踏まれグリグリの刑をされたのである。反対側では連れてきた二人の部下がセルシュに肩を貸している。かなりの身長差がある為に男達がちょっと辛そうだがセリムが気にすることでない。


さて、どれにしようかと奴隷達が入れられている檻に視線を向け見回している時だった。


部屋の中央付近に置かれている檻の中にいる奴隷の一人が、自身を見ていることに気付く。他の奴隷達は先ほどの戦闘に怯えていたり組織の人間の不興を買わないためか目を合わせようとせず俯いているのにその人物だけはセリムをしっかりと見ていた。



「やっぱり、お兄ちゃん…」



そう呼ぶ声に一瞬訝し気な顔を作るもよくよく顔を見てみれば、そこに居たのはつい先ほど手を振りほどいた孤児院暮らしの少女ルインがだった。


別れた後にでも攫われたのだろうか。


一緒にいた筈のセラの姿は見受けられずルイン一人だけだ。連れ去られる際に暴れたのだろうか、それを押さえつけるようにされた痕と思われるもので身体のあちこちが赤くなっている。



「お! 何だ二人は知り合いか? ならその子にするか?」



少し黙ってろという視線を仮面越しにチェルに向ける。それから虚空へ視線を向け何事かを考え始める。そうして数秒ほどだろうか、何も言葉を発さないまま立ち尽くしたセリムに訝し気な視線が向けられている中、徐に口を開いた。



「助けて欲しいか?」


「え…?」



思わず素っ頓狂な声を上げてしまうルイン。それもそのはずだ。


なぜならセリムは少女達と別れる際に"期待なんてするな"という言葉と共に去っていってしまったのだ。それは救いも希望も他人に縋るなというもの。


だが今セリムが放った言葉は先ほどまでの言葉を自ら否定するかのようなものであり、期待を抱かせるものだった。


確かにルイン自身助けてもらえればどれだけ良い事かと思っている。されど、この世界に救いがないことを知っている。本当に救いなんてものがあるのならば自身はこんなところに居はしないのだから。


それでも目の前に救い、希望の糸が垂らされていたならば手を出したくなってしまうのが人の性だろう。


目の前の人物が何を考えているのかなど推し量る術など持ち合わせていなく、何故そんな申し出をするのか分からないが抱いてしまう。


期待を。


救ってくれるのかという希望を。



「助けて、くれるんですか…」



恐る恐ると言った風に答えるルインにセリムは「ただし条件がある」とタダで助けてやるなどという甘い話がないことを匂わせた。


条件という言葉に無意識に反応してしまい身体をびくつかせながら訪ねる。



「…どういったものなんですか?」


「別に難しいことじゃない。色んなところに行き情報を集めたりするものだ。ただ、命の保証はないがな」



情報集めという言葉だけ聞けばそこまで難しそうにも聞こえないものだが、生まれてからこの方、獣王国ローアの中でしか生きて来なかった――ローアが知る世界の全てであり絶対的なもの。


国の中にいればモンスターと戦うことも襲われることもない。だから戦闘なんて出来はしない。しかし色んな・・・と言うからには危険な場所も含まれるのは少し考えれば分かること。続く言葉にも"命の保証はない"と付け加えられているのだから。


自分にはモンスターと戦える力などない、それがルインの返事を詰まらせていた。その様子に時間がかかるだろうと踏んだセリムはルインに向けられていた視線を周囲にいる奴隷達に向け声を上げた。



「今の話が聞こえていた奴で、ここから出たいやつは手を上げるなり何かしら合図をしろ」




先ほどまでの戦闘の所為で静まり返った部屋に響く声。ヒソヒソと相談するような声がそこら中から聞こえて来る。助けてやる条件が聞こえていなかった者もいるのだろう。もしくは、疑い少しでも安心できる材料が欲しいと周りと話し合っているのかもしれない。


そうして十数秒程経った頃におずおずと一人の人物が声を上げた。



「本当に助けてくれるの?」



檻の柱を両手で掴みながら話しかけてきたのは額から二本の角を生やした鬼人族の女性だった。


おっとりというか優しげな顔立ちは争いごとを好まないであろう感じを受ける。同時にこの場にいるのが似つかわしくない雰囲気を纏っている。それは母性とでもいうべきものだろうか。


鬼人族は龍などには及ばないものの人間を凌駕する凄まじい膂力を持っている一族だ。


ラグリアといつも一緒に行動しているヴァイン・シリウスも鬼人族であるが、彼の場合は少し違う。


鬼人族には吸血鬼の力を持った種族とそうでない者がおり、吸血鬼の血を受け継ぐ者しか扱えぬ魔法もあったりする。個体数が非常に少なく鬼人族の国では吸血鬼の血を持った者はどんな生まれであろうとも上に立つ存在となることが決まっている。


鬼人族の女性の問に「条件を飲むならな」と返すセリム。


セリムとしては関わりがある鬼人族はラグリアのところのヴァイン・シリウスとフォルカ・モルーガしかいない。


知っている二人は冒険者ランクで言えばAは軽く凌駕する実力だと言うのは知っている。特にヴァインに関しては吸血鬼という事もありSランク冒険者をも超えているという情報を耳にしていた。


この女性のステータスを視てみないと分からないが、鬼人族は筋力値に関しては獣人をも凌ぐという話を小耳に挟んでいる。それだけに使えるかもしれないというも思いはあった。


女性が考えるような仕草を取ると近くの檻に入れられていた男性が声をかけてくる。疲労からなのかやつれ、覇気がない。


中年サラリーマンみたいな感じだ。見た目は人間と大差ないが、獣人の中には鳥人と言われる鳥型の獣人もおり、鳥人は獣人としての姿を見せなければ見た目は人間とまったくと言っていい程変わらない。よってどういった種族か判断がつかない。



「さっきの条件を飲めばいいんなら…俺を、ここから、この場所から出して欲しい」



チェルへと振り向き顎で先程の男を指し示す。



「ほいよ。この男はタダでくれてやるが、他はしっかり金取るからな」



知っているとばかりにチェルを無視すると先程のおっとり感のある鬼人族の女性へと声をかけた。



「助けて欲しい…けど、私にできるかどうか…」


「そんなのは知らん。やるかやらないかの二択だ」



セリムのあまりに素っ気ない返しに唇を噛み締め考え込む女性。と、その時先程の男性が檻から出され足に嵌められた枷などを外されている光景が映る。


その光景に周囲から本当に助かるのかもしれないとザワザワし始める。


周囲がどうする?と焦ったような声がそこかしこで聞こえ始めると鬼人の女性もそれに当てられたのか、より一層眉間に皺を寄せた。


先程の男性が枷の取れた足を触りながら「とれた…」という言葉を呟いた。


声は小さかったが不思議なことによく響いた。解放された嬉しさの言葉が聞こえ渡り、それが女性の心の最後の壁を破壊したのか、鬼人族の女性も出して欲しいとはっきりと言葉にした。



「で、お前はどうすんだ?」


「私は…」



それなりの時間が経過した今、もう一度ルインに問いかける。だが、まだ答えは出ていないのか声に自信がない。



「…何故お前がここにいるのか知らないが、孤児院の奴らにもう一度会いたくはないのか? それともここで他の誰かに買われるの待つか?」



それは自身の元に来れば孤児院の奴らともう一度合わせてやるというセリフに聞こえた。同時にでも何故?という思いも過る。何で自身に拘るのかが理解出来ない。


多くの奴隷がいるのだから他を探せばもっといいのが見つかるかもしれないのに…と。


孤児院のみんなに会いたい。セラに会いたい。ただいまって挨拶をしたい。おかえりって笑顔で出迎えて貰いたい。そう思ってしまう。


ここにいたらその願いは叶うことはない。なぜならここに連れて行かれた孤児院の子達の結末を知っているから。



――答えは出た。



「…もう一度みんなに、会えるなら」



しかとルインの覚悟を聞き届けたセリムは顎で指示を出す。



「これでもこの組織のボスなんだからよ。顎で使わないで欲しいものだが…」



そう文句をいいながらも部下に指示を出し、ルインを檻から出していく。その光景を見ながらセリムは仮面の下で一人口元を歪めた。



――使い勝手の良い駒が手に入った、と。



セリムがルインに拘ったのには無論理由がある。


奴隷という身分で言うことを聞かせること以外に、恩を売ることで鎖を付け縛るといった思いがあった。


買い取った奴隷三人の内二人の素性はまったく知らないが、ルインに関しては大凡把握している。だからこそ弱点を付き揺さぶることで落とし、同時に孤児院というルインに対して有効な手札を手に入れ、縛り上げた。こうすることで早々に裏切ることはなくなったというわけだ。


セリムが欲しかったのは裏切らず命令どうりに仕事をこなす駒だ。



「これで全部か?」


「あぁ。いくらだ?」



希望の糸が途切れる言葉に周囲から「待って」だの「出してくれ」や「条件飲むから」と言った声が聞こえてくるが全てサクッと無視する。




別に三人限定と言うわけではないが、あまりに多く買うと面倒を見るのが手間がかかりすぎるためにとりあえず今回は…と言うふうに決めていた。



「全部で金貨五枚くらいかな」




高くも感じる値段だが、奴隷など初めて買うセリムは当然どれくらいが平均なのか知らない。


よってまぁいいか…とエドガーからカツアゲ同然にもらってきた革袋を投げ渡す。


購入するのは全部で三人。種族も年齢も性別も違うことや身奇麗であり管理状態もいいことから最初に案内された場所よりも高くつくだろう。


革袋の中身を確認し終わったチェルから「足らんぞ」といった言葉をもらう。しかしながらセリムの所持硬貨は渡したもので全てだ。まさかの事態にお門違いではあるがエドガーに舌打ちをする。


どうするかと悩んだ末に金になりそうなものがなかったかを思い出しながらリングから取り出しては仕舞いを繰り返す。


繰り返すこと数回、不審者を見るような視線を向けられながらようやく纏まった金になりそうな物を取り出す。


それは人の頭部よりも二回り以上は大きな魔石だ。


取り出した魔石を投げ渡すと変な声を出して慌ててキャッチするハワイアン。



「あっぶなぁ~ …これ何だ?」


「魔石だ」


「いや、それは見れば分かるから。聞きたいのはそこじゃなく金は?」


「ない。だからその魔石で何とかしろ。売ればお釣りがくんだろ」



堂々と言われ思わず呆れてしまうチェル。溜息を吐くと魔石を確認していく。


大きさからして間違いなくAランク以上であり、内包魔力も多く感じられる。セリムの言った通り不足分を補うに足り得るものかもしれないが、それは素人目にはわからなかった。



「悪いが、これギルドは…難しいか。取り敢えずどっかで確認しないとだから部屋で待つことになるけどいいか? それと念の為に確認しとくけど、これ何の魔石だ?」



何だったかと視線を虚空に向けることしばし。



「竜だったか… まぁなんでもいいだろ」



そこかなり重要なところだろっ!とツッコミを入れるチェル。セリムの話が本当であればこれは"竜"の魔石ということだ。


思わず驚いてしまう。


下級の竜はあったがここしばらくこれほどまでに巨大な竜の魔石は扱っていなかったのだ。


自身の護衛を圧倒した力と、竜の魔石に価値を見出しながらも興味が無さげな態度に感心しながら、セリムを別室に案内するように部下に命令を下す。



「取り敢えず、確認が終わるまでは奴隷は渡せないからここにいてもらうけどいいよな?」



本来はスキルを得ようと奴隷を買いにきたのだが、思いっきり目的がズレてしまったことにため息を吐きつつ、まぁいいかと頷きを返す。


それから案内にしたがって別室へとついていくのだった。


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