第84話届かぬ想い 変わらぬ意思

急襲されたことにより大事な勧誘を邪魔されてしまったラグリアだったが、今はそれよりも襲撃を仕掛けてきた人物に意識を払った。


若緑色の外套に身を包んではいたもののラグリアはそれが誰なのか多方の見当がついていた。



(私の知る得る限り、このレベルの速度、剣技…いえ刀技? でしょうかね…を使う人物はこの世界に一人しかいません。刀を使う人は他にもいるでしょうが、しかしその中でも貴方は別格です。何もかもが…)



しかしいくら正体の見当がついていたとしても…いや、ついているからこそ困ったと言う表情を作るラグリア。


刀をもった人物の足元にはセリムとの契約の際に貰う予定だった冒険者二人が横たわっており、このままでは奪われてしまいかねない。



「ハルトさん。いきなり襲い掛かるとは危ないと思いませんか?」



一瞬の静寂のあと外套を着た人物は溜息を吐く。



「いやさぁ~、折角顔隠して登場してんだからそこはさ、名を出すのはやめてほしいんだけど、ねぇ」



そう言ってもう隠す必要も無くなったのか外套を脱ぐ。


露わになったのは炎のような真っ赤な炎髪。顔は目元だけをくりぬいた白い仮面をつけているが、正体が分かってしまった現在は付けていて意味があるのか疑問だ。


服装に関しては鎧などは着けておらず上はレイヤードスタイル、下は黒めのズボンに膝近くまであるブーツという出で立ち。



「それはすいません。何分私は戦いは苦手なものでして…戦場ではそういった作法があるとはつゆ知らず」



嘘つけと言いたくなるのを堪えながら外套をリングへとしまっていると、森の方から草木をかき分けるガサガサという音が聞こえる。



「こちらの治療は終わった。さっさとそこの二人を寄越せ」



森の中から現れたのは人物は少し前にセリムによって致命傷を与えられたアーサーを脇に抱えている。


ハルト同様、若緑色の外套を着ている。しかし人間で言う耳のある位置が妙に膨らんでおりエルフの種族的特徴が露わになっていた。声を聞く限りでは女性だということが分かる高い声だ。


へいへいと気怠るそうに返事をしながら地面に転がっている二人の襟首を掴むとポイッと投げていく。一人目を投げると「こら、投げるなっ!」とお小言をもらい、やむを得ず二人目は肩に担ぎ運んでいった。



「こっちは何とかしとくから、早くあの白髪の少年に話をしてこい」



外から見たら分からないが嫌そうな顔を作り出す。それは顔だけに留まらず全身からあふれていたが、エルフの女性はそれをサクッと無視し二人の治療に入る。



「いや、でもね。さっきあの子さ…世界を敵に回すみたいな…ちょっと頭のイタイ発言してた訳だよ。それに見たでしょ・・・・・、村での暴れようを…」



村での出来事と先ほどラグリアとの会話を盗み聞きしていた段階でもう仲間にならないな!と勝手に決め付けてしまっていた。


よって、今更どんな面して勧誘しろと?とかなり焦っていた。だが、その現場を見ていないエルフの女性は知らない為にいつもの怠け癖だと思い相手にしない。


ダメかぁ~と悲壮感漂わせながらも渋々話しかける。



「えぇ~と、そこの少年。前にネルファから聞いてると思うんだけどさぁ…どう?」



ちょっとそこまで行かない?的な軽い感じで親指を背後に向けるハルト。


まったくもって世界に悪名轟く神敵者集団の組織勧誘ではない。


軽い、あまりにも軽すぎる誘いに誘われた本人であるセリムは理解する気がないのか、がっつり無視を決め込む。


無視された本人は少し寂しそうだ。



「おやおや、ハルトさん。人が勧誘している最中を邪魔した挙句、勧誘ですか… 礼儀がなっていませんね。親御さんに教わらなかったのですか?」



親と言う言葉に反応し、今まで哀愁漂う感じだったハルトの雰囲気が一変した。


肉食獣のいる檻に放りこまれたかのような恐怖を抱かせる。普段の行動からは全く想像できない程に極限まで研ぎ澄まされた殺意とでも言うべきものを放っていた。


普通ならいきなり変わった雰囲気に疑問を抱く所だが、そんなものを挟める余地の無いほどハルトから放たれる圧力は凄まじく、今までに感じたことのない圧力にさすがのラグリアも”親”の話題を出したのは不味かったと頬を汗が伝う。



「申し訳ありません、茶化しすぎましたね。私は今ここで貴方とは戦う気などないので今日の所は用事を済ませ次第帰らせて貰いますよ」



ハルトの実力を一端ではあるが知るラグリアとしては、今ここで殺し合いをした場合、両者共にただでは済まない事を知っている。


下手をしたら自身が死にかねない。復讐を果たすまで死ぬなど出来ない。



「では、セリム君。君の答えを聞かせてもらえますか?」



この場にいる者の全ての視線がセリムへと突き刺さる。



グラムールあんたらと俺は目的が違う。復讐を成す、それが今の俺がやらなければならない事だ」



言うとリングから一枚のカードを取り出した。皆の視線がセリムからカードに移る。


何かを念じるように目を瞑り、数秒して開く。念じた事の結果が表れているのをカードを見て確認したセリムは、ある森の一角ーーキーラとクロの二人が逃げた道の脇にカード飛ばした。


ザッと言う音とともに地面に突き刺さる。



「ではセリム君。行きましょうか」



ラグリアに促され、かつて一緒に過ごした者達に背を向けたーー



「そっちに行くと生き辛くなるぞ。今ならまだ戻れる」



今まで二人の治療をしていたエルフの女性が話しに加わってくる。



グラムールそっちに行こうがルヴァンシュこっちに行こうが俺にとっちゃどっちも変わねぇんだよ。なら自分がやりたいようにできる方に行く…それだけだ」



肩越しに振り返ると今更な事に冷ややかな視線を向けて答えた。


変わらぬ意志を伝えると、再び背を向ける。



ラグリアが虚空に向けて手を翳すと人が二人並んで通れる位の裂け目が出来上がる。そこへフォルカを担いだヴァインが合流、既に傷は癒えているが服がボロボロだ。


フォルカの方も傷は癒えているのだが血を失いすぎたのか、ぐで~としている。



「キシッ この借り、必ず返す。 キシシシッ」


「はいはい、分かりましたよ。ですがその姿では格好つきませんよ」



ポンとお尻を叩くラグリアに「エッチ…」とどうでもいいやり取りが行われる。それを見ながら「先に行ってる」とヴァインを筆頭に空間の裂け目に入っていく。次いでカルラ、セリムと入ろうとした瞬間ーー



「セリムー!」



森の中から飛び出してきた少女ーーキーラが叫び声をあげ呼びとめた。


だが一瞬振り返るも興味ないとばかりに裂け目の中へと姿を消してしまった。


消えていく背中をただ見つめることしかできないキーラ。連れ帰ることはおろか、止めることもできない。


遠く、遠く、遠い背中。今はただ自身の力の無さを悔いるばかりであった。


こうしてセリムことセリム・ヴェルグは復讐と言う名の狂気に囚われ全てを捨てた。


あとに残ったのは悔しさで顔を歪ませた面々だけだった。




ーーーーーー




セリムが敵に回り、戦闘の爪痕だけが残る場に森の中から幾人もの冒険者達が姿を現した。


皆、複雑な表情を浮かべている中で、キ―ラとクロは一際暗い。セリムと過ごしていた時間が結構あったのだから仕方ないだろう。



「何で見逃したのにゃ?」



クロがきつめの口調で白仮面の人物ーーハルトに問いただした。


森の中からハルトとセリムが戦っているのを目撃していた為にでた言葉だった。


クロの見た感じではハルトがセリムと互角、いや上回っているように見えた。ただこれは八つ当たりに近いだろう。自分が出来ないから出来る奴が止めるべきだと言う…良く言えば適材適所、悪く言えば責任転嫁、だろうか…


そんな八つ当たり気味の言葉をぶつけられたハルトだったが、特に気分を害することもなく事実を伝える。



「まぁ、止められただろうねぇ。仮にあの場の全員が同時に向かってきても負けないだけの力はあると思うよぉ。ただ勝てるかどうかは別だけどね」


「なら、何故だにゃ…」


「そんなの決まってんでしょ」



足元で気を失っている三人に目をやり、次いで他の面々へと向ける。



「こんな事言いたか無いんだけどさぁ、本気で戦ったら君たち死んじゃうよ」



それは平然と当たり前に告げられた”弱い”と言う事実。


直接弱いと言われたわけではなかったが"死ぬ"言う言葉は”弱い”と言われるよりも確実にその場にいる皆の心に突き刺さった。


でも、まぁと続けながらセリムが放ったカードの場まで行く。


拾い上げカードを確認するとーー



「ここから先、君たちが戦闘に参加してもただ死ぬだけだし、家族の待つ家に閉じこもって大人しくしてるとイイよぉ。ホイ、これ返す」



冷たいようにも感じられる言葉だがこれが現実だ。セリムと戦うのであれば少なくともSランク冒険者、下手したらSSランクにでもならない限り戦えない。


ここから先の戦いは今まで経験したことのない領域に足を踏み入れることになるのだ。生半可な力など役に立たない。寧ろセリムにスキルを喰らわせ、強化させるだけだ。



「はぁ~ これ絶対怒られるよなぁ~」



拾ったカードを返すとそんな事を言いながらハルトとエルフの女性は森の中へと消えていった。


木や草に姿を隠されていく二人の後ろ姿を見とどけるとキ―ラは受け取ったカードを見る。



「これって…」



そこに書かれていたのはーー



神喰ゴッドイーター




神敵スキルが表示されていた。





ーーーーーー




三週間後。


この短くも長くもある期間の中で色々な事が起こった。


まず、セリムが神敵者だと世界に知れ渡り、正式に八つ目の神敵スキル保持者として世界の敵として周知された。

そして殺害もしくは捕縛の命が下った。


関連して都市アルスにて冒険者となったセリムの事で、知っていたのに匿っていたのでは?と言う疑いが掛けられ、ギルドマスターであるレイニー・グレイシアとアルス領主のヴラド・サキュレータが王都へと呼ばれた。


セリムが居たと言うことで都市アルスに聖騎士が派遣されることになった。表向きは事情聴取ということになっているが、実際はアルスの者たちがセリムと繋がっているのでは?と監視の名目の方が強いだろう。


セリムが神敵者だと世界に知れ渡った直後、都市アルスで関わりのあった人たちは皆一様に信じられないと言った顔をした。


ただそれを否定するように証拠として提示されたギルドカードに記は、”神喰ゴッドイーター”と言う文字と指名手配として張り出されていた情報が一致した。それにより認めざる得なくなった。


それでも助けてもらったり、一緒に過ごした関係のある者達はきっと何か理由が…と考えたりした。だが、セリムの裏切りの場にいたキーラやアーサーと言った面々は複雑な気分だった。


その場に居合わせていたおかげ…もしくは所為でセリムが本気で敵に回ったのだと知っているのだから。




ーーーーーー




「ん んぅ~」



大きく伸びをして身体をほぐし眠気を払う。寝起きと言うこともあり乱れた髪を手櫛で梳かしながら物思いに耽る。


セリムが消えてから三週間。いつまでも変わらないと思っていた日常は変わり、心にぽっかりと穴が開いたような空虚な気持が胸の中にあった。


ギルドに行っても、もう待っていない。一緒にどこかに行くこともない。



「でも、私は諦めないから…絶対に」



セリムに買ってもらったリングを見つめながら新たに決意する。伝えたい事がある。その為にまずはセリムにもう一度会わなくてはいけない。だが、会えるとすればきっと戦場だろう。そこで必要になるのは力だ。



「さてっ 今日も頑張るぞ!!」



気合いを入れるように両頬をパシンと叩き勢いよくベッドから立ち上がり、支度を始める。


碧眼の瞳に強い意志を宿し、今日もギルドへと向かうのだった。





ーーーーーー




太陽が真上よりも東、時刻に表すならば九時位だろうか。



「今日は何かいい依頼あるかなぁ」



ギルドの依頼が張られたボードを見つめるながらつぶやく。あの日から毎日休まずに依頼を受け続けている。少しでも多くこなしてランクを上げて、より強いモンスターと戦う経験を得るために。


しかし、今日は依頼ではなくダンジョンへと赴く事になっていた。依頼を見ていたのは単についでにこなせるものがあれば…と言うものだ。


今回潜る予定になっているのは、かつて一度は攻略した"闘技のダンジョン"。


以前は安全がかなりと言ってもいい程取られていたーーアーサーが居たーー為に然程の危険もなかった。前衛はセリムが努めてくれたお陰で後方から魔法を放っているだけで良かった。


普通に冒険者として生きていくならば後方支援として役目を果たせればいいだろう。だが、キーラの抱く想いを叶えるためにはそれだけじゃ足りない。


もっと力が必要なのだ。仮に前衛職とサシで勝負しても勝てるような。



「待たせたな!」



背後からの声に振り向けばここ最近行動を共にすることになった冒険者、ベルが立っていた。


かつてCランクのランクアップ試験で一緒になった事もあり、現在こうしてパーティーを組んでいる。



「他の三人は?」


「知らないぞ」


「そう、私は三人が来るまでそこら辺に…何よ見つめて」



こちらをマジマジと見つめるベルに何だか違和感を覚え問いかける。



「なぁ~んか変わったなあ~と思って…」



何を言ってるのか分からず首を傾げるキーラ。



「だって、オラとパーティー組み始めた頃なんか…今みたいに待たせると「遅いのよ!」って怒鳴ってきたのにここ最近はなんかお淑やかになった?」


「何で疑問形なのよ! それにベルの言い方じゃ今までの私はそうじゃなかったみたいじゃないっ!」



ムッとした顔になり、ベルの頬をつねる。「いふぁい、いふぁい」と言いながら事実なんだからしょうがないだろうと返そうと思ったベルだったが、これ以上は身を滅ぼしかねないと自重する。


そんなことを考えているとギルドの入口に目的の三人の姿を見つけ指を指すことで教える。つねられ赤くなった頬を摩りながらキーラの後ろをついていく。



「みんな揃ってるね」


「いやいや揃ってるも何もリアナさんが寄り道して遅くなったんですよ」


「ラッツの言う通りですよ」


「そういうメルだってノリノリだったくせにさ、私一人に責任を押し付けるとは教育が足りないようね」


「え、いや・・・アハハハ」



合流した三人が邪魔になることもお構いなしに入り口付近で責任の擦り付けをする様子を見ながら、仲が良いわねとどこか遠い目をしたキーラが見つめていた。


こうして合流した五人は"闘技のダンジョン"に向けて旅立ったーー


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