第73話神喰VS悪魔Ⅱ

「ふざけるっ 下等生物がっ!」



己が招いた結果を受け入れられず怒りを露にする悪魔。


かなりのところまで追い込んだのだ。そこからまさかの逆転。自ら敗北を望むものでもない限り、到底許容できるものはない。今後の為に・・・・・だとか気にしている余裕もなければ意味もない。


この戦いを勝ち得なければ何も得られないのだから。


洞窟内の窪みの中は整理整頓がなされ、岩を削って出来た家具などもある。


椅子に棚、机。まるで人間を真似たかのような感じだ。とは言え、ただ岩などを削って作ってあるだけで表面は滑らかとは程遠い。ゴツゴツが目立つ。



「グッ!」



失った腕から今もなお漏れ出る黒い靄。そして耐えようのない痛み。呻き声を出しつつ歯を食いしばり目的の物を棚の中から探し出す。


窪みの外では戦闘が再開されたのか音が響いてくる。


棚には幾つもの瓶が置いてある。中には空瓶や変な色をした液体が入った瓶など様々。その中に顔を突っ込み瓶を掻き分けながら探す。


腕があればもっと早く探し出せるものを…とセリムに対しての怒りが増し、探すのが雑になる。それにより先にも増してイライラするという悪循環が生まれていた。


そんな負の連鎖に捕らわれ始めていた悪魔だったが、ようやく目的の瓶を見つける事に成功した。


目的の瓶を見つけると勢い良く噛みつく。瓶にヒビが入るが、そんなことは気にしない。気にしている余裕はない。


窪みの先にから聞こえる戦闘音の響く方に視線を向ける。



(待っていろ、この借りは必ず返そうぞ)



憎悪の炎を燻らせながら加えた瓶を噛み砕き、中に入っていた黒色の靄を吸い込む。


すると失った両腕、抉られた傷から出ていた靄が止まり傷口が再生しだした。


それだけではなく頑強な筋肉に覆われていた肉体が膨れ上がるように巨大化、以前よりも一回りほどサイズが大きくなった。髪も伸び、纏うオーラが以前よりも濃い。



「これだ、これこそ我が力…」



窪みの外を睨みつつも、力を手にしたことで高揚、笑い声を上げる。だが、これでは足りないと更なる力を求める。机を蹴り飛ばし地面に刻まれた魔法陣を起動させる。


黒き発行が沸き上がると洞窟の四階層へと転移した。




一方――


悪魔の逃亡を許し、再生スキルを持つ厄介な敵に囲まれていたセリム。専用スキルである呪印カースが切れたことにより身体は鉛のように重くなっていた。


だが、諦めた感じはない。寧ろ悪魔を仕留めるのを邪魔された怒りを晴らすように低い声で威嚇した。



「邪魔すんじゃねぇよ、雑魚ゴミどもが」



そうしてワームとセリムとの第二幕が上がった。






「まだだ、まだ足りない」



壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返しつつ上層階を目指して進む巻角悪魔。道中現れるモンスターを全て殺して喰らながら進んでいく。 その度に悪魔は少しずつだが力が増していた。


悪魔とは本来この世界の生き物ではない。魔界と呼ばれる別の次元に存在するものである。


悪魔は魔を統べし者によって統括されている。故に本来、この世界では存在し得ない。儀式により呼び出すなりする他にない。


この巻角悪魔も例にもれず悪魔召喚によってこの世界に召喚された存在である。


遥か昔、帝国領のとある村でそれは起こった。




ーーーーーー




夜が世界を覆い、辺りが完全に闇に染まった時分。


森に囲まれたその村は、あまり外から人がやってくることもない静かな場所だ。唯一家から漏れ出る火の明かりや見張りの声だけが人間がいることを教えてくれる。


その日も村人たちはいつものように仕事を終え、家路へと付き自宅でのんびりと過ごしていた。ごく僅かの周囲を警戒する男たちを残して。


この村は森に囲まれている為、モンスター等が侵入することがある。その為見張り櫓や村を囲むように建てられた柵が備えられている。


異変があればすぐに察知出来るようになっているのだ。


そして異変に気付くのが一番早いのが櫓に立っていた人物だったと言うのは必然だろう。


最初に聞こえてきたのは森の中を駆ける馬の音と鎧同士が擦れるような音だった。



「何だ?」



手を額に当て、目を眇める村人の男。モンスターが攻めてきた時のような音ではない。怪訝な表情となる。


時刻は既に遅く、こんな時間に訪ねてくるような者たちに身に覚えもない。柵の外にて警戒にあたっていた男が何か見えるかと質問した。明かりがなく、木々が影になって何も見えないと首を振る。


しかし音はどんどんと明瞭になっていき近づいて来ているのだけは分かった。



「取り敢えず、武器を持つように村の皆に伝えてくれ。それから出来ればでいいんだが様子を伺う事は可能か?」


「分かった。様子の方はコミットさんに頼んでみるしかないだろうな」


「そうか、ならコミットさんにお願いしてくれ」



了解と男はコミットと呼ばれる男の家に向けて駆けていった。櫓に立っていた男は、念の為に備え付けの金属版を棒で叩き警戒するように村中に伝える。


しかし、鐘の音は途中で止まった。男の額に矢が突き刺さったが為に。


額から血を流し、たたらを踏んで櫓から落下、どさりと言う音に鐘の音を聞き家の中から出てきた者たちが悲鳴をあげた。


声は侵入者によって遮られた。柵を破壊し数十人の騎兵が突入してきたのだ。



「ここにいる者全て殺せ、一人たりとも逃すな!」



指揮官らしき男が指示を出すと、騎兵は一斉に腰の剣を抜き、村人を襲い始めた。


夜の森に村人たちの絶叫が響き渡る。助けて、許して…様々な声が重なり阿鼻叫喚の地獄絵図だ。そんな状態の中でも鎧を付けた騎兵たちの刃はよどみなく村人たちを蹂躙していく。


家の中に入ろうが森に逃げ込もうがおかまいなしに。唯一この村にいた元冒険者の男、コミットがなんとか戦っていたが多勢に無勢。背後から斬りつけられ地に伏した。


多くの村人たちが凶刃によって命を奪われる中、まだ生き残っていた二、三人が村長の家へと慌てて駆け込んでいた。



「村長、もうダメだ。皆やられちまった」


「今こそあれ・・を使うべきだ」


「それしかない。ある程度の犠牲は仕方ねぇ」



男たちは焦りながら村を救うための、生き残るための手段をとってくれと村長の老人へと詰め寄る。



「分かっておるのか? あれを使えば下手したら儂らも危険に晒される。下手したら街や他の村をも襲いかねんのじゃぞ」



そう言ったものの村長自身助かる術があれしか無いのも確かか…と分かっていた。


だが今後のことを考えると中々踏み切れない。その時、家の直ぐ手前で人の悲鳴が聞こえた。それを合図にしたかのように男たちが「村長!」と怒鳴った。



「やむを得んか…」



村長を含む男たちは部屋を進み、使われていない一室へと移動した。家具などは一切置かれているおらず殺風景な部屋だ。


村長が床に手を這わせる。指が欠けた床板を捉えると、引っ掛け一部を持ち上げた。


そこには直径一m程の血で描かれたような魔法陣がある。



「では、始めるぞ」



しわがれた声で村長が告げると男たちは頷き了承の意を伝えた。



「どうだ、粗方殺し終えたか?」



指揮官らしき男が部下に問いかける。



「そうですね…あと幾ばくもしないうちに全て片が付くと思います」


「そうか。なら全員に伝えろ。証拠を残さぬよう…」



そこまで言ったところで言葉は途切れた。ある家から天に向かって紫色の光の柱が立ち上っためだ。


疑問を抱くも直後、それは判明した。


突風と共に光を上げていた家が消し飛び、煙があがった。驚くのも束の間それは・・・姿を顕した。


煙が覆うなかでもハッキリと分かる人間とは違った姿。顕れたのは頭から巻角をはやし、浅黒い肌をもった存在だった。


まるでどこかの仙人のごとく下半身に黒布を巻き付けているが上半身は裸だ。


人間とは違った雰囲気をかもしながら姿を顕したそれは、手を閉じたり開いたりして確認を終えると周囲を睥睨する。その視線はある一点で止まった。



「ふむ、人間か。ということはここは人間の世界か…」



感慨深そうに言葉を紡ぐと己の力を確認するように魔法を発動する。



黒影幻翔破インヴェルズ・エン・ブレイズ



黒色の波動が身体から全方位へと放たれる。生物としての本能があれをくらってはマズイ!と指揮官の男の中で警鐘が鳴り響く。



「か、回避っ!」



咄嗟に指示を出すも時すでに遅し。放たれた黒いオーラが当たり一帯にいた騎兵たちに到達、通り過ぎた。


死を覚悟し目をつぶっていた兵士だったが、特に何も起こらなかった。何だ? と自身の身体ををペタペタと触る。だが、それはまだ起きていなかった・・・・・・・・・・だけであると直後に知ることとなる。



「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」



突如声を荒げ馬から落下する。だが、落下の痛みなど気にしている余裕もないほどの痛みだ。



「一発で死なない所を見ると人間どもが頑丈なのか、我の力がまだ完全ではないのか…先程の人間達だけでは足りなかったか…何れにせよこの人間どもを喰らえば良いか」



先程、召喚されたときにいた人間は、全てを喰らっていた。が、どうやらまだ不完全だった。


しかし、不完全な力でも目の前の人間たちにとっては十分。とくに外傷などなく無傷のように見えるが皆一様に熱い、焼けるなどと叫び続けている。



「幻炎に焼かれているだけだと言うのに大げさな人間どもだ」



やがて熱いと狂ったように叫び続けていた騎士含め、馬がこと切れ動かなくなると目から光が消えた。


幻炎に焼かれ続けることに精神が耐えられずに崩壊し、そのまま死んだのだ。


「脆い生き物だな人間とは」と独り言ちると徐に死体に向かって歩を進める。


無造作に鎧を着た人間を掴むと貫手を繰り出し兵士へ突き立てる。勢い良くささった貫手により鎧は砕け、悪魔の腕を伝い血が流れ落ちる。


手が突き刺さった部分から黒い靄が腕を伝いながら悪魔の身体へと昇っていく。まるでスポンジが水を吸い込むかの如く靄が悪魔の身体に吸い込まれていく。粗方吸い込み靄が出なくなるのを確認すると腕を抜き、次の死体へと向き直った。


悪魔とはこの世界の生物でない、この世界では悪魔は存在しているだけでエネルギーを消費し続ける。エネルギーが尽きればこの世界から消えてしまうのだ。故に悪魔は常にエネルギーを摂取、もしくは受肉を行う必要がある。


悪魔のエネルギーとは生物が持つ感情、正確に言うならば負のエネルギーを食らう事で存在するためのエネルギーの確保、パワーアップなど出来る。受肉とは言葉通りである。生きた人間に限られるが肉体に入り込み身体を乗っ取ることだ。


そうして殺した全ての者から負のエネルギーを吸収し終えると「まだ足りんな」と一言呟き、夜の闇が支配する森の中へと消えた。


この後この事件は帝国に知られる事となるが、初めはいつもの王国側の嫌がらせだろう程度位しか考えていなかった帝国政府。


やり返そうという意見も出たが、詳しい調査の結果、悪魔を召喚する魔法陣が見つかり事態は一変した。


その後、調査を続けたが結局悪魔を発見することには至らず、帝国はこの事実を伏せることとなった。




ーーーーーー




悪魔は召喚の際に負のエネルギーを持つものを生贄に召喚される。その為核になった者の感情を宿す。


今回に限っていえば…と言うよりも大抵の場合、怒りや恐怖、悲しみ、そう言った負のエネルギーが悪魔の中に宿り、それが行動の指針となる。


セリムと戦った悪魔は、人間を殺して殺して殺しつくす。それを目的に行動していた。


だからこそセリムを、人間を殺すために力を求めて上階をへと進んでいく。


道中遭遇する雑魚モンスターどもを殺しエネルギーを蓄えつつ己を強化、未だ消えることのないセリムへの怒りに身を焼かれながらただひたすらに上階を目指した。





「はぁ はぁ はぁ」



息を切らし数多の傷を負いながら何とかワームとの戦闘を終えたセリム。現状ワームを殺す手段がない為に攻撃を往なし避けることが精一杯だった。


悪魔が消えて行った窪みへと入る。ワームどもは窪みの中には入ってこようとはせず、何とか安全は確保できたと息を吐き出す。



「悪魔は…いないのか」



周囲を見渡しどこに言ったのかと探していると地面に刻まれた魔法陣へと視線が向いた。


指で魔法陣をなぞる。この魔法陣が何なのか調べる。が、知識のないセリムにわかるはずもなくため息を吐くと、「試してみるしかないか…」と魔法陣の上に立った。



「あ? 何も起こらん…」



ダンジョンにあるものと同じく勝手に発動するものと思っていたが、見当が外れた。次は魔力を流して試す。


すると魔法陣は光りを放ち輝き始める。辺り一帯が光に包まれたかと思うと見覚えのある洞窟内へと移動していた。



「転移魔法陣だったか…」



見覚えのある洞窟内を記憶を頼りに進む。ダンジョン自体は複雑な構造はない。浅層ならセリムにとっての脅威となるモンスターもいない。


とりあえずは悪魔が奇襲を仕掛けて来ないか警戒しつつ上階を目指した。



数十分掛け一階層目に辿り着くと、前方数十m先に洞窟の終わりを告げる入り口の明かりが見える。



「結局悪魔はいないのか?」



疑問に思いながらも進み洞窟内から出た。辺りは来た時となんら変わらない緑色の木に囲まれ草の匂いだ。暫く辺りを見渡していたが悪魔の気配を感じられず、舌打ちをする。


その直後だった。何かが落下してくる風を切る音が聞こえた。上を見ると黒い塊が迫って来ていた。



「っ…」



幾たびもの戦闘により疲弊した身体を叱咤し、回避。地面に黒い塊――岩の塊が落ちて砕けるのを見届けるな否や、またしても風を切るような音が聞こた。


またか…と思いつつ回避しようとしたが身体に痛みが走り回避が遅れる。黒い塊が腹部に落下、馬乗りのような態勢となった。



「ガハッ!」



盛大に吐血、一瞬意識が飛びかけそうになる。だが、目の前に現れた存在ーー悪魔を見て意識を繋ぎとめた。



「人間がぁぁ」



どこか粘り気のある粘着質で不快な声を上げながら拳を振り上げ連続で叩きつけてくる。



ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ!



振り下ろされる拳の連打。負のエネルギーを吸収したことで相対した時よりも一回り以上大きい。放たれる拳は威力もスピードも桁違いになっている。


疾風怒濤の連打、まるで嵐の中にいるような衝撃に襲われる。


一瞬にも永遠にも感じられた殴打が止む。土煙が上がり視界が遮られる。



「ハッハハハハハ。ざまぁないな人間がぁ!」



人間を見下すとまた殴り始める。まだまだ怒りが収まらんとばかりに、何度も何度も。


普通に考えれば下にいる人間は肉をまき散らし血の華を咲かせている。だが、そうだったとしても悪魔は止まらない。ただ怒りを、憎しみを、自分が満足するまで叩きつける。


哄笑しながら尚も叩き付ける。そして粗方満足したのか振り上げた拳を止めた。



「ッ!」



拳に痛みを覚える。確認してみると浅黒い肌の中にあっても分かるほど黒く炭化したような皮膚があった。



「何だコ…グハッ!」



煙の中から伸びる灼熱の剣。それが腹部を貫き背中まで貫通していた。何が起こったのか意味が分からないと目を凝らし剣が出現した場所を見る。



「二回も言わせんなよ。…人間じゃねぇと言っただろうが」



響き渡るは殴り殺したと思っていた取るに足らない矮小な人間…否、下等な生物の声。


まるで殴られた・・・・・・・事など無かった・・・・・・ようなダメージを受けた事を感じさせないハッキリとした声。


煙が晴れていき見えたのは、陽炎のように揺らめく物体。高温の熱を放つ真っ赤に燃えた炎の塊だった。


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