第62話衝撃

アルフヘイムへの侵攻から五日後。クロント王国の北東にある国アルフレイム。再度の侵攻があったことは既に世界に知れ渡っていた。その中で今、世界は訳が分からないと言う困惑の感情で埋め尽くされていた。


と言うのも、アルフレイムへの侵攻の話が伝わってきたのと同時にその現状についても伝えられた為だ。一番にその情報を得たのは隣国のドワーフだ。そこから世界へ向け情報が発信され各国が調査に人員を向かわせ確認をしたのだ。


そして調査へと向かった者たちから齎された報告はアルフレイムは人一人見受けられないは廃国となっていると、ドワーフからもたらされた情報を改めて確認させられる結果となっただけたった。



それを受けた国々は各々何が起こったのかと話し合いが行われていた。クロント王国領王都クロスでも例外ではなく、国のトップの者達を集め話し合が行われていた。


王宮の一角に設けられた円卓のテーブルのある部屋。約六十畳もある部屋の中心には、数十人が一堂に会せる程の大きな金と赤色の円卓が置かれ、その周りには机と同じ色の椅子が数十脚並べられている。


現在そこには国王、騎士団長、魔術師団長、研究所長などと言った実力者や権力者と言った力を持つ者が数十人集まっており、会議が開かれようとしていた。その中、会議の始まりを告げたのは研究所長であるアガレスティだった。


椅子から立ち上がる。手には幾枚かの紙が握られておりこれから話す内容が載っているのだろう。



「忙しい中お集まりいただき恐縮です」



「この場は私、アガレスティバブルフが務めさせていただきます」と口上を述べると、円卓の会議は開始された。が、そこへ一人手を挙げる者が現れる。



「アイザック騎士団長なんでしょうか?」



手を挙げたのは二十歳と若くして騎士団長の座に就いた団長が一人、槍の騎士団長、アイザック・バビロン。腰まである赤色の髪を結い、赤眼が特徴の騎士団長だ。目つきが悪く常に睨んでいるように見える事から紅眼の悪魔などと聖騎士似合わぬ二つ名を持っている。



「見れば分かると思うんだが念の為にな。ウチん所の副団長が体調不良だとかで欠席だってことだ」



円卓会議では騎士団の中で副団長までが出席する。それ以下の者は特別な理由でも無い限りは部屋の中にすら入る事は許されていない。その為、今部屋の中には会議出席者と王が許可した側近一名だけしかいない。


アイザックからの報告を受け、お大事にと伝えると会議がやっと始まった。



「今回会議を開かせてもらったのは、時期的に考えてお分かりだとは思いますが、アルフレイムの事です」



アルフヘイムと言う言葉が出ると今までアガレストティから視線を外していた者たちを含め、会議参加者の視線が一人に集約する。



「結論から申し上げますと、ドワーフからの情報提供を受け調査に行きましたが、嘘偽りはなく、エルフは一人もおらず廃国となっていたとの事です」



静寂が支配する中に響いたアルフヘイムの事実。既にここにいる者はその事は報告として受け取ってはいたのだが、こうして国のお偉方が集まる会議で言われると改めて事実だと嫌でも実感させられてしまう。



「それでですね、皆さんにお聞きしたいことがあります。今回の件についてどうお考えでしょうか?」



いきなりの質問への移行に多数の者が眉根を吊り上げ、それを説明する為に会議を開いたのではと言う視線が進行役のアガレスティへと向けられる。



「皆さんの仰りたいことは分かります。そうですね…なら私から考えを言わせてまらいましょうか」



そう言うと確認の意味を込めて全体を見渡し、意見が出ないとみるや一つ咳ばらいをしてから話し始める。



「まず、今回のアルフヘイム侵攻の件ですが短期間に二度と言う頻度で起こっている事、それと国を亡ぼせるだけの戦力、エルフの民を攫うだけの人手、これらの事を鑑みるに…」


「攫う? 初耳の情報ですね。アルフヘイムの民は皆殺しにされたのではないのですか?」



もう少しで結論へとたどり着こうかと思われた説明だったが、そこへ横やりが入れられた。


横やりを入れたのは弓の騎士団長、キュール・ミリスタンであった。騎士団長の中で唯一の女性である。切りそろえられた黒髪をシニヨンと呼ばれる髪型に纏ている。歳はこちらも二十五とそこまで歳取っているわけではないが幾多もの戦場にて得た経験が、彼女をより大人っぽく見せている。物静かな性格も相まって仕事人とでも呼べる淡々と物事をこなす人物である。


そんな彼女が珍しく話に横やりを入れたのは事前情報にはなかった事を言われた為だった。その事に関しては、ほとんどの者がそうだったのだがそれよりも今はキュールが横やりを入れたことに物珍しいという視線が多数向けられていた。


それを不快に思ったのか視線の方へと自らも視線を向ける。すると視線を向けていた者たちは揃って見てませんよとでもアピールするかの如く一瞬にしてアガレスティの方へと向き直るのであった。


そんな国のトップたちが集まる会議だというのに、微笑ましいものでも見たとでも言うように口元を綻ばさるアガレスティだったが、王の視線が自分に向いているのを知ると、背筋をより一層伸ばし質問への回答へと移る。



「キュール騎士団長が仰った事に関しては私の考えの中に一応の説明がありますのでそちらを聞いてもらってからと言う事でいかがでしょうか?」


「それで構いません」



それからアガレスティが語ったのは常識的に考えればあり得るものではあったが同時に可能なのかと疑わざる得ないものであった。


アガレスティ曰く、国を亡ぼせるだけの戦力、人員等の事から考えて他国が仕掛けたのではないかと言ったものだった。そして何故攫ったと言う事を言ったかについては、現場の血痕の量が明らかに少なすぎる事を理由としてあげた。


「質問の答えとしてはいかがです?」と視線を投げかけられキュールは「理解しました」と頷く。



「ですが、ここでいくつか問題があります。一つ目は先程も説明させていただきましたが、血痕の量についてです。二つ目が他国が関わっているのだとすればそれはどこか、と言う事。そして三つめは国以外の可能性です」



静寂に包まれていた会議がより一層の静寂に包まれる。皆三つ目の問題点を聞いた瞬間に顔が険しくなり、それだけでここに集まったものが何を考えているのかが理解できる。その中で一人がポツリと神敵者か…と呟く声がやけに明瞭に響きわたった。



「その通りです。今回一応私も現場には足を運ば差せていただきまして調査しました。その結果エルフの血に交じり魔物の血がかなりの数含まれているのが判明しております。しかし神敵者がアルフヘイムを襲う理由が私には理解しかねます。その為、私は他国が動いたのではと推測させていただきました」


「理由は分かったが、それじゃまだ神敵者が関与していないって理由には弱すぎる気がするんだが、気のせいか?」


「もし他国が動いていたとしたらそれは、他国が魔物すらも支配できる力を得たと言う事だ。それに大量と言うからには十程度の数ではないだろう。その数を操れるのであれば、それこそ神敵者の方が考えられるのではないのか?」



理由を理解しつつも弱い事を指摘したのは騎士団長最後の一人。剣の騎士団長、ラトゥール・バビロン。五十代前半で団長の中でもっとも古株である。体のあちこちには今までの古傷が残っている歴戦の騎士だ。浅黒い肌に加え黒髪と言ったガン黒が特徴となっている。


ラトゥールの意見の次に意見を出したのは魔術師師団団長、リキッド・エルグランド。騎士団とは違い団長は一人しかおらずリキッドが全てまとめ上げている。ラトゥールと同じく五十代前半と団長の中では古株の部類ではあり、長く戦場を駆け抜けた戦友でもある。肩まである銀髪が特徴であり、この国…世界でも最強と名高い魔法兵だ。


二人が告げた事実に円卓のメンバーは各々の考えをまとめるべく顎を手で擦ったり腕を組んだりして考え出す。



「勿論神敵者の可能性も捨てきれませんが、あの国には"神"がいないのはご存知のはずです。となれば襲った理由としては怨恨などの類となりますが‥‥」



その時、円卓を指などで叩いたような音が響く。一瞬にして声が消え皆の視線が音のした方へと向く。そこには目を閉じ、椅子の肘かけに肘を立てて乗せ、頬杖をつく、暇をもて余しているかなような国王の姿があった。



「アガレスティ、勇者・・の準備は出来ているのか?」



今まで静観していたライドリヒ・クロントが初めて口を開く。がその内容は会議に関係しているとは思えないものであった。


当然いきなりそんな事を言われた他の者たちは、訝し気な顔になりどういう意味だ?と互いに顔を見合わせる。それは問われた本人であるアガレスティも同じであったが言いたい事はおおよそ理解出来ていた。



「本来の目的としていた段階までは至っておりませんが、戦闘自体は可能かと」


何体・・出せる?」



国王とアガレスティの二人だけの間で交わされる会話。会議と銘打って集めた他の者たちは二人の会話が何のことだか理解できず眉間にしわを寄せている。


それでも勇者と言う単語からおおよその意味は把握は出来る。だが問題だったのは国王が言った"何体だせるか"というものだった。


勇者とは本来一人しか存在しえない存在だ。それを何体と聞くのはどう考えてもおかしいと言わざる得ない。そんな周囲の状況を気にも留めずアガレスティからの応えを待つライドリヒ。



「今現在であれば多くても二、三体が限度かと。それ以外の者は勇者の力に耐えうるだけの身体が出来上がっておりません」



アガレスティの答えに「そうか…」と短く応える。そうして二人の間での会話が終わる。そしてその時を待っていた、と言わんばかりに他の面々が今の会話についてどうゆう事だ?と質問が上がるのだった。





「人造勇者製造計画!?」



驚愕に染まった声をあげたのは誰だったか。皆がそれぞれ驚いたという顔をしている為全員が上げたのか…いずれにせよ現在、円卓の席に腰を下ろす者は王とアガレスティを除き皆が同じ表情だった。


そしてそんな状態の中で語られたのは、非人道的と言う言葉では生ぬるいと言わんばかりの所業のものだった。



・人造勇者製造計画。


本来勇者にはなる事は無いどこにでもいる人間を使った実験の総称である。捕えた人間を生きたまま薬品につけては傷を与え、肉体の強度、回復力を高めていく。ひたすらにそれを繰り返し生き残った者だけが次の段階、肉体の耐性を作り変える実験へと進む。そういったいくつもの実験を経る頃には数百人いた実験体達は数人までに減り、そこでようやく勇者の力を体内に移植させられる。


だが、ここでも適合できずに幾人も死んでしまう為最終的に残るのはよくて一、二人が限度だ。悪ければ一人も成功者はいないときもある。


そしてこの人造勇者は戦争、神敵者の排除と言った名目で行使される駒として開発された。


その事実を聞いた連中は顔を顰める者や、興味なさそうな者、戦力として使えるならと寧ろもっと造れと言う者とに三つに別れた。そうして色々な感情が渦巻く円卓会議、その中で説明を終えたアガレスティが王へと質問を投げかける。



「国王陛下、勇者を表に出すと言う事は、本物の勇者が現れた時にこの国が不利になりかねませんがよろしいのですか?」


「無論だ。神亡き今、勇者など現れた所で取るに足らぬ存在だ」



頬杖を付き目を瞑りながら応える王。その態度から本当に勇者など些細な問題だと言う事が窺える。



「では王の仰せのままに勇者の存在を世界へと公開いたします」



そう言って一礼するアガレスティ。



こうしてクロント王国内での会議は終わりを告げ数日後、勇者の存在が公開されることになるのだった。






ランクアップ試験開始日にネルファ・キルシュリアと出会ってから数日が経過していた。


現在セリム達Cランクの昇格試験へと向かった一行はCランクダンジョン不動の樹海の二十階層辺りにいた。



「ったくデカい図体のモンスターしかいねぇのかよここは…」


「そうゆうダンジョンだぞここは。もしかして知らないのか?」


「知らないわよ」



昨日ダンジョンへと到着し潜り始めた一行。今回試験の会場として選ばれたダンジョンは全三十階層からなる巨大な植物園のような場所だ。木も草も葉も何もかもが普通のものに比べ数十倍の大きさを持っている。その所為で上は葉で覆い隠され、視界の確保が難しい。偶に隙間から上の様子が見える時があるのだがどうやらここのダンジョンも闘技のダンジョンと同じく空があるらしかった。


加えてこのダンジョンにはセリムが漏らした文句の通り、巨大なモンスターが多く生息していた。木に擬態しているトレント。あちこちに生えているキノコの中に混じっているキノコ型のモンスター。そこら中にまるで罠の様に張り巡らされた蔓、それがいきなり動き出し襲い掛かってくるのだ。


その為、Cランクと言えど慎重に進まなければモンスターにしょっちゅう遭遇して体力を持っていかれてしまいかねない。それにこのダンジョンは、毒や麻痺と言った属性攻撃を仕掛けてくるものもおり、死角になっている上にも注意を払わなくてはいけないのだ。


最後尾に付き、危険が無いかなどをチェックしているクロであったが、特に問題が起こることもなく順調にすすんでおり、仕事がないにゃん…と審査官として合否の判定をすっかり忘れていた。





そちら側人間の分類としては強いが、こちら側バケモノとしては弱い』



探索中、数日前に言われた言葉を思い出すセリム。ネルファに会ってからずっと考えてしまうのだ。馬車の移動中、ダンジョン探索中関係なく。


自惚れるつもりはないが、今の自分は結構強い方だと考えていたのだ。だ、がそれがたった数撃の戦闘で簡単に覆されてしまった。そうして告げられた事実は自身の心を揺らす。



もし今王国が襲い掛かってきたら…


もし今、神敵者に匹敵する実力者に襲われたら…



そう考えると無性に死が身近に感じられる気がするのだ。同時に自身の無力さを嘆きたい衝動に駆られる。


もしここで死ねば家族に、ローに、ルナに何も告げずに逃げてきてしまった者達や必ず帰ってくると約束した人に会えなくなるのか、と後悔しか残らない。



俺が死んだら親父にお袋、ローにルナ、みんなは悲しんでくれるのだろうか…



先程からこんなことばかりが頭の中でぐるぐると回り続けている。今すぐそんな事にはならないとは分かっていても、いつ訪れるかわからない瞬間に約束を守れるだろうか、もういちど家族に会いたいという気持ちが出てくる。



(村に行けば分かる、か…)



ネルファからの言葉を聞き村が今どうなっているのかが気になってしまう。しかし今すぐ行かないのは自身の無力さを理解しているからか…


そんなどうしようも無い思いを抱きつつ歩いているとキーラに大丈夫?と心配の声を掛けられてしまう。



「ん、あぁ。どうかしたか?」


「ぼーっとしてたから、どうしたのかと思っただけよ」



この会話が聞こえていたのかクロが「試験中にぼけっとすんにゃやー 落とすにゃよ~」と脅しの声が後ろから聞こえてくるがスルーする二人。



「悪いな。考え事をしてただけだから」



どこか辛そうに答えるセリムに何て言葉を掛けていいのか分からずキーラは「そう...」としか答えられなかった。




それから数時間の時が流れ、今日の探索は終了となった。残り五階層とあと少しなので明日中にはクリア出来る予定だ。


大木や巨体なキノコなどが比較的少ない所で野宿出来る場所を確保。敵は炎かま苦手だと言うのが戦闘時に分かっていたので、保険程度のものだが松明を幾つか作り地面に突き刺す。こうすることで侵入に躊躇が生まれるとベルが言っていた。



「よし、準備完了だな。次は見張りをどうするかだな」



ベルが最後の松明を突き刺し、一定のエリアを確保した一行は、次に見張りの順番を決めることになった。



「私は審査官にゃからお休みにゃ~」



審査官の特権をフルに使い頑張って私を護ってにゃ~と自らは見張りには参加しないと公言する。それに対し三人はだろうなと分かってました顔を作りクロを話しの輪から外す。


それから話し合いが再開されベル、セリム、キーラの順番で決まった。


話し合いが終わると一人何か思い詰めたような顔をしながら皆の所から離れていくセリム。


その後をどうかしたのかしらん?と目で追うキーラだったが、探索中にも似たような表情をしていたのを思いだし、心配しつつもセリムの言葉を信じ追うことはしなかった。



一人皆から離れたセリムは大木に背を預け自身の力について考えていた。


今の自分に足りないものは必殺技とも呼べる一撃、それと同時に強固な防御。


この二つが足りないのではと考えていた。ネルファとの戦闘では、防御したにも関わらずその上からダメージを負わせられてしまった。攻撃に関してもまったくダメージを与えることが出来なかったのだ。



悪魔との戦闘を思うと何かしら新たなものが必要な気がしてしまう。



(っても、どうするか...)



そこで今までに見てきたスキルや魔法も思いだし何かヒントになるものはないかと探る。


一人う~んと唸り続けること数十分ー。


もしかして...と一つ思い当たりのあるスキルが浮かぶ。


そのスキルは以前アーサーとの軽い戦闘時にみたステータスに表記されてあった、聖騎士の専用スキル"聖鎧"というものだった。


名前からして聖なる鎧と防御系なのではと思わせるものだ。だか、実際に見たことがないため想像しか出来ず今日はそれまでとなった。




寝る時間になり、決めた順番にて見張りをする。その間、クロは気持ち良さそうにむにゃむにゃと寝ていた。良いご身分だなコノヤローと皆思ったに違いない。


そんなこんなで審査官の身の安全を確保する見張りは行われた。なお、見張りの最中にセリムは聖鎧と言う言葉からイメージした防御スキルを新たに作れないかと苦心、見張りの間爆発音が響き、うるさいっ!と注意されるといった事が起きた。その際、クロだけは起きて来ず、ずっと寝ていたのだった。


そうして時間が過ぎ、翌、最下層へと向けて出発することになった。


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