第61話悪夢再びⅤ 神敵者同士の戦い 怠惰vs色欲
久々に再会した二人。だがその間にある空気は久々に会った者へのものではなく、重苦しいというほどの濃密な殺気だった。
「随分とまぁ、やってくれちゃってよぉ…」
前方数mに転がる青いロングコートを着た人物へと目をやり、次いでハルトへと視線を戻し返答する。
「それはあなたもでしょう。こちらの仲間を随分と派手にやってくれましたね」
仲間がやられたというのに、まるで何も感じていないかの様な平坦な声音で話す。
「偶々ここに来る途中で会って襲われたからなぁ」
アーサーを倒した敵は襲われたから撃退しただけだど言ってのけるハルト。
「はぁ~、何で俺はこうと強い奴ばっかりと戦わなくちゃならんかねぇ~」
「まったく参る」と言い終わった刹那、ラグリアの目の前に移動していた。100㎝近い刀を振りあげた姿で。だか、狙いがずれていたのか簡単によけられてしまった。そこにラグリアからの反撃がなされるもその斬撃は
防がれ、一旦距離を取ろうと後退するラグリアだったが、移動する速度が遅くすぐに追いつかれてしまう。それでも自身のスキルの能力を使い繰り出される
「あの時は手を抜いて悪かったな。ってもここでも本気で戦うのは無理だが」
多くの人がいるために流石に本気は出せないのだ。
壁に激突したラグリアに尚、追撃をしかける。剣を下から上へと振り上げると水切りをしたときの湖面のように、何度も衝撃波が弾ける様に地面の上を奔っていく。加え、持っていた長刀を手放し左右の手に合計八本の短剣を作り出す。それを跳躍すると上から投げつける。検討違いの角度に言っている物もあるのだが、あとから短剣をぶつけラグリアの逃げ道を防ぐように全方位からの攻撃へと変化させていく。
それら全てが普通に投げた場合ではありえない程の速度で飛来する。神敵スキルの力で速度を上げたのだ。
「ハルト、後ろだ!」
短剣を全て投擲し終えた時、アイリの叫び声が聞こえた。
後ろから襲い掛かって来たのは、道中倒したと思っていた仮面の男だった。槍でするものではないのかもしれないが、唐竹斬りでハルトを真下に叩き落とそうとしている。
「大人しくしとけよなぁ~」
どこか投げやり気に言うハルト。
「!」
仮面の男の槍撃速度が一気に低下する。遅くなった速度ではハルトにたダメージを与えることはおろか、姿を捕えることも出来ない。足もとに魔法を発動し水の圧力で攻撃を避けるとそのまま蹴りを叩き込む。勢いよく地面にぶつかり城の床が陥没してしまう。
「私と戦っているのに余所見とは、余裕ですね」
「そうでもないさ」
男を蹴り飛ばし重力に従って落下している時にまたしても背後から声がかかる。足元に金色の魔方陣が出現し十字架が立ち上ったのだ。
「
あと少しで完成というところで一気に発動までの速度が落ちる。発動までにタイムラグが生まれその隙に逃げようとするのだが、ラグリアも神敵者、そう簡単に逃がすような真似はしない。
ハルトの感覚を一瞬だけずらし魔法を完成させる。舌打ちをしハルトは、聖剣技の光へと呑み込まれてしまった。
「ハルトッ!」
光に呑み込まれたハルトに向かいアイリが叫ぶ。直後、光が凄まじい風により吹きき飛ばされ、無傷なハルトが姿を現すのだった。そして一つ変化が生まれていた。
(聖剣技を受けといて暗黒技も使わず無傷とは。やはりあなたは強いですね…とは言え、もうそろそろこの遊びもお終いだとは思いますがね)
ラグリアが内心でハルトの事を褒めつつも険しい表情を作る。
聖剣技を吹き飛ばし、無傷でたたずむハルトの手には今までの刀とは違う物かま握られていた。先程までは100㎝近くしかなかった刀だったが、今握っているのは140㎝はあろうかというほど長い刀だった。まるで物干し竿の刀を持つ侍のような出で立ちだ。
刀には特に目立った装飾などはなく、あえて特徴を挙げるのならば鍔がないといった所だろうか。その刀を何もない空間に向かって振るう。すると…ラグリアがいきなり吹き飛ばされる。
「ゴホッ ゴホッ 何ですその刀は?」
不可解な事が起こり、それを起こしたであろう元凶を持つ人物へと問いかける。が、帰ってくるはずもなく、そうこうしている内にタイムリミットが訪れる。
ラグリアのすぐ横の空間が割れ、中から出てきたのは赤色の髪色の男、ヴァイン・シリウスだった。その肩には先程蹴り飛ばした青いコートを着た男が
担がれている。
「物は手に入った」
「ご苦労様です」
労いの言葉をかけると瓦礫を払いのけ立ち上がる。
「貴方がいたのは意外でしたが、用も済みましたので、これでお暇させていただきますね」
「では」と言い空間の割れ目へ入ろうとする。しかし、国をこれほど破壊した犯人を逃がそうはずもない。再び不可視の攻撃が放たれる。
そこへヴァインが割って入り、血のように真っ赤な盾とでも呼べる、赤い不定形な物が出現した。広範囲にわたって伸びた液体状らしいそれは、ハルトの攻撃からラグリアを護った。
そしいて血の盾がなくなった時には二人は次元の割れ目へと姿を消していた。
「逃げられたぁ」
戦闘が終わった途端、気の抜けたような声と態度となるハルトであった。
遠く離れた自身の故郷で、再度の侵攻を受けているなどとは夢にも思っていないキーラは現在、馬車に揺られ予定通りダンジョンへと向かっていた。
「あぁ~あ これじゃ私が怒られるにゃ~」
馬車の隅っこの方でどこかいじけたように言うクロ。ネルファ達との邂逅を経て、これからどうするかと言う話になったのだが、三人に押し切られる形でダンジョンへと行くことになってしまったのだ。その事を一人、何でにゃと不満に思いつつも審査官と言う事で一緒に付いてきていた。
「あー、クロ…さん。そんないじけなくても…」
あまりのいじけように見張りを交代し、馬車に揺られていたセリムはなんと言っていいか分からなかったのだが、とりあえず宥めようとする。
「皆、話聞いてくれなかったにゃ…」
心なしか語尾の方に行くにつれて弱弱しくなっている感がある。面倒だなと思いながらも再度話しかける。
「そんな落ち込むなって、誰もあんたの所為にはしねーから。な!」
「ホントにゃ…?」
責任が自身に及ばないとみるや、多少の元気を取り戻し始める。その姿を見て、責任を負いたくないなら審査官役なんて受けなきゃいいのにと思うセリムであった。
ラグリアの逃亡を許してしまい落ち込んでいるかと思えば、そんな事はまったくなく、現在ハルトは半壊した城の床に寝転がり、ぼへぇ~とだらけていた。
「いたっ!」
寝返りを打つと砕けて細かい石となった物が脇腹などに突きささり、おもわず声をあげてしまう。そんな自由人の所に負傷した体を引きずりながらもアイリが寄ってくる。
「まったく、お前は何をしてるんだ」
どこか呆れたような視線を向けながら言い放つ。
「いやぁ~ね、疲れたんだよぉ~。どいつもこいつも強いし体は痛いし…」
先程までとはまるで別人のようになっており、その事にどこか安心を覚えると同時にすこしがっかりしてしまう。本人は認めないだろうが、ハルトを見つめるアイリの口元には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
(やはりハルトは、ハルトか)
「にしても派手にやってくれたものだな、ラグリアの奴は」
「まぁ~何か狙いがあったっぽかったから、街の方は注意を向けとくための陽動的なものだったんだろう、だから派手にやって意識を向けさせたかったってところかねぇ」
「それにしてもやりすぎだ」
視線を持ち上げ崩れた壁から街を見渡す。それに倣いハルトも体を起こし街へと視線を向ける。
「これはもう復興とかは意味ないだろうなぁ」
一度目の時に追った傷が癒えぬ状態の中での二度目の襲撃。せっかく進んでいた復興作業もすべて無意味になり、侵攻の爪痕だけが深く残されていた。
「ハルト、その…あの…」
何か言いずらそうに言いよどむアイリ。さすがに何を言いたいのか理解できていたハルトは、アイリの続く言葉を遮り「分かってるさ」とらしくない事を言う。
「それでもまずは人民の救助やらが先だよなぁ」
「そう、だな」
ポーションで傷を治してから救助へと向かう二人だった。
数時間後ー
半壊した城でのやり取りで、アイリが言い淀んだ事柄を解決できる者へと連絡をつけるハルト。救助の方もひと段落つき、今は手当てなどが主になっている。無事だった者や軽傷だった者は瓦礫などが無い広い場所に皆集まっていた。
「これで直ぐ来んだろ」
「その…助かる」
慣れないセリフに照れながらだが礼を言うアイリ。そこへ傷の治療を終えたアーサーがやってくる。
「あんたが助けてくれたんだってな。感謝する」
ハルトに向かって感謝の言葉を述べる。それに対し「肩、大丈夫かぁ?」と声を掛ける。
「何とかあんたのお陰でな」
無事な事をアピールしようと腕を回すべく動かしたアーサーだったが、左肩に激痛が入り途中で止まってしまう。また大丈夫か?と声をかけられるが、今度は痛みを堪えながら引きつった笑みを向けるので精一杯だった。それから離れていくハルトの背中を一瞥すると、思いつめたような顔になってしまう。
(にしても、あの野郎は一体何者なんだ…)
仮面の男が最後に放った技が思い出される。
そこまで思い出した所でハルトの方へと視線を向ける。
(槍が減速したのはこいつがやったのか…)
もし槍が減速しなければ…と最悪な未来を予想し、嫌な汗をかく。槍を逸らす事で直撃を避けようと四苦八苦し、突然速度が落ちたことで何とかギリギリ逸らすことが出来たのだ。その所にちょうどハルトが来で、姿を見た瞬間、気を失ってしまい、気が付いたら出血は止まり、エルフの魔法兵に預けられていた。それがアーサーが知る全てだ。真偽を確かめたい気持ちはあったが、それよりも今は助かったという事実を噛みしめるのだった。
「これは何だ…」
ハルトが呼んだのはセリムとの邂逅を経たばかりのネルファだった。そしてアルフレイムに来るなり邂逅一番に言ったセリムが先のものだったのだ。
突然現れたネルファとヤーコプの二人に、エルフの民たちは驚き、警戒心を露わにしていた。先程までの事を考えればそれも致し方無いのかもしれない。その事を感じ取ったハルトは少しあっちで話せるか?と場所を変える提案をする。構わないとネルファの了承が出た所で少し離れた所まで移動する二人。その後をアイリ、ヤーコプが追随する。
「それで話とは何だ?」
要件を問われ座れそうな瓦礫に腰を下ろしながらハルトが応える。
「まぁ~話せば色々あんだが…」
そこまで言うとこれまでの出来事を話し始めた。その間、事情を知らない二人は黙って話を聞くことになった。
「そうか、生きていたか」
「あぁ、そんでこの有様って訳だ。で、あんたを呼んだのはやってもらいたい事があってだな…」
その時、アイリが話に割って入ってきた。
「ハルト、そこから先は私に言わせてくれ」
「ハルト…?」
アイリのハルトに対する物の言いようにヤーコプが顔を顰める。それを見たアイリはあわてて訂正に入る。
「ハルト…様、そこから先は私に言わせてもらえないでしょうか?」
普段使わない言葉の所為で片言だったが何とか言い切る。そこにため息を吐きながら「堅苦しくするなって言ったのは俺なんだから、怒んないでやってくれ」と援護するハルト。何か言いたそうにしていたが、自分の主と同格の人物の言葉に口を紡ぎ、「失礼しました」と一礼すると下がるのだった。
「単刀直入に話させていただきます。ネルファ様、エルフの国アルフレイムを
いくら国を出て、あまり帰らないのだとしても故郷をこんな姿にしとくのは心苦しかったのだ。だからこの事態をどうにか解決できるであろうネルファに、国を元にしてくれないかと頼む。
頭を下げ助力を願うアイリにネルファは「構わない」といい返事を返すのだったが、継ぐ次の言葉を聞いた瞬間、アイリは素直にありがとうございますとお礼を言うことが出来ず言葉を詰まらせてしまう。
「これだけは言っておく。この国を元に戻したとしても、力を失いつつあるこの国はまた攻められる可能性があるかもしれない。今度は国などと言った国家が相手かもしれない。そうなれば、今直した所でそれ程意味のある行為とは思えないのだが…」
辛辣な言葉をアイリに向かって浴びせかける。だがネルファが言ったのはこれから起こり得るかもしれない事であり、その事を考えた時にアイリ自身も確かにと納得してしまっていた。
「なら、国を別の所に移せばいいんじゃねえ~?」
二人の話しの成り行きを見守っていたハルトが口をはさむ。
「移したとしたらそれは、国を一から作らなければならない。それに移しても国力は失われたままだ」
「もっともだが、一つ解決策があるだろ。他国、ラグリア達から狙われても絶対と言えるほどの安全地帯が…」
「つまりは
ハルトの言葉の意味を正しく理解し、何がいいたいのかを代弁する。その言葉を発した瞬間、今までほとんど喋らず、二人の会話を聞いていたアイリとヤーコプこ驚きに染まった顔を作る。
「まぁ~ここの連中が受け入れるかは知らないし、組織の奴等から反対されるかもしれないけどなぁ…」
自分で案を出しといてあとは丸投げ、みたいな言い方をすると立ち上がり「頼むよ」とネルファの肩を片手で叩くのだった。
はぁ~と深いため息を吐くと「考えさせてくれ」と少しの間一人、話しの席から外れる。
「すまないが、ちょっといいだろうか?」
広場にて傷の手当てや被害状況の確認をしていたステイツへと話しかけるアイリ。組織へ入る事をネルファは了承してくれた。だがそれは些細な問題でしかなくこれからが本当の問題だった。
広場から離れ、ステイツと二人きりになり、今後の国の事を話し合う。
「アルフレイムの今後の事ですか…」
さすがにまだ早かったか…と心苦しく思いながらも、どうなんだと続きを促す。
「正直な所参りましたね。女王は連れ去られて二度の襲撃で国はボロボロ…これからどうすればいいのか…今は見当もつきません」
(復興途中だったのだからなおさらか)
広場の方を見ると皆表情が暗く沈んで見える。それはステイツも同様で、先程から無理をしている様に見える。
「一つ提案があるのだ。もしこの案を飲んでくれるならアルフレイムの民の安全を保障してくれると約束してもらた」
安全と保障と言う言葉に長耳がピクリと反応を示し、暗かった顔が心なしか明るくなる。まるで一筋の光明をみつけたかの様だ。
「お話を聞かせてください」
それからあまり組織の情報は出さないように気を付けながら、ハルトが提案してくれた事、ネルファがどうにかしてくれる事を説明した。
「なっ、何を言っているんですかアイリさん!」
提案を聞いたステイツは、驚き以上に信じられないと言った表情を作り問い詰めてくる。
「何を言っているのか自覚はおありですか? グラムール? この世界の絶対悪とされる存在ですよ。この国を出て何があったんですか?」
「つーことは、この話は蹴るって事でいいのかぁ?」
ステイツに問い詰められ言葉に詰まっていると、ハルトが話に入ってくる。
「神敵者…」
グラムールの話と同時に、神敵者の存在に関しても聞いていた為、ハルトに対し好意的ではない、寧ろ嫌悪感丸出しといった目を向けてしまうステイツ。
「一つだけ言っとくぞぉ。俺はアイリがこの国の出身だから手を差し伸べているだけであって、お前らの事はどうでもいいんだよ」
「ハルト、それは…」
「拒んであんた一人だけ苦労するなら別にいいが、他はどうなる?」
掌が白くなるほどの力で握りしめなが答えを出すのだった。
「皆さん聞いてください」
広場に集まっている者たちの注意をひくために大声で呼びかける。すると、何事だと皆の視線がステイツへと集まる。それを確認し、今後の事について話始めるのだった。
説明を受けた者たちの反応は様々だった。もう襲われることが無いのなら…と受け入れる者、ふざけるなとグラムールに対しあまりいい印象を持っていなあ者たちは反発したり、と色々だった。そしてアーサーも後者の意見を持っていた。
歴史の中でも神敵者がしてきた事を知ってるがために。
「あんたら、グラムールだってのか?」
「そうだ。お前たちが悪と認識している存在だ」
ステイツが説明をしている後ろで、話しを聞いていたネルファが割って入ってくる。セリムと話し合っている時とは違い威圧するように強い言葉を使う。
「情報を開示したからには、受けないと言う判断を出した場合は…ここにいる全員の記憶は消させてもらう」
「後は野垂れ死ぬなり好きにしてくれて構わない」と冷酷な態度を示す。その態度に皆一様に暗い顔になってしまう。
「だが、もし、もしだ。私たちの下に来ると言うのであれば、諸君らの安全は必ず保証しよう」
酷い事を言った後に甘い言葉を掛ける。アメとムチとは逆だが似たようなものだろう。その言葉にエルフの民は「本当に護ってくれるのか?」や「こんな思いはもう沢山だ…」と言う言葉を上げる者がステイツの説明の時よりも増えているように感じられた。。
「約束しよう。それから諸君らが自ら戦う意思を見せない限りは戦う事を強要する事もない。ただそれなりに働いてもらう事はあるがな」
組織の人間自ら約束したことが良かったのか、この言葉にエルフの民は頷き了承の意を伝えるのだった。こうしてこの日、エルフの国アルフレイムは地図上から姿を消した。
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