第二章-2:あたしと悪魔と最終兵器-12

「それじゃあな」

 すっかり靄も晴れた、守本中学校正門。

 最終兵器を黒い布に包み、スーツの内ポケットに入れて、高橋が言った。……割と無造作に入れた気がするんだけど。まあいいか、結局トライアングルだし。

 高橋は最終兵器を届けるために、これから本部へ戻るそうだ。

 伊吹さんは、明日香ちゃんを連れて先に行ってしまった。ぶうぶうと文句を言う明日香ちゃんと口論しながら。途中で、校舎から逃げた二年三組の皆と先生たちの対処もしておくと言っていた。……最終兵器の白い光は、校舎を直してくれたし、恐らく皆の記憶も修正はしてくれているらしいのだけど、人間を元いた位置に戻してはくれないらしい。つまり逃げた皆は、どうしてそこにいるのかが分からずに呆然、という状況だろうから、きちんとフォローしておかないといけないらしい。絶妙に不便だな、最終兵器……。

「のばらには、世話になったな」

「……本当にね」

 はあ、と大げさにため息をついてみせると、高橋が声だけで軽く笑った。

 あたしはちらりと高橋を盗み見る。

 ……最終兵器は、見つかった。

 高橋が魔物を逃がしすぎているから、その解決策として、最終兵器を探していた。つまり、最終兵器が見つかった今、きっと高橋が逃がした魔物を追ってやって来ることは随分と減るんだろう。

 あたしは後ろで手を組んで、そっぽを向いて口を尖らせる。

「まあ、これで世界が平和になるのなら、別にいいんだけどー」

「そうだな」

 高橋があたしに背を向けた。正門をくぐり、そのまままっすぐ歩いて行く。

 振り返らない高橋の背中を、あたしは見ていた。点にも見えなくなっても、あたしは動かなかった。



「――昨日も挨拶したけど、改めまして。今日から毎週、金曜日の五時間目に二年三組の音楽の授業を担当します、高橋ノディです。よろしく」

 ……あ、あれ?

「えーと、何か質問のある人がいれば、どうぞ」

「はーい!」

「じゃあ初瀬さん」

「高橋先生は、何歳ですか!」

 あたしの目と耳とその他諸々が間違ってなければ、音楽の先生が、昨日別れたはずのエクソシストのままで。

「ちょっと明日香、いきなり年齢聞くんかい!」

「ええっ、だって気になるって皆言ってたじゃん」

「しかもなんで高橋先生に名字覚えられてるの!?」

「それは秘密ー。えー、高橋先生、年齢聞いちゃまずいですか?」

 クラスメイトの中に、昨日校舎を破壊していた魔物がいて。

「別に問題ないよ。二十二歳だけど」

「わあ、近いんですねー!」

「そうだね。まあ、気軽にいろいろ聞いてくれると嬉しいな。それじゃ、授業を始めようか」

 何事もなく音楽の授業が行われてるんですけど――ッ!?


「……なんで」

 あたしは、最近何度も何度も言った疑問詞を今日も言う羽目になった自分が、そろそろ可哀想だと思った。

「何がだ」

「なんで、高橋が音楽の授業をしてて、明日香ちゃんが音楽の授業を受けてるわけ――!?」

 ……音楽の授業の後、音楽委員は片付けを手伝うために残らなきゃいけない。皆が先に教室へ戻ったのを確認してから、あたしは腹の底、そして心の底から叫んだ。

「俺が音楽教師で、初瀬が守本中学校二年三組所属だからだろう」

「そういうことじゃなくてぇぇぇぇっ!」

「それとも家庭科を教えてほしかったのか?」

「教えてほしくないし! なんで家庭科なの!?」

「俺の作る牛乳料理は、エクソシスト内でなかなか評判なんだが」

「牛乳料理って、何そのジャンル!?」

「ライバルは生クリーム料理だ」

「何を競ってるんだよ!! あーもう、そうじゃなくて、なんで高橋がまだ教師をやってるんだって聞いてるの!」

 お前は最終兵器を持って本部へ戻ったんじゃないのか!? それに最終兵器は見つかったんだから、この学校にいる必要はなくなったんじゃないの!? なんで帰った次の日に、あたしの中学校にいて、何事もなかったかのようにスーツを着て「音楽の先生」をやってるんだ!!

「ああ」

 納得したように高橋が頷く。

「最終兵器の効果は、校舎が壊れる直前までだったからな。俺が始業式で自己紹介した部分や、さらに遡って初瀬が二年三組の生徒として過ごしているという部分までは取り戻せなかった。突然生徒が一人いなくなるわけにもいかないし、前任の音楽教師も産休でしばらくは戻ってこないらしいし、本来着任予定だった講師も俺がちょっとこうしてああしてどうこうしたせいで来れないし、仕方がないだろう」

「絶妙に不便すぎるだろ最終兵器!! っていうか大丈夫なの、本来の音楽の先生!?」

「大丈夫、彼は今、輝く明日へ向かって歩んでいる」

「どういうこと!?」

 結局のところ、高橋は音楽教師として守本中学校に居座るのか! なんかもう、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からなくなってきた!

 そして高橋は、こほん、と小さく咳をする。

「……それに、その……以前捕まえて本部で保護していた魔物が数匹、逃げたというかなんというか」

「またかてめぇ! 最終兵器はどうしたのよ!?」

「本部に預けてしまったから、調査が終わるまでお預けだ」

「本当に使えねえなあの最終兵器! ああもう、数匹って何匹ッ!?」

「五十二匹」

「お前何やってんだぁぁ――ッ!!」

 こんなに寒い日なのに、なんでだろう、すごく暑いんですけど!?


 ああ、それでもあたしの世界の一日は、どうやらいつものように続いていくようだった。


「暑いのか? こんな時は冷たい牛乳を」

「いらねェェェェ!!」

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