第二章-2:あたしと悪魔と最終兵器-10
「よくある台詞ね。殺したのは仕方がなかったんだ、あいつが金を返せと迫るから……! って」
「ああ、それ、元旦の夜にやっていたドラマか。俺も見た」
「わたしも見たけど!」
ちなみにあたしも見た。
「わたし殺してないから、借金もしてないから! それに、これはあなたたちのせいでもあるの!」
それを聞いて、伊吹さんが眉を顰める。
「……へえ?」
「そうなのか」
「そう! だから聞いて!」
ようやく得られた、話を聞いてくれそうな返事に、明日香ちゃんが力を込めて頷く。はあ、と息を吸って吐いて、咳払いをしてから、明日香ちゃんが改めて話し出す。
「わたしと、わたしの仲間のシェラタンたち全部で五匹は、二年前にうっかりこっちの世界に迷い込んじゃったの。そして、あなたたちが言うようにあっさりと捕まって、そのときはすんなりと『裏』に帰るつもりだったの!」
「『だった』?」
「そうだよ、シェラタンが逃げ出すまでは!」
ぴくり、と伊吹さんの頬が引きつった。
……。
明日香ちゃんの必死の訴えの中に、なぜだろう、あたしも、突然何か引っかかりを覚えた。
シェラタンが――羊の「魔物が逃げる」。最近、よくこのフレーズを聞いたような……。
「あなたたちの誰だか知らないけど、わたしたちを運んでいたエクソシストが、うっかりわたしたちを逃がしちゃったの! わたしは逃げる気なかったよ!? でも、シェラタンたちがてんでばらばら、好き勝手に逃げて行っちゃったから、追うしかないじゃない! それからわたしはずっとこっちでシェラタンたちを探しているんだけど、まだこの一匹しか見つけられてないんだってば……」
「そうか」
「こっちで動きやすいようにと思って、慣れない人間のふりをして社会に溶け込んでさあ……カメラで写真を撮ると魔物の残り風が写ることが分かったから、高いカメラを買って辺りを撮りつつ、カモフラージュのために新聞部に入部したりさあ……そうこうするうちに早二年ですよ。全然見つかりませんよ。しかも今日、朝学校に来てみたら、シェラタンを見つけ終わって『裏』に帰るときのために隠しておいた『穴』が消えてるんだよ、なんでかなあ……勝手に消えるような規模じゃなかったはずなんだけど……それで嫌な予感がするなあって思ってたら、一人いるだけでも邪魔なエクソシストがもう一人増えちゃうし、最終兵器を見つけられちゃうし。慌ててシェラタンを悪魔化させたけど上手くいかないし、もう踏んだり蹴ったりなんだけど……」
「そうか」
話すにつれて勢いをなくし、うう、と泣く明日香ちゃんに、高橋が相づちを打つ。……あたしと伊吹さんの視線を気にする様子なんて、微塵もなく。
「うん。……あれ、でも」
鼻をすすった明日香ちゃんが、高橋を見ながら、何かを思い出すかのように口元に手を当てる。
「『あなたたちの誰だか知らないけど』ってさっきは言ったけど、そういえばわたしたちを逃がしたエクソシスト、なんだか高橋先生に似てるような」
「お前のせいじゃねぇか!!」
あたしと伊吹さんの声が揃い、一人でそ知らぬ顔をしていた高橋の頭を、伊吹さんが綺麗に殴った。高橋が頭を擦る。
「痛いんだが」
「言ってなさいよ、何が『何を企んでいる?』よこの自業自得が! 顧客からクレーム受けてんのよ!」
「しかし伊吹、これは俺のせいで確定なのか」
「一度に魔物を六匹逃がすエクソシストなんて、あなた以外に知りたくないし、あなたのことすら知りたくないわ!」
今度は背中に美しく蹴りを入れて、それから伊吹さんは額を抑えた。あああ、と嘆きを吐き出して、そのまま頭を抱えこむ。明日香ちゃんが、タイミングを伺いつつ、伊吹さんを手で呼んだ。
「あー、花折ちゃん、続きを話してもいい?」
「……どうぞお話し下さい……」
すっかり勢いをなくした伊吹さんが、もうどうにでもなれというように萎れていく。
「そういうわけで、ちょっと今めげそうになってはいるんだけど、でもとにかくわたしはこっちの世界でシェラタンたちを全員見つけるまで帰るわけにはいかないの! もちろん、あなたたちのことも信用できない!」
明日香ちゃんは、口は笑ったまま、眉をきりりと釣り上げて、エクソシスト二人――蹴られた背中を無表情に撫でる高橋と頭を抱えて悶える伊吹さんに人差し指を突きつけた。もう片方の手で、三角形のトライアングルをぎゅっと握りしめて。
「だからわたしは帰りません! 帰らないためにも、この得体の知れない最終兵器は返しません! わたしは戦うぞっ、かかってこいエクソシストー!」
明日香ちゃんは胸を張って二人へ宣言する。
奇妙な光景と短い沈黙の中、高橋が首を傾げ、やがて元に戻して口を開けた。
「そういうことなら、どうぞ」
「……へっ?」
同じポーズを続けたまま、明日香ちゃんが調子の外れた声を出す。多分明日香ちゃんとあたしは同じ顔をしていると思う。
「な、なんでっ?」
「いや、そういう理由なら、最終兵器をどうぞ、と。要らないのか?」
「い、要る、要るけど、……え? い、いいの? え?」
激しく動揺しながら、明日香ちゃんの視線が高橋とトライアングルの間を行き来する。
「どうやら俺たち側にも問題があったようだし。別に問題ないよな、伊吹」
「……俺『たち』って、一緒にしないでくれる?」
話を振られた伊吹さんは、そこに文句をつけただけだった。
……えっ、本当にいいの!? 明日香ちゃんに渡しちゃって、いいの!? いや、決して明日香ちゃんが魔物だからどうのこうのとか、明日香ちゃんの雰囲気が軽すぎて信用できないとか、そういうわけではなくて、……頑張って走って逃げて最終兵器を守った身としては、思ってもみなかった方向であっさりと決着がついてしまうのがしっくりこないというか……。
あたしと明日香ちゃんが二人して動けずにいると、高橋がすたすたと歩いてきた。びくりとして身を引いた明日香ちゃんを素通りし、あたしの前で立ち止まる。右手を出されて、あたしは自分が持つトライアングルの棒と高橋の顔を思う存分見比べる。……で、でも伊吹さんもそう言ってるんだから、渡すべき……? なの、かな、やっぱり?
「は、はい、どうぞ」
挙動不審のあまり敬語になってしまった。棒を手渡すと、高橋はすんなり受け取り、くるりと振り返って五歩進んで明日香ちゃんの前に立つ。
「はい」
そしてあっさりとその棒を差し出した。
ぽかんとした顔で高橋を見上げ、明日香ちゃんの左手がとてもゆっくりと伸ばされる。
「え、ええと、それじゃあ、遠慮なく……?」
「と見せかけてどーん」
明日香ちゃんの手は、空振った。
無感動に高橋がそう言い、棒が明日香ちゃんの手をくぐり抜け、全く注意の行き届いていなかったトライアングル本体を叩く。
キーン、と高く硬質な音が響き渡る。
最終兵器が光り出す。
「え」
明日香ちゃんの声をかき消す風の音。何かの圧力が放射状に、弾けた。
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